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SKY CAFE

 幾何学大学 ~神崎日記~

   

結果、誰に咎められる事なく、神崎亨はその年の合格者の中で、トップ合格を果たしたのである。  その年のニュースでは、最年少特待生である白石十樹と桂樹、そしてトップで入学した神崎亨が、新聞の一面を賑わせた。

 

神崎は、自分の写真が載っている新聞の切り抜きを大事そうにスクラップにしてファイルに収めた。  だが、同じ欄に載っている白石十樹と桂樹の写真を邪魔に思い、神崎は眉を歪めた。  目立つのは、自分だけで十分なのだ。

 

そんな神崎の思いとは裏腹に、入学代表の挨拶は、特待生である白石十樹に白羽の矢が立ったのである。  神崎としては、当然面白くない大学生活のスタートだった。

 

「亨、どうだ幾何学大学は」

 

父は、白石十樹に出し抜かれた事に対してのコメントを避け、自分にそう訊ねてきた。

 

「――父さん、僕は必ず幾何学大学でトップをとってみせます」

 

とても、裏口入学で入った者の台詞ではない。  しかし、神崎は根拠のない自信があった。

 

「今日から、僕は勉学に対して本気で取り組もうと思います」

 

そう、本気になれば、神崎は白石兄弟に勝てると思ったのである。  そんな神崎の発言に背を押すかのように、白石兄弟の所属する科は同じ生体医学部になった。

 

部に配属された時、神崎は二人に言う。

 

「お前達を必ず出し抜いて、いずれこの部を僕のものにしてみせる」と。

 

二人は不思議そうに神崎の宣戦布告を聞いていたが、特に気にしていないようだ。  それが、神崎には腹立たしかった。

                        

 

一ヵ月後、部に配属されて初めてのテストがあった。  神崎はその時の為に猛勉強をしていたのだが、テスト当日になって、双子の二人は教授に肩を叩かれ、何やら深刻そうな面持ちで会場から出ていった。

 

(何だ――? 僕との戦いを放棄するんだ)

 

神崎には何事か起こったらしい二人の姿が気になって、目の前にあるテストに集中出来なかった。

 

――そう、あの二人のせいで集中出来なかったのである。

 

後日、返却されて来たテストの結果を見て、そう責任転嫁した。

「五十人中……四十八番」

 

決して僕は、あの二人に敗北していない。(十樹・桂樹、欠席により五十番)

                      ☆   

それから一週間が経った頃、白石十樹と桂樹は、幾何学大学のエア・カーに乗って大学へ帰って来た。  神崎亨はその姿を見て、先日、自分の父親が言っていた事を思い出した。

『白石家で不幸があったらしい』

 

そう言っていた。

 

『不幸』の意味合いぐらい知っていたが、父は神崎にわざわざ人が亡くなったんだ、と話した。  十樹と桂樹の二人が、迎えに出た学長に何やら報告をしている。

 

(今の僕は、少なくともこの二人より幸福なのだろう)

 

そんな思いを抱きながら、神崎は、自分に近づいてきた二人に話しかけた。

「やあ、久しぶりだね」

 

少し緊張している自分の声。  何と話しかけていいのか分からなかったのである。

(一応、年長者としての配慮はしないと……)

「ああ、裏口入学の人か」

 

神崎の気遣いを無碍にして、双子はすたすたと生体医学部のある校舎へ足早に歩いて行った。  不幸である立場に関わらず、飄々として態度の双子に対し、改めて敵意を持った。

――可愛げのない、生意気な双子だ。

「おい! お前達、ちょっと待て!」

「――……?」

 

神崎は、生体医学部へと入って行った双子の二人を追いかけて、どちらか一人の肩を掴んだ。

「……何ですか?」

 

すると、神崎を訝しげに見る二人に真実を打ち明けた。

「お前達、さっき僕を裏口入学の人間だと言ったな」

「それが何か?」

「僕は幾何学大学に裏口から入ったんじゃない! 正々堂々、正門からこの大学に入ったんだ!」

 

二人が何か勘違いをしているなら、間違いは正さなければならない。  神崎は、ふん、と鼻を鳴らした。  すると、きょとんとしている双子の片方とは裏腹に、腹を抱えて笑い出したもう一人がいた。

 

何が笑えたのか、神崎には謎だった。  大学に裏口から入ろうが正門から入ろうが、どうでも良い事だったからだろうか。

                 

 

大学に入って、僕は取り合えず、最優先にやらなければならない目標が決まった。  それは、あの生意気な双子の上に立つことだ。

 

例え、テストであの二人に勝った(二人は欠席)所で、神崎は満足してはいなかった。  そう決意したその日から、神崎は昼夜問わずに大学の図書館で勉強を始めたのだったが……。

「何で、あの双子がここにいるんだ」

 

神崎は、図書館の端で、大量に本に囲まれている双子の一人を見て毒づいた。

「くそっ!」

 

それに負けまいと、双子以上の本を隣に平積みして、神崎は黙々と勉強をする。

 

今度の定期テストで負ける訳にはいかないのだ。  自分のプライド――父の威信にかけて。

 

しかし、神崎は、ふとある事に気付いて、走らせた鉛筆の手を止めた。  双子の一人が、山の様な本を積み上げている本のタイトルは、試験の為のものではなかったからだ。

(何だ……?何を勉強している?)

 

神崎は、盗み見るつもりはなかったが、『人体の仕組み』だの『遺伝子因子』について書かれている本のタイトルを目にした。

(生体医学部の研究について調べているのか?)

 

その余裕のある行動に腹を立てたが、次の瞬間、この双子の一人を出し抜くチャンスが来たのだと、心を改めなおした。

「おい、双子」

 

神崎の声に、双子の一人は本から目を放した。  その表情に神崎は驚いて、次に語るべき言葉を失くした。

――泣いていたのだ。

 

宣戦布告をしようとしていた神崎であったから、当然の如くうろたえた。  自分より年少の相手を泣かせてしまったと思ったからである。

(何だ? 僕の声が嫌だったとか、僕は、この双子に泣かれる程、嫌われているのか?)

「あ、おい、双子の一人、僕は何も――」

――泣かなくてもいいじゃないか。

「ああ、神崎さんでしたか」

「……お前は誰だ」

 

神崎に双子の見分けは出来ない。  双子の一人は、手で涙をぬぐって、神崎の質問に答えた。

「白石十樹です」

「……何故泣いている」

「本のほこりが少し目に入ったんです」

 

そう言った、白石十樹の目は赤かった。  泣いていたのは明らかなのに、白石十樹は見え見えの嘘をついた。

「まあいい。僕は君にとって恐ろしい存在かも知れないが、君が思っている程怖い人間ではない」

「は……?」

 

神崎は白石十樹に手を差し出して、正々堂々握手を求めた。  ライバルとして。生体医学部の仲間として。

 

十樹は差し出された手を見て、きょとんとしていたが、よく分からない様子で神崎と手を重ねた。

「今度の定期テスト、互いに頑張ろうじゃないか」

 

年長者に出来る、精一杯の配慮だった。