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SKY CAFE

 幾何学大学 ~ブレイン朝日~

 

神崎が、父親に頼んだブレインは、すぐに派遣されてきた。 しかし、神崎チームは派遣されてきた人物を、にわかにブレインだと思わず、客間に通してしまった。

 

それと言うのも、外見がいかにも子供であるからだが。

「森沢朝日です。神崎教授から、こちらに顔を出すようにと言われてきました。神崎亨先生はいらっしゃいますか?」

 

研究員は、外見十歳程度の女の子を、神崎の部屋に通した。

「何だ?この子供は」

「神崎教授に頼まれて、ここに来たそうですが」

「―――…」

―――父親は、何故こんな子供を派遣して来たのか。

 

神崎は、ふと過去の白石兄弟のことを思い出した。  そういえば、あの二人も十歳で幾何学大学へ入学した特待生だった。

 

二人共、当初は神崎と同じ、生体医学部の生徒だった。 それが、白石十樹が単独で始めた人工宇宙の創造が成功し、宇宙科学部が新設されたことを思い出す。  当時、画期的な研究成果だと、ニュースを騒がせていた。  何かと神崎を不愉快にさせる奴等だ。

「これですか?」

 

朝日と名乗った少女は、青い瞳に軽くウェーブのかかった髪を肩まで伸ばしている綺麗な子だった。

金色の髪が揺れる。  

その朝日は、神崎のパソコン画面を覗き込んで、天文学的な数列を眺めていた。

「ちょっと、どいて下さい」

「―――…」

 

神崎の存在が邪魔だと言わんばかりに、強引に神崎を椅子から追い出し、代わりに座った。  そして、パスワード欄に数式を打ち込み始めた。

「3・28・90・12・4……」

 

おおよそ、三十もの数字を打ち込みと、パスワードは解除され、次のパスワード画面が現れた。朝日は、ぶつぶつと何かを呟いて数字を並び替え、数列を解いている。

―――見かけによらず、すごい子だな。

 

神崎の素直な感想である。 時間を無駄に使い、ゴミ箱をゴミの山にした自分と随分な違いだ。

 

感心して朝日を見ていると。

「神崎先生は、どこかへ行って下さい。気が散ります」

 

と、冷たくあしらわれた。  神崎は、朝日の物言いに痛くプライドを傷つけられたが、言い返す言葉もなく、しぶしぶとそれに従った。

「ロリコン……」

 

自室から出た神崎を待っていたのは、ひそひそと話す研究員達の声だった。

「誰がロリコンだって?」

「神崎先生だよ……あんな小さい女の子を連れ込んで、何やってんだよって話……」

 

会話の途中、神崎の存在に気がついた研究員達が、ぐっと言葉を詰まらせる。

「し、失礼しましたっ」

 

研究員の一人は、慌てて体勢を立て直し、ちらちらとした視線を神崎に向けては、仕事に入った。

――全く。

「お前達、真面目に仕事しろっ!」

 

神崎が、そう一喝すると、研究員達はぱたぱたと各々の席に戻り、研究なり、仕事なりを始めた。  神崎は、どこか居心地の悪くなった研究室を出て食堂へ向かった。

 

窓の外を見ると真昼のようだったが、神崎の腹時計は夕食の時間だった。 勝利を目前にして、神崎はステーキセットを頼み食堂の椅子に座る。  すると、覚えのある顔が目の前を通りすぎていく姿を見て、神崎は自分の目を疑った。

「ブレイン――朝日くん、こんな所で何をしているんだ。君は、あの文書のパスワードを探っているはずでは」

「休息をとって何が悪いですか?」

 

つい先程、気が散るからと言う理由で、神崎を追い出した、研究室に居たはずの朝日は、神崎と同じテーブルに座った。

「神崎先生……あれは、貴方が造ったものですか?」

「そんな訳ないだろう。自分で造ったものなら、僕がとっくの昔に解いている」

「ですよね」

ことり、とコーヒーカップを机に置いて、朝日が言う。

「決して解けない訳ではありませんが、あのプログラムを作った人物は相当なプログラマーですね」

十樹の造ったプログラムをそう評価するブレイン朝日に、神崎はいい気分にはならなかったが、話を続けた。

「いや、プログラマーが本職の奴じゃないんだ。何でも器用にこなす。そういう奴だ」

「時間を頂けますか?」

「どのくらい」

「そうですね、二十時間程あれば解析可能です」

 

あくまで事務的に朝日は言うと、残っていたコーヒーを飲み干した。

「今から二十時間後、神崎先生はご自身の研究室に来て下さい」

「二十時間……」

 

あのディスクが神崎に渡る前、白石十樹が言っていたことを思い出す。

『私と同じ知識があれば、二十時間で解けます』と――。

――――このブレイン、朝日なら、確実にパスワードを解いてくれるだろう。

 

神崎の心に、ある種の期待感と信頼感が生まれた。と、同時に、神崎はあることに気がついた。

「では、二十時間後に……」

 

ガタガタと椅子の音を立てて、朝日は、早々に食堂を出て行く。

――――つまり、僕は、二十時間、研究室に戻れないということだな……。

 

神崎は、がっくりと肩を落とし、出来るだけゆっくりステーキの肉を口に運んだ。

                 

 

神崎は近場のホテルで睡眠や食事を摂り、約束の時間に研究室へと向かった。  研究室に入ると、ブレインから事情説明を聞いていたのか、皆冷静に仕事に取り組んでいた。

 

