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SKY CAFE

 幾何学大学 ~神崎日記~

   

神崎はライバル宣言をした白石十樹の姿を意識すると共に、目で追いかける様になっていた。  それは、またどこかで泣いているのではないか、と心配をする親の気持ちに近い。

「あっ、IQ170の双子の片割れだ」

「くそーっ、あの二人の見分け方なんかあるのかよ」

 

通りすがった大学の生徒達が、そんな会話をしながら神崎の前を横切っていく。

――見分けがつかないだと?

 

神崎は、白石十樹ばかりを目で追いかけていた為、いつからか二人の見分けが出来る様になっていた。それ故、見分けが未だつかないと言う周囲が不思議に思え

た。  

やはり、僕は他の生徒とは違う。

 

そんな優越感に浸っていたある日の事、いつもの様に図書館で勉強をしようと、まだ開いたばかりの、誰もいない時刻に神崎は入っていた。  すると、双子の声が聞こえた。

「桂樹! 何するんだ!」

「オレは知ってるぞ! 十樹、お前、亜樹のクローンを造るつもりだろう!」

 

双子が言い争いをしていたのである。

「しー! 声が大きいよ、桂樹!」

「オレは絶対反対だからな!」

 

図書室の本棚から一人出て来た白石桂樹は、神崎が立っている事に気付き、ちっと小さく舌を鳴らした。  恐らく訊かれたくない内容だったのだろう。  桂樹は、足早に図書館を出て行く。

 

残された白石十樹は、大量の本を拾っていた。

「――クローン?」

 

神崎は知らずに訊いた内容を呟いた。

「牛のクローンです」

 

白石十樹は、神崎の存在に気付くと平然な顔をしてそう言った。

「牛……亜樹とは牛の名前か?」

「そうです。ですが、神崎さんには関係ない話ですから」

 

拾った本をテキパキと元の場所に納めると、十樹も図書館から出て行った。 後に残された神崎は、自分には関係ないと、白石十樹がまるで無視をするかのように去って行った事に対して釈然としない気分で、その朝の勉強は全く頭に入らなかった。

                 

 

その日から、双子の二人は一緒に行動することが少なくなった。  神崎は、それを気にして講義を一人で受けている白石十樹の隣に座り、それとなく訊いてみた。

「白石桂樹とケンカでもしてるのか?」

「していません。単なる意見の不一致です」

「先日、クローン牛の話をしていたが、生体医学部ではクローン牛の研究は出来ないんじゃないか? 僕が父に言って畜産部に掛け合ってやってもいい……」

 

神崎がそこまで言ったところで、白石十樹はパタンとノートを閉じ席を立った。

「おい!」

 

神崎を無視して席を離れようとする白石十樹を呼びとめ、その手首を掴んだ。

「申し上げたはずです。神崎さんには関係ない話だと」

 

白石十樹は、掴まれた手をパシっと払いのけて、神崎に対し、酷く冷たい目を向けた。  その目つきに神崎はぞくりとした何かを感じて、白石十樹が図書館を出て行く様子を見送った。

(一体、なんなんだ)

                 

「おい、白石桂樹」

「は?」

 

白石十樹が、何か思い悩んでいる事は分かっている。しかし、それが何なのか。  分からない事があるなら徹底的に調べるだけだ。

「よく、オレが桂樹の方だって分かったな、裏口入学」

「その呼び方はやめろ! 僕にはれっきとした神崎亨と言う名があるんだ」

 

この白石桂樹に笑われた日、神崎は父親に訊いて初めて、裏口入学という言葉の意味を学んだ。  あの時、わざわざ大学の裏口を確認しに行ったこと等を思い返すと赤面の至りだ。

「神崎亨……知ってたか? この大学は定期テストで二度続けて最下位を取ったら退学だと」

 

初耳だった。しかし――。

「最下位は君達じゃないか。僕には関係のない話――」

「四十八番」

「な……なんだ」

 

白石桂樹は、服のポケットに手をつっこんで、正面から神崎を見た。  双子の十樹には無視をされっぱなしだった為、神崎の目を真っ直ぐに見てくる瞳に、心は動揺した。

「今度のテストで君達が最下位なら、それで終わりじゃないか」

「オレたちはその件で何も心配しちゃいないんだよ――問題は神崎亨、お前だろ?」

 

そう言う白石桂樹の言葉は確かだった。  白石兄弟を特待生として迎えいれた大学側は、余程の事がない限り、双子を自主退学にはしないだろうし、また今度のテストで最下位をとる事もないだろう。

 

神崎が次に言うべき言葉を失くした時、白石桂樹は言った。

「オレが勉強教えてやるよ」

 

にやりと笑う白石桂樹の手には、何やら怪しげな複数の黒い物体があった。

 

その後の事は思い出したくもない。

                   

 

何はともあれ、僕はその後のテストで、白石十樹と桂樹に次ぐ三位という好成績をとった。  しかし、あれからと言うもの、何かを勉強する度に、あの黒い物体を思い出すのだ。

 

その黒い物体が何であるのか、ここでは言いたくない。

「なあ、神崎って凄い奴だったんだな。この前のテストお前一位だぜ?」

 

背後から肩を叩いてきた生体医学部のメンバーは、尊敬に満ちた眼差しで神崎を見た。

 

あれから時は経ち、今は十九歳。  神崎を取り巻く環境は変わっていった。

「そんなの、当たり前だろう。僕に勝てる奴はいない」

 

そう、あの二人以外、何人たりとも先に進ませるものか。  双子は、宇宙科学部を新設し、もうこの生体医学部にはいない。

 

白石十樹は、僕の顔を見るたび、うんざりとした表情を向けてくる。  あの時、泣いていた頃の面影もない事が腹立たしい。

 

僕の頭に黒い物体を刷り込んだ白石桂樹は、何の罪悪感もなく、今日も鼻歌を歌っているのだろう。

「……いつか、あの二人を越えてやる!」

 

神崎は、生体医学部の机の中に閉まっていた、双子がいた頃の集合写真を手に取り、自室の壁に貼り付けた。

 

神崎の復讐が始まる。

(終)