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SKY CAFE

 幾何学大学 ~百人祭~

 

「うーん」

「何うなってんの? おっちゃん」

 

ゴキブリ王国の館長である白石桂樹は、受付のカウンターの前で悩んでいた。  それを見て、子供達は面白そうに、お土産コーナーにあるゴキブリのぬいぐるみを桂樹の頭に乗せて遊んでいた。

「こらっ! オレの事はお兄さんと呼べ」

「オレ達から見たら、十分おっちゃんだもん」

 

桂樹は、頭に乗せられたゴキブリのぬいぐるみを手に掴むと、子供達に言った。

「これは買い取りだな。一匹八百円だ」

「ええーっ! 金取るのかよ」

「当たり前だ。売り物なんだから」

「ゴキブリのぬいぐるみなんていらねーのにー!」

 

桂樹に真顔でぬいぐるみの支払いを請求されて、子供達はしぶしぶ三匹分のゴキブリのぬいぐるみの代金を支払うことになった。

「毎度! 今日は前夜祭だから早く帰れよ!」

 

桂樹は久しぶりの収入に、機嫌良く手を振って子供達を見送った。  ゴキブリ王国の夢は果たしたものの客は少なく、いや、無いに等しく、今日の売り上げはこれだけだった。

「きっと、前宣伝が足りなかったんだなー」

 

原因はそこには無いが、相変わらず桂樹の財布には木枯らしが吹き荒れており、ゴキブリ王国の維持費の方が、収入より遥かに上回っていた。

「こんな時に百人祭……「オレ」の誕生日プレゼント、どうすっかなぁ」

 

思えば、昨年はゴキブリのポストカード、その前はゴキブリのキーホルダー、そのまた前はゴキブリの生態の謎、という名の本ををプレゼントした。

 

いつも誕生日プレゼントは、ゴキブリ関連の金のかからないプレゼントばかりだった。  桂樹は、今年はゴキブリの何にしようかと、腕を組んで考えている。

「ねえ、「オレ」の保護者さん。お話があるの、ちょっといい?」

「ん?」

 

その声に桂樹が見ると、百人祭の子供の一人、少女がそこに立っていた。

                 

「ぷはあっ! いたたた」

「……まったく、何やってんだよ! 心配して見に来たら案の定……」

 

「オレ」は、山になっていた本を一冊一冊拾い上げて、一樹に覆いかぶさっていた山積みの本を本棚に片付けて言った。

「過去、アダムとイヴが誕生したって言われる事の経緯を知りたかったんだ」

「そんな大昔の過去なんて調べあげても、今を変えられる訳じゃないだろ?」

 

きらん、とした眼差しで、一冊の本を手にとって見ている一樹に「オレ」は呆れた。

「このまま朝まで見つからなかったら、お前、凍死してたぞ」

「大丈夫だよ。知らない? 「オレ」、紙は結構あったかいんだ」

「ホームレスみたいな事言うなよ」

 

「オレ」は一樹が手に取ったアダムとイヴの本を見た。 この世界の創設者であるアダムとイヴは、一体誰に名前をつけてもらったのだろう。 アダムとイヴですら名前がある。 それは、今の「オレ」にとって、羨ましい対象になっていた。

「なあ、十樹達が待ってる。ここをさっさと片付けて、研究室に戻ろうぜ」

「うん」

 

「オレ」は雪崩落ちた本をようやく元に戻すと、一樹の手を取り、研究室の方角に歩き出した。  一樹は、図書館から出た後も、借りてきた一冊の本を片手に、読みながら「オレ」に引きずられる様にして研究室に戻った。

「ただいま、一樹、連れてきた」

「ご苦労だったね、「オレ」ありがとう」

 

十樹は、本の虫と化した一樹の行動を全て知っているように、「オレ」に言った。

「あれ? 桂樹は?」

 

「オレ」はある事に気付いた。  自分の保護者であるはずの桂樹がいないのだ。

――もう「ゴキブリ王国」の営業時間は過ぎているのに。

「そう言えば、まだ帰ってないな」

「オレ、捜しに行って来ようか?」

 

「オレ」がそう言うと、十樹は首を横に振った。

「もう遅いから、私達だけで食事をとろう。桂樹は、その内に帰ってくるだろう」

 

食卓には、既に橘と亜樹の作ったご馳走で溢れていた。  チキンやケーキもある。

 

「オレ」は、そんなご馳走を見ても、何故かもやもやとした気分が晴れなかった。  今まで、前夜祭で桂樹がいないなんて事はなかったのに。

「あんの、くそ保護者」

「?」

 

「オレ」は用意されたチキンを歯で引きちぎりながら食べた。バリバリと食事をすすめる「オレ」を、皆 不思議そうに見た。

                 

「あの……ご報告があります」

 

皆が大体の食事を終えた頃、橘が真顔で話をきりだした。  亜樹が橘の隣で、心配そうな表情で寄り添っていた。

「この研究室に入って、早くも六年になります。僕達も色々考えたのですが……」

――僕達?

その言葉に違和感を感じて、「オレ」は、橘を見た。

「本当なら、桂樹先生も揃ってからと想ったのですが……」

「何だよ、橘、さっさと言えよ」

 

なかなか本題に移らない橘に、「オレ」はしびれをきらせて言った。  十樹は黙ったまま、橘を見ている。

「僕と亜樹さんは、結婚することに決めました」

 

橘は、亜樹の肩に手をあてて言った。

「ええええええ……っ!?」

 

「オレ」と一樹は、想像さえもしていなかった現実に驚いた。 その中で、十樹だけがパンパンと拍手をして二人を祝福した。

「何だよ! 十樹、知ってたのかよ」

「二人が付き合い始めたのは随分前だよ。気付かなかったのかい?」

 

どうやら知らなかったのは、「オレ」達だけだった様だ。  「オレ」と一樹は、抗議の声を挙げた。

「もっと早く知りたかったなあ……そうしたら僕達、何か結婚祝いを考えられたのに」

「ごめんよ、一樹、その内知れる事だから、あえて言わなくてもいいかと思ったんだ」

 

十樹は、用意されてたコーヒーを、ことりとテーブルの上に置いた。

「僕達のお祝いは、今晩のご馳走で十分ですから……「オレ」と一樹くん、驚かせてしまってすみません」

「私は「オレ」にも一樹くんにもお世話になってるから、お祝いなんて要らないわよ?」

 

亜樹は幸せそうに微笑んだ。

「実は、もう一つ、隠していた事があるの」

 

亜樹が次に言った言葉に、三人は絶句するしかなかった。