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SKY CAFE

 幾何学大学 ~リミット~

 

「ただいま」

「お帰りぃ」

十樹が宇宙科学部の研究室に帰って来ると、 桂樹は十樹の顔を見ないまま、ご機嫌な返事をした。 続けて、カリムとリルがばたばたと奥の部屋から出て来た。

「あれ?十樹、何持ってるの?」

「何か飼うのか?」

カリムとリルが、十樹の手に持っている、それを見て聞いてきた。

「これは桂樹へのお土産だよ」

「ええー、桂樹にだけずるい」

リルがそう言う。

その台詞を聞いていた桂樹は、「何の土産?」と作業をやめて、笑顔で振り返った。

「ほら、桂樹『ゴキブリ王国』だ」

十樹は、ゴオロギの飼育にでも向いていそうな、五十センチ四方のガラスケースを桂樹に差し出した。

「コレ、何だ?」

「だから『ゴキブリ王国』だ」

そのガラスケースの上の蓋には、わざわざ『ゴキブリ王国』という名のシールが貼ってあり、桂樹を驚かせた。

「へっ!?」

桂樹は頭が一瞬真っ白になって、次に出てくるはずの言葉を失くした。お陰で、十樹が言った「冗談だ」という言葉は耳に届かず、「オレのゴキブリ王国が・・・」としくしく泣いていた。そんな桂樹を見ていると、亜樹が食堂から帰ってきた。

「ただいま」

亜樹は、どこか青ざめた顔で、元気のない様子だった。

「お帰り、どうかしたのかい?」

「何でもないの、あの、私」

亜樹は十樹に、食堂であった事を知らせようと思ったのだが、上手く言葉にならず言うべき言葉を誤魔化した。

「私・・・私ね、外出許可の申請をしようと思うの」

「どうして」

「ここにずっといるのに、ちょっと息が詰まって、ううん、二、三日でいいの、父さんと母さんに会いたくて」

言葉に嘘はないが、亜樹は自分がクローン人間であるかも知れない疑念にかられて、たどたどしく十樹達に言った。

桂樹も橘も、それを聞いて一瞬、時が止まる。  両親は、亜樹をクローン体として甦らせた事を知らない。十樹と桂樹は、その事を両親に知らせようとは思わなかった訳ではないが、 少々、早すぎる気がした。

「亜樹、いいよ。私の方から申請書を出しておこう」

「(いいのかよ、十樹!)」

桂樹が背中から十樹に耳打ちしたが、十樹は反対しなかった。

「その代わり、私達も一緒に同行することが条件だ------橘くんには悪いが、また留守番を頼まれて欲しい」

「へっ!?オレも行くの?」

桂樹は自身を指でさすと、十樹は、無言で頷いた。

「たまには、家族全員で会おうじゃないか」

「兄さん、私・・・・面倒かけちゃったかしら」

「亜樹は気にしなくていいんだよ」

十樹は、どこか覚悟を決めたように、静かにそう言った。

         

「結局、白石十樹にクローン製造を手伝わせる事は不可能な様ですね。頼みの白石亜樹にも逃げられてしまいましたし・・・」

ブレイン朝日は、少し日の翳った食堂で、神埼にそう話かけた。

「くそっ、亜樹さんの細胞組織を調べることが出来たら」

「彼女は、我々を敵と認識してしまったのでしょうか?」

確かに、白石亜樹に、自身がクローン人間である事の告知をするには早かったのかも知れない。突然、「細胞をくれ」と、あまり面識のない者から言われたら、逃げて当然なのかも知れない。

------しかし。

彼女の感情を無視してでも、得なければならないものであるのなら話は別だ。

「白石亜樹を誘拐でもしますか?」

「僕に、あの暗殺者と同じ事をしろというのか☆」

神埼の答えは、否だった。

「取り合えず、白石が造ったであろう、あのデータを基にクローンを」

「造ってはいけません」

「朝日君、君の雇い主は僕だ。僕の命令に従いたまえ」

「それでは、私は解雇されようと思います」

朝日は椅子から立ち上げると、すたすたと食堂の外へ出て行こうとした。

「朝日君、待ちたまえ」

神埼が朝日を追いかけようとした時、自動計算装置が作動し、神埼に白石亜樹と朝日と神埼自身の会計が一緒になって清算された。 つまり、三人分のお茶代を神埼が支払うことになったのである。

