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鬱蒼とした森の中にある青山羊荘に千葉祥の遺体が運ばれたのは、その日の午後である。 遺体の傷みが無い様に、千葉はコールドスリープ用のポットに収められていた。亡くなったと言う事実を知らなければ、まるで眠っているかの様に見える遺体に、青山羊荘の暗殺屋は皆、涙を流していた。
「千葉、お帰り。目を覚まして」
ポットの外側から、のえるは、ばんばんとガラスを叩き、もう抜け殻になった千葉を起こそうとしていた。
「既にお話したとおり、千葉祥は幾何学大学の学長代理を殺害した犯罪者です。この中に事情を知っている人はいませんか?」
「誰も・・・何も知りません」
千葉は十億円と引き換えにして、自らを犠牲にして死んだ。ここで、自分達が捕まる訳にはいかないのだ。大学警察を前に喋る者は誰もいなかった。
「では、遺体は火葬場へ運びます。お骨は誰が拾いますか」
「僕が」
暗殺屋の一人が手を挙げて、名乗り出た。
「祥、俺がお前の散骨をしてやるよ」
生前、千葉は話したことがある。 もし、自分が死んだら、海に灰を撒いて欲しいと。
暗殺屋のメンバーの一人は、そう言って悔しそうに涙を流した。
(白石桂樹が、あんな依頼さえしなければ、千葉は死ぬ事はなかったのに・・・)
学長代理を生きた状態で、白石桂樹の前に引き渡すことは、無理な話だ。あくまでも、暗殺と言う形であるのなら、そんなリスクを背負わなくても良かったのだ。 白石桂樹さえ、あんな無茶な依頼をしなければ--------
☆
不本意な形で『ゴキブリ王国』の為に、身売りをする様な形となった白石十樹は、クローンを製造する為に、とある研究室を訪れていた。当然、その中には神埼亨の姿もある。 新設された研究室には、研究で使われる設備が、全て真新しく、かなりの資金をかけて設立されていた。
「えー、この度「軍事用クローン」の夢を実現させる為に、諸君達には多大な期待が寄せられている事を忘れないよう・・・」
通常であるなら滅多にこういった場所には出てこない学長が、設立式に顔を出して、クローン研究に携わる研究者に挨拶の言葉をかける。本来なら学長代理の仕事なのだが、学長代理が不在な今は、仕方ないのであろう。 ざっと見て、三十人はいるだろう研究者達は、皆、何を夢見てこの場にいるのであろうか。
十樹がそんな事を考えていると、隣にきた神埼が、声をかけてきた。
「白石、この間のスピーチ、何故、弟に任せたんだ。あいつのお陰で学長代理の椅子を逃した」
「あれは私の本意ではありません。私は辞退するつもりでしたから・・・」
「辞退・・・?」
「ええ」
十樹は神埼の言葉に、そう言って顔を背けた。
「君にとってメリットがあるとは思えない発言だな。君の弟が出ていなかったら、今頃、僕が学長代理になっている筈だ・・・その時は」
「その時?」
「君は僕の指示に従って、クローン製造に専念して貰うつもりだった」
そう言い切る神埼に、十樹は代わりに出て神埼の足を引っ張った桂樹に少しだけ感謝した。 学長命令ならまだマシだ。神埼の為に、こんな場所に来る事は避けられたのだから。結局、自分は桂樹の言う通り甘いのだろう。
「あの・・・」
その時、目線より下、十樹の腰にあたる場所から小さな声が聞こえてきた。十樹には心当たりのない子供だ。
「白石、十樹ですか?」
「?」
十樹をフルネームで呼ぶ、幼い子供に神埼も目をつけた。
「朝日君、来てたのか」
「朝日?」
「僕が雇ったブレイン森沢朝日君だ--------若いからって侮るな。彼女は天才的な頭脳の持ち主だ」
「-------ブレイン」
ブレインと言えば、優秀な遺伝子を持つ子供を育成させる為に、優秀な精子と卵子を掛け合わせ、遺伝子操作により計画的に造られた子供達が多いと聞いている。この朝日君と呼ばれる少女も、そうなのだろうか。十樹はブレインの子供を見るのは初めてだった。
「私に何か用かい?」
声を掛けてきた朝日に、十樹は目線を合わせて聞いた。
「あのディスクの制作者は貴方ですね?」
十樹は少し考える様にして答えた。
「ディスクって何の事かな?」
「神埼先生が言ってました。あのディスクのトラップにかかった時、このディスクは白石十樹が造ったものだと」
朝日は坦々とした口調で話す。
それを神埼は気まずそうな風に制止した。
「神埼先生は、その為に君を?」
「白石!余計な事を聞くんじゃない」
まさかカリムやリルと変わらない、同年齢の子供にパスワードの解除をさせていた事に驚く。
「残念だけど、ディスクを造ったのは私じゃない」
「-------・・・」
十樹は朝日に笑顔で嘘をついた。
「違う!間違いなくお前だろ!」
神埼の怒鳴り声が、研究室に響き渡り周囲にいた者達が振り向いた。当然、その声はスピーチをしている学長の言葉を遮る事となった為、学長は、こほんと一つ咳をした。 十樹は神埼を無視して、学長の言葉を聞いているふりをしていた。神埼は周囲の視線を一斉にあびる事になり、両の手を振りながら、
「いや・・あの」と懸命に誤魔化していた。
「丁度いい。皆に紹介しよう」
学長は視線の集まった神埼を見て言った。
「神埼亨先生と、隣にいる白石十樹先生が、このクローン計画の総代表だ。彼らの指示に従って欲しい」
この幾何学大学で、二人を知らない者はほぼいなかったが、研究員達の熱い視線を感じざるを得なかった。
「宜しくお願いします」
三十人もの研究員が、同時に二人に向けて挨拶をした。朝日は何故、皆が、自分達に向かって挨拶をしているかを理解出来ず、他に頼るものが無いかの様に、十樹の白衣を掴んでいた。
朝日はクローン計画が、白石十樹の手によって失敗する可能性を予見していた。例の最終コードが分からない限り、ほぼ百パーセント、理想とするクローンを製造する事は無理なのだ。白石十樹に会ったら、まずそれを雇い主の神埼の為に知っておきたかったのだが、どうやら今回は教えて貰えそうにない。
-------あのディスクが、白石十樹によって造られたであろう事は、十樹の偽者の笑顔を見ても確実だ。クローン計画を成功させる為には、白石十樹の協力が必須なのである。 そこで朝日は。
「私を白石先生の研究室に入れて下さい」
そう言った。しかし・・・
「君は神埼先生のブレインだ。君の役割を全うしなさい」
十樹は朝日の頭を、そっと撫でた。
☆
そんな中、桂樹のいる宇宙科学部では宇宙と全く関係のない「ゴキブリ王国」の設置場所や建設方法等を記した計画書を、鼻歌を歌いながら作成していた。
「ジェニファー、ライラ、エリザベス、君達にもっと広い部屋を用意してあげるよ-----♪」
「ゴキブリ王国」の代表は、ゴキブリルームに入り浸り、意気揚々としていた。そんな桂樹の姿に周囲は心配していたが、誰もゴキブリルームに入りたくなかった為、食事を扉の手前に置いて、そっとしておいた。
「ねぇ、橘、桂樹あんなでいいのか?」
「さぞかし壮大な夢を抱いていらっしゃるのでしょうね」
「どうせなら偉い人になって、全部夢を叶えちゃえば良かったのに」
カリムの一言に、目からウロコといった様に、橘は目をぱちくりさせた。
「カリム君、今度君から桂樹先生にそう言ってあげて下さい」
橘は微笑んだ。