内、数名が駆け寄ってきて、神崎のサインを必要とする研究文書を確認して欲しいと言って来たくらいだった。 近頃の神崎の不在の多さは、何かどうにもならない事情があって、研究室を留守にしているのだと、誰かが囁いた。

「朝日君、約束の時間だ」

 

神崎は自室の扉を開けて朝日にそう言った。

「ああ、ええ、あと一問でパスワードの解析は出来ますから」

 

ブレイン朝日は、徹夜したのか、まだ幼さが残る少女の目の下にはくまが出来ていた。

「すまないね。こんな仕事をやらせて」

「いえ、これが私達の仕事なので……ああ、解けました」

「本当か!?」

「最後のパスワードは――」

 

朝日は軽やかにキーボードを叩く。そして、パスワードを打ち込み始めた。

「K・A・N・Z・A・K・I・T・O・R・U」

「何?」

「カンザキトオルです」

 

神崎は自分の名前がパスワードになっていることに戸惑いを覚えながら、パソコンのモニターを見つめた。  すると。

『パスワード確認、解除しました』

 と音声が聞こえた。

「やった! やったぞ! 朝日君」

「――……」

 

達成した喜びに高揚している神崎とは裏腹に、ブレイン朝日はモニターを凝視する。

『データ、メインコンピューターに接続します』

「これは――」

 朝日は自動的に操作されていく画面に、思わずうっと唸った。

『メインコンピュータへの接続を完了しました』

 パソコンがそう神崎達二人に告げた後、事件は起こった。

 

幾何学大学にある全てのTVモニター、パソコンのチャンネルが勝手に動き、ある文字が浮かんできたのである。   それは黒い背景に、白い文字で『クローン製造記録・制作神崎亨』と――

 

生体医学部のみならず、他の学部の研究員達がどよめきの声を上げた。

「クローン製造って、神崎先生が?」

「まさか……」

 

大学内では、「何が起こったんだ!」「テレビが、パソコンが乗っ取られてるぞ!」との声が飛び交う。

 

メインコンピューターから発信されたそれは、クローン制作に至るまでの過程が、こと細かく神崎の声で説明されていった。 違法なクローンの製造方法は、幾何学大学のあらゆる機関に知れ渡ることになった。

「僕は、こんなディスクを造った覚えはないっ!」

 

予想外の出来事に、神崎は喚く。  これでは、白石十樹を倫理委員会に訴える前に、自分が訴えられてしまう。

 

白石十樹は、パスワードが解けた時点で、大学の情報の要であるメインコンピューターを作動させて、皆に公表するつもりだったのだ。

「神崎先生! これは一体どういうことですか!?」

 

研究員の一人が神崎の部屋の扉を叩いた。  大学警察が、神崎の研究室に駆けつけて来ていた。 生体医学部の神崎チームのメンバーは、全員、大学警察にレーザー銃を頭に突きつけられることになり、顔面蒼白になった。

「神崎亨。お前をメインコンピューター侵入及び、クローン製造違反で拘束する!」

「待て! これは罠だ。皆、あの白石十樹に騙されているんだ!」

 

大学警察は、問答無用と言わんばかりに、神崎の手にがちゃりと手錠を落す。  幾何学大学に、緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響いていた。

                 

当然のごとく、神崎亨制作のクローン実験の映像は、白石十樹のいる宇宙科学部の研究室にも流れていた。

 

桂樹が映像を見ながら、はぁーと深いため息をついた。

「十樹……お前、ここまで広くクローンの製造方法を公開しなくても良かったんじゃないか?」

 

神崎としては、あのディスクを秘密にしておきたかったはずだ。 それが、僅か三十分で幾何学大学の学生や教授、医療関係者全てが知る所になったのだ。

「神崎は、この研究を自分のものにしたがっていた。私はその望み通りにしてまでだよ」

「十樹、お前は、もうちょっと手加減ってものを覚えろよ」

 

同情めいた気分で、桂樹は勝手についたテレビをリモコンで消した。

「じゃ、私達は堂々とゼンを迎えに行くか」

 

十樹は、まだ学内のサイレンが鳴り止まぬうちに、桂樹を連れて研究室を出た。

               

 

神崎保、神崎亨の父は、息子の逮捕劇を会議室で見ていた。 まさか、自分の息子がこんな形で捕まるとは思わなかったのである。

「君の息子は実によくやってくれた」

 

神崎保に軍事用クローンの製造を指示した学長が、薄気味悪い笑顔を作って、神崎の息子を賞賛した。

「私は、何の手も打っていません。それに――私は、息子がこんな形で逮捕されることを望んではいませんでした」

「――しかし、結果的には君の息子は、クローン製造の糸口を見つけ、行動した。何かを得る為には犠牲はつきものだよ」

 

神崎保は、学長に腹をたてていた。 同時に息子を軍事用クローンの製造に関わらせてしまったことを激しく後悔していた。

「これで、クローン製造の知識は、皆周知の上だ。我々も、やりやすくなった。感謝するよ。神崎教授」

 

学長は、握手をしようと手を伸ばして来たが、神崎保はそれを拒否した。

「私の息子は、これからどうなるんですか」

「案じることはない。幾何学大学の戦略科では、軍事用クローンを必要としているんだ。しばらくの我慢だよ」

「しばらく、とは?」

「そうだな……倫理委員会に話をつけて、この大学の法案を変えるまでの間だ。君の息子には、軍事用クローン製造の第一人者になってもらう。どうかね、君達にとって悪い話ではないと思うんだが……」

 

学長は手を組み、にんまりと笑った。

「――これからだ。これから楽しくなりそうだよ」