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SKY CAFE

 幾何学大学 ~百人祭~

     

リンゴーン♪

 

「オレ」の頭に教会の鐘の音が鳴り響く。

 

ちょっと待て! オレの理解範囲を超えている。

 

思えば、「オレ」と一樹が五歳の誕生日を迎えた頃、亜樹をどっちがお嫁さんに貰うか、という議論を交わした事がある。 あの時、桂樹に、「亜樹とお前達はDNAが近いから結婚は出来ない」と五歳の「オレ」達にもよく分かるように、黒板にDNAの論理を桂樹は説明してくれた。

 

その時、初めて「オレ」達や亜樹がクローンであり、血縁関係を持った人間同士だと言う事を自覚したのだ。  その時のショックを「オレ」は今でも覚えている。  なのに。

「私、子供が出来たの……今、五ヶ月よ」

 

亜樹のその言葉に、その場にいた全員が驚いた。  十樹も、その事に関しては知らなかった様子で、言葉を失くしていた。

「子供が安定期に入るまでは、内緒にしておこうと思ったんです」

 

照れくさそうに、橘は言った。

「嘘だ! 亜樹は「オレ」のお嫁さんになるって言ってたじゃないか」

「『オレ』はまだ小さかったから、亜樹が冗談で応えたんだろう。それに桂樹から、結婚は出来ないと聞いていただろう?」

 

十樹は、「オレ」にそう言うと、やれやれと年寄り臭く椅子から立ち上がった。

「二人は、この研究室に残るのか?」

「出来たらそうしたいです。僕にも、親も親戚もいないも同然ですし、自分達の子を危険にさらしたくはないですし」

――ああ……そう言えば。

 

橘は昔、神崎とかいう教授の手によって、頭に盗聴器を埋め込まれた事があると言ってた。何でも、その企みには、橘の両親も関わっていたとか……橘にとって、苦い記憶だろう。  その後、両親とは縁を切ったと言っていた。

ピッピピピピピピ……

「ん?」

 

その時、「オレ」の携帯が鳴った。  メールの着信音だ。差出人を見ると桂樹だった。

 

もう、前夜祭も終わりだというのに、何を今更――

「オレ」は、メール画面を開いた。

『もう少し待っててくれ――桂樹』

 

内容はそれだけだった。  何を待っていろと言うのだろう。  「オレ」は桂樹に疑問を抱いた。

                  

 

十樹と橘と亜樹は、今度行われる結婚式の事で、「オレ」達を放って話をしている。  主役は既に橘と亜樹に代わっていた。  一樹は十樹から貰った、コスモカプセルの調整に夢中になっている。

「オレ」だけが一人、窓の外に降る雪を見ていた。

 

ホワイトクリスマス……そう、今日はクリスマス・イヴなのである。  一年に一度の聖なる夜なのである。  しかし、「オレ」が好きだった亜樹は、やさ男で貧弱で情けない(オレの方がよっぽどいい男なのに)橘と将来を誓い「オレ」の保護者である桂樹は不在で――

――全く、何て最低な誕生日なのだろう。

                  

 

窓の外にある木々に、しんしんと雪は降り積もる。  この分だと、明日の朝には銀世界になるだろう。  暗い闇の中で降りしきる雪は、どこか儚く霞んで、幻のように見えた。

「『オレ』?……もう皆は休んだよ。『オレ』も早く寝なさい」

 

ぼんやりと、窓の外を見ていたオレに、十樹が声をかけてきた。

「桂樹がオレに待ってろって、メールが届いたんだ」

「桂樹を待ってたらきりがない。あいつは昔から遅刻魔なんだ」

 

十樹は、以前、桂樹と待ち合わせをした際に、六時間も待たされた事がある、と話した。

「だから、君も寝なさい」

「嫌だ」

「『オレ』?」

「桂樹が待ってろって言ったんだ。オレ起きてる」

 

起きて、桂樹が来たら文句を言ってやるんだ。  そう言うと、十樹が髪をくしゃりと撫でた。

「それなら好きにしなさい。しかし、夜は冷えるから」

 

