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SKY CAFE

 幾何学大学 ~朝日の休息~

 

「は?何だって?朝日君」

「このクローン計画は失敗します」

神埼は、度々不吉な事を言ってくる朝日を、疎ましげに見た。

「これまで順調に事は進んで来たじゃないか!今更止めようとしても無理だ。この研究は、もう完成に近づいている」

「そうです。この研究は、予定では明日にでも完成してしまいます。これが何を意味するか分かりませんか?」

ブレイン朝日は、神埼の目を見て言う。朝日に失敗は許されない。何より自分のプライドに傷がつく事は許せないのだ。

「朝日君・・・君はクビだ。先日、解雇通知を受け取っていないと言っていたが、今、ここでこの研究を降りてもらう」

神埼は、最期通告に、朝日は頷いた。

「はい。私もそれを望みます」

朝日は、その場で研究意の服を脱ぎ捨て、「軍事用クローン製造部」から出て行った。

「ようやく静かになった」

神埼は、書類を手配すると、朝日の解雇通知を書き、ホームへと送った。空しさが胸に残った。

------このクローン計画は失敗します。

朝日の言葉が耳に残る。

「ここまで来て、何が失敗だ!」

「あの・・・神崎先生」

神埼が壁に手をついて、独り言を言っていると、研究員の一人が資料を持ってきて、神埼に声を掛けた。

「何だ、何の用だ?」

「今、赤ん坊の状態のクローンの件でお話なんですが、このままの状態でいくと・・・」

「ああ、君もか!君も私に文句があるのか!?」

「いえ、その、私は」

神埼に気押されて、研究員は「何でもありません!」と言って、その場から足早に離れた。

「全く、どいつもこいつも!」

           

宇宙科学部のインターフォンが鳴り、橘が出てみれば、そこにいたのはブレイン朝日だった。

「白石十樹に用があります」

「十樹先生、どうなさいますか?」

十樹が「ゴキブリ王国」への対応に追われている中でのことだったが、ブレイン朝日は、放っておくとやっかいな性格の様に思えて、十樹は立ち上がった。

「朝日君、どうかしたのかい?」

十樹は、研究室のドアを開けて、朝日を直接見た。

「神埼先生のブレインを解雇されました」

「君は、また神埼先生の自尊心を傷つける様な事でも言ったのでは?」

「それもありますが、私は、貴方にまんまと嵌められました。これは事実であり真実です。

「つまり、それを君は神埼に伝えたと?」

十樹は、見透かした様に朝日に言う。

朝日は、十樹の造ったディスクにコード不足がある事を見抜いていた。あの数字の羅列から、それを見抜いたと言う事は、それまでの内容を理解していると言う事だ。

「朝日君、残念だが、もうどうする事も出来ないよ。あとは時が経つのを待つだけだ」

神埼は、それを知った時、クローンの命を断ってしまうような暴挙に出ない限り、このまま神埼の-------いや、十樹の計画は進んでしまうだろう。

「やはり、貴方がディスクの制作者ですね?」

「さあ、どうかな?君がそう思いたいのであれば、そう思ってくれて構わない」

「貴方のおかげで解雇になりました。貴方には私の希望を叶える義務があります」

「義務?」

十樹は、その言葉に首を傾げた。

「ホームでは、途中解雇、もしくは目的が達成出来なかった時、ランクを下げられる他に、

一日、食事が抜きになります」

朝日は坦々と、十樹に説明する。

「それと、私にどんな関係があるんだい?」

「つまり、白石十樹には、私の食事の世話をする義務が生じます」

「・・・・・」

十樹は、朝日に何も言えないでいると、朝日の腹部から「ぐ-----」と、特有の音が鳴っているのを確認した。その音を聞いて、十樹は、「くっ」っと笑う。笑いを堪えていると、朝日は顔を赤く染めて、十樹に言う。

「これは人間の、ごく自然な現象であり、決して特別な事ではありませんっ!」

「あ、ああ、そうだね」

十樹は、笑うのをやめて、朝日にどうぞ、と研究室の中に入れた。

「君はもう神埼のブレインではない。丁度、優秀な人材が欲しかったんだ。少し、手伝って貰えないかい?その代価は、今晩の夕食でいいかな?」

「・・・おやつもつけて下さい」

ブレインの要望に十樹が頷くと、朝日は研究室に入った。 朝日が研究室に入って、一番先に目に映ったのは、白石十樹の造った宇宙だった。強化ガラスの向こうに見える宇宙を見て、朝日の目は輝いていた。

