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学長の話が終わり、明日から正式にクローン製造に取り掛かる事になった神埼と十樹は、他の研究員達が居なくなっても、未だ研究室に残っていた。もちろん、ブレイン朝日もである。
「白石、明日クローン製造に必要な機材を手配するにあたり、君の意見を聞きたい」
神埼は、あのディスクから流れた映像を元に、研究室に運び入れる機材をカタログを手に選んでいた。
「神埼先生、私はクローンに関して素人ですので、その辺りは神埼先生にお願いします」
十樹はそっ気ない返事をして、神埼を怒らせた。
「あれは、白石の妹は、君が造ったクローンだろう!いい加減認めてもいいだろう」
「私はクローンなんて造った覚えがありません。神埼先生の造ったフロッピー通りに造りましょう」
十樹が神埼にそう促すと、ブレイン朝日が「待って下さい」と二人に声を掛けた。
「あのディスクには重大な欠陥が隠されており、クローンを造るにはデータが不足しています」
「--------・・」
十樹は、何も言わず朝日を見つめた。
(成程、神埼の言う通り、ブレイン朝日を甘くみてはいけない。あのコード不足をたった十歳の若さで見破っている)
「このまま製造をすれば、恐らく神崎先生に不利益な結果になるでしょう」
「白石、下手な小細工は通用しないぞ。欠陥があるなら、しっかり治したまえ」
「ですから、あれは私の造ったディスクではありませんので」
十樹が、あるまでもシラを切り通すつもりでいると、ブレイン朝日は、十樹の瞳を見て言った。
「貴方は嘘をつく時、そのような造り笑いを浮かべる方です。過去の表情を振り返っても、そう言った癖をお持ちですね」
「そんな事はありませんよ。朝日君」
「残念です------私に話し掛ける時は、いつも穏やかに笑ってられます。私がそんなに怖いですか?」
ブレイン朝日は、ビー玉の様な青い瞳で十樹に語る。透明感のあるその瞳に、吸い込まれる様な感覚を覚えた。十樹は、背筋が寒くなって軽く目を反らせた。
「君は少々、感受性が強い様だ。けれど、私は決して君を恐れてはいない」
「・・・そうですか」
朝日は、そう言って呟くと。
「神埼先生、このままのデータでクローンを製造する事を貴方に禁じます」
「え?」
「決して造らないで下さい」
「朝日君、君の雇い主は僕だ。何故、君の言う事を聞かなくてはならない!」
「神崎先生は少々感情的過ぎます。私は神崎先生に命令します。決して造らないで下さい」
十樹は、ブレイン朝日と神埼の様子を見て、
「どっちが雇い主か分からないな」と心の中で笑った。
「じゃ、私はこれで・・・失礼するよ」
片手を挙げて、神埼とブレイン朝日にそう言うと、神埼は何か喚く様に言った。
「白石っ!この計画に、君は積極的に取り組む義務がある事を忘れるな!」
「分かってますよ。しかし残念ながら、私はクローンの造り方を知らない、ただの素人ですから------造り方は君達に教えて貰います」
十樹はそう言って、ワザと微笑んだ。
軍事用クローンの研究室を出て、宇宙科学部へ向かう途中、学長と出会った。 十樹としては、あまり出会いたくない相手だが、日頃給料を貰う身であるため、学長を無視する訳にもいかない。変な反抗心でも示して、大学を追われる訳にもいかないのだ。
「やあ、白石君、軍事用クローンの話し合いは終わったのかね」
「はい、つつがなく終わりました」
神埼が聞いたら「嘘だ!」と怒られそうだが、十樹は無難な返事をした。
「君には皆が期待しているんだよ。以前から君はクローン製造に関心を持っていたと言う噂もあったくらいだ」
学長は、何故か自分を誇らし気に見せて、十樹に羨望の眼差しを向けた。
「その噂は、私は存じ上げませんが、選任された以上頑張りたいと思います」
「そうかね!君の様な優秀な教師を持って、我々も幸せだ。この平和な幾何学大学を、君達の力で守ってくれたまえ」
学長の言葉に反して、十樹としては思わざるを得ない。 学長の言う通りにこの幾何学大学が平和であるのなら、つい先日、亜樹が誘拐され千葉と言う名の犯人は、十億円と自身の命と引き換えに死亡することは無かった筈なのだ。そして、この幾何学大学は四季からの攻撃により天候は不順となり、各地で豪雨による土砂災害や干ばつによる農作物の不作、農業団体からの幾何学大学の四季への攻撃に反対するデモ行進まで起こっていない筈なのだ。学長がこの現実を知らない筈はないのだが。
「私達の力でご期待に沿えると良いのですが・・・如何せん、私はクローンの研究に関しまして素人なもので、先程も神崎先生にその旨を伝えました。神埼先生に指揮を取って頂くつもりです」
「君は、そんな謙虚にならなくても良いのだよ?そうだ、先日君に約束した『ゴキブリ王国』の建設についてだが・・・。
学長は、十樹の機嫌を取る為か、クローンから一端話を移した。
「君のほうで、設計書や運用資金等の書類を作成して、大学側へ提出してくれたまえ。大学側は全てを受け入れるつもりだ」
「そうですか」
十樹は、桂樹の研究にまるで興味はないが、この台詞を桂樹が聞いたら、飛んで喜ぶだろう事を知っている。
しかし。
「わかりました、学長、後日私の方から提出いたします」
十樹は、無難にそう答えた。
☆
「桂樹兄さん、私、食堂へ行って来るわね」
ゴキブリ王国を夢見て、その設計図を一心不乱に書いている桂樹は、亜樹に「ナンパに気をつけろよー」と一言残して、背中で亜樹を見送った。それに、くすりと笑って亜樹は研究室を出る。
食堂につくと、窓際の席について紅茶を飲む。
食堂は、中庭に面していて、窓から見える外の景色を眺めた。それによって、外の天候が分かるからだ。
幾何学大学のシールドがあるとはいえ、その効果はたかが知れていた。しかし、今日は珍しく外は晴れている。亜樹は、紅茶を口に含みながら思った。
(皆、大学で研究室に篭って-----窮屈じゃないのかしら?)