十樹は、「オレ」の為に、寝室から毛布を持ってきた。ふわりと宙を舞って、オレの身体を包み込む。

「風邪をひくといけないからね。これにくるまってなさい」

 

オレは、十樹の優しさ(おせっかい)に、こくんと頷いて、青い毛布を身体に纏った。  暖かかった。

 

桂樹が帰ってきたら、色んな事を話すんだ。

 

名前のせいでいじめられている事も、  橘と亜樹が結婚する事も、  亜樹を諦めきれない事も、  桂樹が前夜祭にいなくて、オレだけプレゼントを貰えなかった事も――

 

今年も、プレゼントが「ゴキブリ王国」のお土産グッズだったとしても、オレは別に構わない事も。

――話したいことが、沢山あるんだ――

「じゃあ「オレ」お休み」

「おやすみ」

 

十樹とそう話してから、十分も経たない内に、「オレ」は眠りにおちてしまった。

                 

「うおー、寒い」

 

深夜の二時を回ったところで、研究室の扉がシュンと軽い音を立てて開いた。  真夜中に帰宅したのは、桂樹である。

「あっ、オレを待ってろと言ったのに、全員寝てやがる」

 

ただいまを言った所で、待つものはいない。  が。

 

研究室の壁にもたれて、毛布に包まりながら寝ている「オレ」がいた。

 

「『オレ』知ってるか? サンタさんは眠った頃にやって来るんだぞ」

 

桂樹は上機嫌で、ある一枚の紙を懐から取り出した。

                 

「おはよう、飛樹、今日は百人祭だよっ!」

「おめでとう、飛樹」

――しぶき? 誰のことだ?

 

そんな声で目を覚ましたオレは、一瞬、眼が見えなくなったと思った。  それは、オレの視界を妨げる様に、白い習字紙が顔にはりついていたからだった。

 

何の冗談かと、オレは額についているセロテープを剥がして、習字紙に書かれている文字を見た。

 

『命名 飛樹(しぶき)』

「はあ!?」

「飛樹、今年の桂樹からの誕生日プレゼントだ」

 

十樹が笑顔でそう言った。

「オレの……名前?」

 

そう聞いた途端、自分の名前が書かれた習字紙を持つ手が震える。  オレの眼は、自然に桂樹を捜していた。

「誕生日、おめでとう、飛樹」

 

目線の先にいた桂樹は笑顔を見せて、途端、倒れた。

「桂樹!?」

 

皆が慌てて駆け寄る。

「ぐおおおお……」

 

が、すぐに寝息が聞こえて、皆は安堵の息をついた。

                 

 

桂樹はそのまま、午前中一杯眠っていた。  十樹に聞くと、桂樹はオレの名前を改名する為に、あちらこちらの機関の門を叩き、一日中走り回っていたという事だった。

 

オレは何だか、頭の中の霧が晴れて、昨夜とはうって変わって、幸せな気分で誕生日を迎えた。

                

 

今日は百人祭が行われ、皆が広場の中心に集まり、踊ったり歌ったりしている。  それを遠目で眺めていると、起きたばかりの桂樹が、一人の女の子を連れてやってきた。

 

桂樹が、かがんでオレの耳元で囁いた。

「飛樹……名前をつけたのはオレだが、名前をつけることを提案したのは、この子だ」

「え……?」

 

女の子は、恥ずかしそうに飛樹を見ている。  どことなく、亜樹に似ているその子は、頬を赤らめていた。

「お前も隅におけないな」

「桂樹!」

 

面白がって、にやにやしている桂樹に、オレは怒った。  照れくさかったのだ。

「飛樹くん、踊りに行こう?」

 

女の子はそう言うと、飛樹に手を差し伸べた。

「行って来い」

「う、うん」

 

桂樹に背中を押されて、オレは女の子が差し出した手を掴む。  オレは、これからの未来に向かって駆け出した。

(終)