「亜樹、朝日君に何か食べ物を用意してくれないか?彼女、お腹が空いている様だから」

「じゃ、パンケーキでも用意しましょうか?朝日ちゃん、食べる?」

朝日は、ちゃん付けで呼ばれた事に腹を立てたが、異論を唱えるより食欲の方が勝ったらしく、こくん、と頷くのみだった。橘は、朝日の為にホットミルクをつくり、熱すぎないかを確認してから、朝日にそれを手渡す。

無機質なホームや、神埼の研究室と違い、朝日が初めて感じるアットホームな場所だった。

パンケーキを口に運んでいる時、十樹が朝日に言った。

「君は情報操作のスキルを持っていると思うが、この大学内で今にもデモが起こりそうなんだ。私と手分けをして、デモを回避させてくれないだろうか?」

「それには、ある条件があります」

「このパンケーキのおかわりを要求します」

亜樹は、くすくす笑いながら、それに応じた。

         

-------このクローン研究は失敗します。

神埼亨は、朝日の一言が、脳裏に焼きついて、なかなか眠ることが出来なかった。神埼は、寝付けない身体をのそりと起こして、「軍事用クローン製造部」へと足を運んだ。 朝日や、研究員達の不安を真に受けた訳ではないが、予想より成長の遅いクローンを見て神埼は思う。

(明日、明日には、きっと幼児ぐらいに成長するさ)

クローンは、これからすぐに成長すると、ディスクには説明書きがあった。明後日には、白石亜樹の様に記憶を持ったクローンが目を覚まし、神埼を安心させてくれるはずだ。不吉な予想ばかりしてくる、ブレインや研究員はいらない。

青白く光るクローンのポットに手を当てて、しばらく自らのDNAから出来た自分を見ていた。

         

「ゴキブリ王国に反対する者達が起こす、デモ行進ですか・・・」

ブレイン朝日は、パソコン画面を見て呆れた様子で言った。

「デモ集会の起こりそうな呼びかけを、裏側から潰して行く作業だが、この手の知識を持っているのは、この研究所では私だけでね」

「くだらないですね。ですが、私にはパンケーキやミルクを頂いた恩があります。力を貸しましょう」

十樹は、朝日に苦手意識を持っていたが、話してみれば、中身は普通の十歳の女の子だ。 そう言えば、自分達も十歳で幾何学大学に入った経歴がある。周囲の大人達には、随分、生意気な子供に見えただろう。

「じゃ、ここは任せていいかな?」

「はい」

朝日はパソコン画面を見て、パチパチと指を動かし始めた。

「デモ集会が行われないように、心理的操作を行います」

「頼もしい味方が出来ましたね」

橘が言うと、十樹は頷いて、自身も忙しくパソコンを叩いた。その画面を見て橘は驚いていたが、十樹は構わず続けた。

       

「神埼教授、君の息子のクローン計画は上手くいっている様だね」

「はい。これも学長が、私の息子を高く評価してくれたお陰だと・・・」

学長室に呼ばれた神埼保は、学長の機嫌を伺いながらそう答えた。

「いや、ここまでの成果は、あの白石十樹がいたからだろうと私は思っている」

「しかし、白石十樹は、クローン製造部には顔を見せにくる程度だと、息子から聞いております」

全ての手柄を、神埼チームのものにしようとした神埼保は学長に言った。

「------ディスクだよ。君の息子は言っていたじゃないか。あれは白石十樹が造ったものだと・・・」

学長は席から立ち、背後に神埼保を置いて言う。

「造ったのは確かに天才的頭脳を持つ、白石十樹であるかも知れません。ですが、私の息子はそれを実行しています。明らかに功績は、息子の方にあると」

「君は随分子煩悩な様だが------以前、私は君に言った。責任の全てを神埼亨になすりつければ良い、と」

「はい」

神埼保は、手で拳を握る。その手は少し汗ばんでいた。

「この研究が成功したら、君の息子は名声を得ることが出来るだろう。たが、失敗した時には、以前言った通り、全ての責任を被って貰うよ」

「分かりました。息子には、そう伝えます」

保は、学長の言葉に内心ほっとしていた。軍事用クローン製造部の成功は、もう目前にある。誰が失敗すると思うのか。誰もが成功すると思っている、この研究に疑問を持っていたのは、この時、数名の研究員とブレイン朝日だけだったのである。