まだ、大学に来たばかりの亜樹は、そんな事を考えていた。
先日、自分の身に起こった誘拐事件以来、亜樹は外の植物や風に触れていない。外の世界が、無性に恋しかった。
(そうだわ------一度、父さんと母さんに会いにいこうかな・・・)
「白石亜樹さん」
亜樹が、ぼんやり考えていると、声を掛けられた。神埼亨である。
「神埼先生・・・」
「君に名前を覚えて貰っているとは光栄だな」
神埼はそう言うと、一緒にいた少女を先に席に座らせた後、自分も席に座った。
「この間は大変だったね」
(そう言えば、神埼先生が十樹兄さんに知らせてくれたんだわ)
亜樹は十樹から、あの誘拐事件の後で、そう聞いていた。
(悪い人ではないみたい)
亜樹は軽くお辞儀をして、神埼に言った。
「神埼先生が連絡して下さらなければ、私も桂樹兄さんも助かりませんでした」
「いや、それは気にしないでくれたまえ」
神埼は手にしたコーヒーを一口飲むと、隣にいた少女もホットミルクを飲んだ。
「その女の子は、神崎先生の親戚ですか?」
「そう見えるかい?ブレインを見るのは初めてかな?」
「ええ・・・」
亜樹はブレインの存在に、少し驚いた。
「こんな小さな子が、幾何学大学で活躍してるんですね」
「私はブレイン朝日です。貴方は、私を小さいと言う言葉で差別をしている。悪意は感じられませんが、以後気をつけて下さい」
「え、ああ、ごめんなさい。差別をしたつもりはなかったのだけど・・・ごめんなさいね、朝日ちゃん」
「ちゃん呼ばわりもやめて下さい」
プライドの高い朝日に「ごめんなさい、ごめんなさい」と、亜樹は再度謝った。
すると神埼が-------
「僕に対しても、朝日君はこうなんだ。正直、大変だよ」
「そうですか・・・」
亜樹が、ぼっと安堵の息を洩らすと、神埼は突然、確信をつくかの様に言った。
「亜樹さん-----君はクローン人間だ」
「え?」
唐突に神埼が、こう切り返して、亜樹は目を丸くした。そして、くすくすと笑った。
「神埼先生は、ご冗談がお好きなんですね」
笑う亜樹に、神埼は頭に血が登って、赤面した。
「やあ、あの、冗談ではないんだ」
「それなら、神埼先生に何か証拠でも?」
「あるよ」
亜樹が涙が出るほど笑った後で、神埼はこう続けた。
「白石十樹が妹のクローンを造っているという噂が流れていた頃、僕は白石の家系を調べたんだ--------そこに亜樹さんはいなかった」
「------え?」
「いなかった。いや、正しくは、亡くなっていたんだ」
神埼は持っていた皮のカバンから、書類を数枚取り出し、テーブルの上に広げた。
白石十樹と桂樹が大学に入った時の履歴書と、その後に出された訂正文書だった。大学に入った当時は、白石亜樹の存在が記されてあるが、その後提出された死亡通知のコピーが残されていた。
「死因は、エアカーとの接触による失血死」
「神埼先生、私がもしクローン人間だったのなら、どうして幼い頃からの記憶が、私にあるんですか?」
「白石十樹が、君をそう造ったのだろう。私はその仕組みが知りたいんだ」
神埼の言う事を、亜樹は信じなかった。なぜなら、この研究所に辿り着くまでの道のりも両親との別れも、幾何学大学へ入学した時の事も全て記憶に残っているからだ。
(すべて?)
亜樹は思い出を巡らせて考えた。よく夢に見る、エアカーと、そこに乗っていた人物の顔を。
「君が何故、自分が誘拐されたのかを知っているかい?」
「何故って・・・」
桂樹兄さんにそれを問い正した時、「亜樹が可愛いからに決まってるじゃないか」と、何だか上手くはぐらかされたしまった気がする。 私は何故、誘拐され命を狙われていたのだろう。
「ここに一枚の写真がある」
書類にクリップではさまれていた、一枚の写真を亜樹に見せた。その写真に写っている人物は、夢の中で見た、エアカーの運転手と酷似していた。
「元、学長代理だよ。先日、暗殺者に命を奪われた」
「え?」
「恐らく、幼い君を死亡させた人物だ」
神埼はそう言って、亜樹を真剣に見つめた。
亜樹の笑顔が凍りついた瞬間だった。