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SKY CAFE

 幾何学大学 ~花模様~

 

カリムには、リルとゼンに隠していた事があった。  それを告白しようと、あの花見に参加したのだが、逆にリルに衝撃的な告白をされてしまったのだ。  カリムは酔いつぶれて眠ってしまい、気付いたのは夕飯の頃だった。

「もう、カリム、お母さん心配したわよ」

「ごめん母さん、もうあんな真似しないよ」

 

カリムはガンガンとする頭を押さえて、家までゼンが運んできてくれた事を聞いた。

「ゼン君に感謝しなさい」

 

カリムの父親は、諭すように言った。  酒のせいで食欲は無いに等しかったが、ぽつぽつと夕飯を口に運ぶ。

――この出来事は、背中を押してくれるのだろうか

 

今のカリムにとっては、そう思うしかなかった。

「カリム……この間の話だが、母さんとも相談した結果、お前の好きな様にさせてやろうと思う」

 

それは、ゼンやリルは、まだ知らない事だ。  カリムは、その時になるまでの準備をこの一年間してきたつもりだった。  幾何学大学付属高校への編入する手続きを。

「ありがとう。父さん、母さん」

 

幾何学大学に度々訪れていたカリムは、小さなカーティス村で一生を過ごす事が出来ないと思った。  出来れば勉学に励み、十樹や桂樹の様な研究者として活躍したかった。  望む未来を実現させる為、カリムは週に何回かは幾何学大学で、桂樹に勉強を教えて貰い、この一年を頑張ってきたのだ。

 

それでも、あの世界でのカリムの成績は平均より少し上程度だ。

 

桂樹は言った。

「転校して、大学に入る為の勉強をし直せ」と。

 

幾何学大学に特待生として入れる学力がないのだ。  世界の違うカーティス村では、学ぶ事もまた違っているため、カリムは幾何学大学付属高校に転校する事を希望し、ようやくそれが叶いそうなのである。

――只一つ、心残りがあったのは、リルの事だけ……

 

もう今は、カリムと関係のない話になってしまったけれど。  リルにとって、一生カーティス村で過ごした方がいいに決まっている。

 

神隠しの森と幾何学大学は、変わらなく繋がっているが、カーティス村の住民は未だ幾何学大学の事を恐怖の森と呼んでいる。  記憶操作をされた者は尚更のことだ。  いつ封印されてもおかしくない二つの世界で、そんな住民達の架け橋になれば――とカリムは思うのだ。

 

そんな事を考えていると、リルから電話があった。

「もう会えないって言っただろ?」

 

そう言うと、リルは、「会えないけど、話をしちゃ駄目だとは言われなかったよ」と楽しそうに今日の出来事を語る。

――もうすぐ、この関係も終わりになる

                  

――三日後

 

ゼロとリルが付き合っているという事実は、もはや噂ではなく、村人全員が知る所となっていた。  当然の事ながら、その知らせはリルの母親の元へも届いていた。

「リル、ゼロくんと付き合ってるって本当?」

 

つい先日まで、神隠しの森へ行く原因となったトラブルメーカーのカリムとの仲を解消させようと、ぶつぶつ文句を言っていた母親は、リルの口から直接聞くまで、にわかには信じなかった。

「本当だよ、お母さん」

「カリム君……カリム君はどうなるの?」

「カリムが何の関係があるの?」

 

リルはきょとんとした顔で、母親に答える。  母親は「ええと……」と口を濁らせた。

「それで、ゼロ君ってどういう男の子なの?」

「学校一のナルシスト! って皆呼んでるよ」

「ナルシスト……?」

 

ゼロとしては、もっと別の部分をアピールしてもらいたい所だろう。  母親としては、トラブルメーカーとナルシスト、どちらを取ってみても頭を悩ませる問題だ。

「そんでねー、学年二番の成績の子だよ」

 

いつも不動の一位を取っているのが、カリムだということは知っている。  それについて不満はないが、やはり神隠しの森の事件が未だカリムを認められない一因である。

 

