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神隠しの森の騒動が懐かしく思える。 カリム、リル、ゼン、共に十五歳の春だった。 桜祭りの開かれているカーティス村で、三人、お花見をしていた時の出来事。
「今日は二人に大事な話があるの」
そうリルが言った。
このお花見も、リルの一言で開かれたものだ。 二人は、リルが何を話すのか――わざわざこの席を用意して告白する様な話なのかと、期待と不安が入り混じっている眼差しで、リルを見た。
「リル、勿体ぶらないで早く話せよ」
ゼンは、十五歳という年齢ながら、大人同様に酒を飲んでいる。 そう急かすゼンにリルは、両手を大きく広げて言った。
「じゃじゃーん、リルに彼氏が出来ましたー!」
満面笑顔で、そう言ったリルに、カリムは飲んでいたお茶にむせてしまった。 ゲホゲホと席をして口を拭う。
――今、何て言った? リルに彼氏!?
カリムは動揺を隠し切れない。 ゼンは気の毒そうにカリムを見た。
当然だ。 カリムはリルと付き合っていると思い込んでいたのだから、カリムにとっては死刑宣告を受けた罪人の様な気分だ。
「それ本当かよ!?」
「うん、本当」
カリムの気も知らないまま、リルは無邪気にこたえる。
「お、おい、カリム大丈夫か」
ゼンは微かに青ざめているカリムの肩をゆすった。 放心状態とは、この様な事を言うのだろう。
「それでね、リルの彼氏さんが、もう二人に会わないでって言うの」
「何で」
ゼンは、放心状態になったカリムの代わりに聞いた。
「んー、何だかね、モチが焼けるからって言ってたよ」
「モチが焼ける?」
それがヤキモチだと気付くのに、二人は少々時間がかかった。 しかし、三人が、あの事件以来ずっと共に笑い、過ごしてきた。 リルの彼氏になった奴は、何て残酷な事を言うのか――
カリムは思う。 一緒にいる事が当たり前になりすぎて、リルとの関係をはっきりさせなかった自分に問題があったのか、と。
「じゃあ、リル行くね。彼氏さんのところ」
「お、おい。最後の花見ぐらい一緒にしようぜ」
立ち上がったリルの手をゼンが引く。
「うーん、でも今日」
「リルー! まだかよー」
その時、男の声がしてカリムやゼンの方へと走って来た。 恐らく、リルが彼氏と呼ぶ人物だ。
「あ、ゼロ。ゼロ、こっちだよー」
リルは両手を振って、ゼロという人物を花見の席に呼んだ。
「ゼロ……?」
カリムは沈痛な面持ちでゼロを見た。
――確か、こいつは。
カーティス村の学校で、学年二番の奴だ。 カリムは、いつも学年一番の成績を取っている。 校内に張り出される順位表の前で、悔しそうにしているゼロの姿をよく見ていた。
まさか、こいつ――それを逆恨みして。
「二人に紹介するね。こちら、今度彼氏になった、ゼロ・セサム君だよ」
「知ってる……」
カリムが呟くと、ゼロは意外そうな顔で言った。
「学年一位のカリム君に覚えて貰ってたんだ。オレも結構やるなぁ」
髪を掻き揚げて自画自賛するゼロの印象は最悪だった。 ゼンは何だよコイツ、と敵対心を露にしている。
「じゃあ、リル行こうぜ。悪いね、お二人さん」
「とっとと行っちまえっ」
リルの肩に手を回したゼロは、二人を横目に見て、リルを連れ去ってしまった。
「いいのかよ、カリム……カリム?」
ゼンがカリムを見た時、カリムは飲めもしない酒を、瓶ごと持って、ごくごくと一気に飲み干した。
「カリム!」
酒を飲みなれていないカリムは、そのまま酔いつぶれてしまった。
――オレの何が悪かったのか
☆
『ねえ、カリム、遊びに行こうよ』
『そうだ! あのお化け屋敷探検なんてどうだ?』
カリムは、幼い頃の夢を見ていた。 冒険心たっぷりの二人が、共通で見ていた将来の夢は探検家。 そして、いつか二人で本を書くのだ。
面白かった事、怖かった事、一冊の本に全てを詰め込んで。 夢の中で、リルとそんな話をしていた。
☆
「まあまあ、ゼン君、カリムを連れて来てくれたの?」
「すみません、オレの持って来た酒、全部飲んじまって」