「何だっていつもこうなるんだ!」

         

白石十樹がクローンの製造方法をバラまいたのは、生体医学部だけではない。 他の部署にも、その波紋は広がっていた。 軍事用クローンを製造する部所以外に、大勢の研究者が、あの日のファイルを観てしまったのだから、当然そこからクローンの製造を企む者も多々いるのが現実である。 現に、クローンを製造する為の機具や、薬品が飛ぶように売れていた。そして、その現象が、大学内のニュースとしてテレビで流れていた。

『先日の議会で、クローン製造が解禁となりました。誰が一番早く、クローンを製造するのでしょう。各部所は、まるで競うかのようにクローン製造に取り組んでいます』

それを観て、朝日は可笑しそうに笑った。

「何が起きても私の知った事ではありません」

         

白石十樹は誰にも聞かれない様に、研究室から出て、携帯で電話をかけていた。

「もしもし、白石ですが・・・」

透き通った声の主は、十樹と桂樹の母親だった。久しぶりに聞く母親の声に、十樹は訳もなく、どきりとした。

------自分は、何も間違った事はしていない。

そう信じたかった。

「久しぶりです。お母さん」

「十樹?」

「はい」

もう何年も聞いていない様な息子の声を、母親は間違えることなく答えた。

「どうしたの?あなたから電話なんて------嬉しい」

「不義理をしております」

十歳の時に両親と別れてから、一度もこうして連絡を取り合うことはなかった。大学に入った時は、十樹や桂樹が、携帯を持つことすら禁じられていたからだ。研究内容が、外に洩れない様に、上層部が持たせなかったのである。

-------あれから、何年経っただろう。

「お元気ですか」

「ええ、ええ、元気にしてますよ」

十樹はその声に、ほっと安心して話を続けた。

「突然な話で申し訳ありませんが、今度一度、家に帰省しようと思っているのですが」

「え!?」

「それは本当に?ずっと二人に会いたかったのよ」

「本当です」

「まあまあ」

昔と変わらない、優しい母親の声だ。

十樹は、くすり、と笑った。

「二人は、いつ帰ってくるの?」

「大学側から外出許可が下りたら、すぐにでも帰ろうと思います。ただし------二人ではなく、三人で」

         

「クローンを決して造ってはいけません」

ブレイン朝日のその言葉に、神埼は一歩も踏み出せずにいた。しかし、軍事用クローンの製造施設では、着々とその準備が進められていた。

「神埼先生、ここはどうしたら良いですか?」

研究員達は、神埼が造った事にされている、クローン製造ディスクに疑問を投げかけてくるが、自分で造ったディスクでない為、何も答えられず、挙句の果てに「白石十樹に聞け!」と怒鳴ることしかできなかった。

そんな中、携帯に電話がかかって来た。神埼の父、保である。

「もしもし」

「亨、軍事用クローンの製造は進んでいるか?」

「生憎、白石十樹が非協力的で遅れています」

「つい先日の逮捕劇だが、私が動かなかったら、お前はまだ拘束されていたんだ。お前の為に学長と私が動いた。それを忘れるな。そして皆、お前に期待をしている」

神埼保は息子にそうけしかけた。

「元々僕は、軍事用クローンを自ら造る様な研究はしていないんです。貴方も知っているでしょう。あの映像で流れたデータは、白石十樹が造ったものだと言う事を」

「分かっている。だから、白石十樹に対し、どういう手段を使ってでも、お前の言う事を聞かせるんだ」

「-------どういう手段を使ってでも?」

父親の勝手な言い分に、神埼亨は憤った。

「他の科に、先にクローンを造られるなんて茶番はなしだ。とにかく亨が真っ先にクローンを成功させてくれれば、父さんの立場は・・・」

「貴方は、自分の権威を守る為に僕を利用しているだけでしょう」

神埼亨は、父親の返事を待たずに、携帯を切った。

------どう言う手段を使ってでも言う事を・・・・聞かせる?」

父親は僕を真の犯罪者にするつもりなのか。 神埼は追い詰められていた。