リルの母親は、その時はっとした。  リルの口から、カリムは関係ないと聞きながら、カリムの事を気にしているという事に。

 

カリム君は、ゼロとリルが付き合い始めた事を、どう受け止めているのだろう。  リルの母親は、複雑な気分で夕食の用意をした。

                  

「えー、今日は皆にお知らせがあります」

 

高校一年生になったばかりの生徒達は、まだその環境になれず、皆、少なからず緊張した面持ちで担任の先生の話を聞いていた。  一学年で40人しかいない教室には、当然の事ながら、ゼロもリルもゼンもいる。

「カリム、出なさい」

「はい」

 

教師から、教卓の前に立つ様に言われて、カリムは席を立った。

「今度、幾何学大学付属高校へ、カリム君は編入する事になりました。皆とは、ここでお別れになります」

 

一同は、途端、ざわめいた。

 

この小さなカーティス村では、こんな形で他の学校へ編入するなんて事は、未だかつてなかった。  小・中・高・大と、生徒達はエスカレーター式で進級し、村で働き、ゆくゆくは誰かと結婚し、一生をカーティス村で過ごしていくのが当然だった為、皆、少なからず動揺していた。

 

リルやゼンは、カリムの突然の報告に驚いて、何も言えなかった。

「皆、お世話になりました。たまに、この村に帰って来るつもりでいますが、その時は、よろしくお願いします」

「カリム……!」

 

ガタタ…と椅子を鳴らして席を立ったゼンに、カリムは無言で笑みを返した。

「静かに! 後日、カリム君のお別れ会をしようと思います。それについて意見のある人は先生まで――以上」

                    

 

授業後、カリムの周りには人だかりが出来た。  皆、思い思いにカリムに質問を投げかけたり、別れを惜しんだり、反応はそれぞれだった。

「幾何学大学ってどこだよ」

「この村でいいじゃない。何でそんな訳分かんないトコ行くの?」

 

その輪の中に、ゼロもリルもゼンも入っては来なかった。  その事を気にしていた訳ではないが、教室はカリムにとって少し居心地の悪い場所になっていた。

「じゃ、オレ、今日はもう帰るから」

 

カリムは、そう言って、人だかりになっている机から離れ教室をでると、いつも一緒に帰っているゼンが無言でついて来た。  ある一定の距離をおいてついて来るゼンに、カリムは振り返って言った。

「何も相談しなくて、悪い、ゼン」

「本当になっ!」

 

両手を合わせて謝るカリムに、ゼンは言った。

「お前が幾何学大学に行ったって、オレはカリムに会いに行くからなっ!」

「ゼン……」

 

カリムにとってゼンは、一生の友人になるのだろう。  幾何学大学へと気持ちは向いているものの、やはり不安もあった。  そんな不安を打ち消してしまう様な、ゼンの一言にカリムは感謝した。

 

幾何学大学付属高校へ編入する手続きや住居の世話は、全て十樹と桂樹がやってくれている。  カリムは、ほとんど身一つで、向こうの世界で生活する事になっている。  それだけ環境が整っているという事だ。

「カリム、神隠しの森まで見送るよ」

「ああ、ありがとう」

                  

 

リルは放課後、ゼロと桜の木の下で待ち合わせをしていた。  遊びに行く約束をしていたのである。  しかし、楽しい予定が入っているはずなのに、リルの心はどこか寂しかった。

 

長く咲いた桜は、風が吹く度に、はらはらと花びらを降らせていた。

「ゼロはまだかなぁ」

 

リルはつまらなさそうに、ため息をついた。

――分かっている。ため息の原因も寂しい気持ちも。

 

カリムがいなくなるからだ。けれど……

 

自分はもう、大きな声を出して泣く様な子供じゃない。  リルは桜の木を見上げながら、はらはらと涙をこぼした。

 

そして十分後。

「ごめんよ。当番の掃除が長引いて……リル?」

 

ゼロは、走って待ち合わせの場所に来たのだが、そこにリルの姿はなく、桜の花びらだけが地面を彩っていた。