「あらあら、大変」
カリムの母は、ゼンの背中で酔いつぶれているカリムを起こそうとしたが、起きなかった為、ゼンを家に上げて、カリムのベッドまで運んでもらった。 カリムの身体をベッドに横たえると、カリムの母は言った。
「普段、お酒なんて飲まない子なのに……どうしたのかしら?」
「さ、さあ」
ゼンは理由を知っているような気がしたが、カリムは知られたくない事だと思い、口を閉ざした。
「それにしてもゼン君? お酒は二十歳になってからよ」
「あはは……」
カリムの母親は、ゼンの額をつん、と指でつついて言った。 センは笑って誤魔化す。 毎日、父親と晩酌をしている事は話せないなぁ、とゼンは思った。
☆
「ねぇ、リル、オレの彼女にならないか?」
「え……?」
時は春休み直前の出来事。
リルは、ゼロ・セサムの言葉に目を丸くした。 中学校の授業が終わったばかりで、校内にはチャイムが鳴っていた。 それが、教会の鐘の音に聞こえたのは、恐らくゼロだけだと推測する。
リルは幼い頃のままではない。 ちゃんと(マンガで)学習している。 ようやく、リルが大事にしている少女マンガの台詞を使える時がきたのだと、リルは喜んだ。
「ねえ、それってリルが好きだって事?」
「う……うん、まあ、そういう事」
少々バツが悪そうな、歯切れの悪い物言いで、ゼロは答えた。 すると、リルは満面笑顔になって。
「私も貴方の事が好きよ」
マンガに描いてあった主人公の台詞をそのままゼロに伝えた。 最も、それに感情まで移入する事は難しかったが、リルはそのシュチュエーションに憧れを抱いていたため、気分はスッキリ、爽やかだ。
「へーそうだったんだ。じゃ、オレ達、付き合うか」
「うん!」
二人、それぞれ軽い返事をして、付き合いが始まったのである。
☆
ゼロとリルは、カリムとゼンと別れて、二人で小高い丘に行こう、と意気揚々歩いていた。 高い場所から見る桜並木もロマンティックなのではないか、とゼロはリルを誘った。 その道中。
「おや、リルちゃん、今日はカリムとゼンと一緒じゃないのかい?」
一人の年配の女性が話しかけてきた。
「うん! おばちゃん、リルはゼロと付き合ってるの!」
「へぇ、そうかい。おばちゃん驚いた」
のんびりと会話する年配の女性は、リルとほのぼのとした会話をして、別れ際に、果物を二人にくれた。
「ありがとう、おばちゃん」
「ありがとうございます」
ゼロも年配女性から、果物を貰う。 そして、何人もの大人達に話しかけられたのだが、どこへ行ってもリルは顔が広く、その度に何かを貰った。
「やあ、リルちゃん」
「リルちゃん、元気?」
「リルちゃん、浮気するなよー」
皆が皆、カリムとゼンではなく、ゼロと歩いていることに疑問を抱くのだ。 ゼロは何だか疲れてきた。
「リルね、ゼロと付き合ってるの!」
疲れる原因は、リルの恋人宣言だ。 何人もの村人達に一人一人紹介するものだから、たった一日で村人全員がゼロとリルが付き合っている事が知れ渡ってしまいそうだ。
(本当に、リルはオレの事が好きなのか?)
そんな疑問を抱いたまま、二人は目指した小高い丘に着いた。 その頃には、リルとゼロの両手は、すっかり村人達に貰った果物や野菜で一杯になっている。 おまけに、その丘に集まっている村人達も、リルの事を知っていて、ゼロの事を訊ねてくる。
――ロマンティックの欠片もないな
元々、リルと恋人関係を築こうと思ったのも、成績優秀なカリムを出し抜く為であって、この事を人に知られるのはまずい話だ。 しかし、その代償を払ってでも、あのカリムに敗北感を与えられただけでも、ゼロにとっては有益な事だったのだ。
「ねえ、ゼロ、リルのどこが好き? 教えて欲しいな」
「え、どこがって、その……」
周囲の目もありながら、身を乗り出してリルは聞く。 ゼロは、うっと言葉に詰まった。
「……可愛いところかな?」
答えに迷った結果、一番無難な言葉を返した。
「リルもゼロがだーい好きだよ」
にっこり笑うリルを見て、ゼロの胸はちくりと痛んだ。