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SKY CAFE

 幾何学大学 ~今、何時?~

 

生体医学部の研究室では、長期のリーダーの不在に、グループが慌てていた。

「神埼先生は、どこへ行った?」

「知りません・・・こちらにも何度か電話があったのですが、携帯は机の上に置きっぱなしですし・・・」

「連絡が取れない?どういう事だ」

騒ぎの中で、神埼は人知れず、十樹の研究室の前にいる。

「いつまでここに居るつもりだろ」

監視カメラを見ながら、カリムが言う。

「おじさん何かかわいそう・・・」

神埼の動向は、カリムとリルに任せて、十樹と桂樹は自分達の研究に没頭している。子供たちの事や、妹、亜樹のことに時間を取られ、気がついてみれば、コンピュータールームは、サインが必要な書類だったり、学生達のテストの採点、自ら管理している宇宙で起きたトラブルの後始末をしたり、やる事が山済みになっていた。片付けていく先から、メインコンピューターから出てくる研究結果の提出レポートの作成等、次々仕事が舞い込んでくる。 こうなると、猫の手も借りたいという心境になり、来たばかりの橘まで、十樹の周囲を走り回っている現状だ。

話相手が居なくなった亜樹は、十樹の造った宇宙に見とれていた。そんな亜樹に「暇そうだね」と十樹は、宇宙科学について書かれている自分の出版した本を亜樹に渡した。

「亜樹は、ここで私達の助手として働いて貰うことになる。知識をつけなさい」

そう言って渡した本は、常人には到底理解出来ない宇宙の数式や構成等が書かれているのだが、亜樹はそれが当然かの様に、すらすらとそれらを理解していった。

「亜樹、オレの本を読むか?」

「桂樹兄さんの本は、私には向かないみたいだわ」

亜樹は、冷や汗をかきながら、表紙にゴキブリの写真が貼ってある本を、そっと本棚に戻した。

「いいなぁ、十樹だけ助手が増えて」

「もう少し違う研究なら、亜樹さんも興味を持つかも知れませんね」

橘が苦笑して言う。

「よしっ橘、お前が今日からオレの助手になれっ!」

「えええ!?」

「橘くん、桂樹の言う事は、本気に取らなくていいから」

「あっ十樹、営業妨害だぞ!」

わあわあと三人が騒いでいると、カリムとリルが十樹の名を呼んだ。

「神埼が動いた」

         

「神埼先生------っ、こんな所にいたんですか!」

生体医学部の研究員数名が、ばたばたと走って、神埼の方に向かってきた。

「何だ、お前達。僕は少し忙しいんだが」

「時間に厳しい神埼先生が居なくなったって、皆、大騒ぎですよ」

「僕が研究室を出てから、まだ大して時間は経っていないじゃないか」

神埼は、八時間も寝ていたという自覚もないままで、研究員達は首を傾げた。

「これ、研究室に置き忘れてあった携帯です」

そう言って、渡された携帯は着信で一杯になっていた。 神埼は、携帯の時刻を見た。

「二十時五分!?」

夜であるにも関わらず、幾何学大学の天候は、まだ日も高く晴れていて明るかった。これも全て「四季」から気象をコントロールされているせいだ。近頃の幾何学大学の四季や天候はまるで当てにならず、皆何かしら失敗をしている。神埼は、そこで初めて、自分が寝ていたと言う事実に気づいた。慌てて携帯の着信履歴を見ると、約束をすっぽかされた相手からの怒りのメールだった。その他、神埼が、八時間の間にするべき研究の全てが、手付かずのまま残っている事を研究員達が告げると、神埼の血の気がさあーとひいていく。

「何故、僕を起こさなかった」

怒りの矛先は、十樹達に向いた。神埼は、宇宙科学部の扉をだんっと勢いよく叩く。

「いいか!お前達の研究は、僕が全て公にしてみせるっ!それまで首を洗って待ってろ!」

神埼は、そう捨て台詞を残すと、研究員達に腕を抱えられた状態で、立ち去って行った。 その姿はまるで、脱走した囚人の様で、十樹たちは笑いをこらえるのに必死だった。

「これで、しばらくは大丈夫だろう」

桂樹は、再びインターフォンのスイッチを入れると、子供達に向かって言った。

「いいか、ここには神埼の様な悪い奴らが沢山いる。不用意に研究室を開けちゃいけない」

「はーい」

リルが元気良く手を挙げて言った。

「ただし、インターフォンの画面に映った人物が、女で美人だったら、一言オレに相談しろよ?物事には時と場合ってもんがあってな」

「桂樹、お前はゴキブリが恋人じゃなかったのか。お前のどこに誠実って言葉があるんだ?」

十樹が、桂樹を不誠実と言う所以は、この辺にあるのだろう。十樹は、軽い頭痛を覚えた。

「しかし桂樹、私は本当に良かったんだよ。このディスクが神埼の手に渡っても」

「何でだ?」

「もう、私達には必要ないものだろう?」

倫理上どうであれ、亜樹は誕生してしまっている。二人の目的は達成されたのだ。その倫理上の問題も、神埼の手にディスクが渡った時点で、幾何学大学の法案すら、上層部が何も問題がなかった様に変わってしまうだろう。

「神埼グループは、私のクローン研究を自分達のものとして発表してしまうだろう・・ただ-------」

「ただ・・・・何だよ」

「ああ、いいんだ。私のディスクにかけられたロックが、神埼に解けるとは思わないだけだ」

何か含んだ物言いで言う十樹に、桂樹は首を傾げた。十樹は、いつも桂樹に思ったことを全て打ち明けない。双子の弟ですら話せない問題が多々あり、後でそれが分かってから言い争いになる事も多い。

「本当にごめんなんだ。神埼と手を組んで、仲良くクローンを造るなんてことはね」

「じゃあ、本物のディスクはどうする?」

「この際、神埼にあげてしまおうと思っている」

「何悠長な事言ってんだよ。そもそもクローン研究を認めてしまったら、オレ達、倫理委員会に訴えられるんだぞ」

「その辺は、考えてある。・・・・だから、大丈夫だ」

十樹は、クローン研究の功績を完全に放棄してしまうことを考えている。

「様は、このディスクの制作者が分からなければ良いんだろう?」

         

翌日、生体医学部の神埼チームの元に一通の封書が届いた。中を開けてみると、一枚のディスクと「お忘れものです」と書かれた紙が 一枚入っていた。あて名はない。

研究員の一人が、謎のディスクをパソコンに入れ、内容を確認すると、制作者、神埼亨と書かれたディスクが見つかった。

「神埼先生、お忘れものだそうです」

軽いノックをして、その研究員は、神埼の部屋に入った。

「何だ?誰からだ」

「あて先は不明ですが・・・中から神埼先生のものと思われるディスクが見つかりました」

「僕の?」

神埼は、ずり落ちそうになる眼鏡を、人差し指で押さえ、ディスクを受け取ると研究員を下がらせた。神埼には、見覚えのないディスクだ。 早速、そのディスクをパソコンの中に入れてみると、確かに制作者、神埼亨と書かれた文書が出てくる。

「・・・こんなディスク、作った覚えないぞ」

パソコンを立ち上げ、ディスクを入れると、

あるヒントを示したパスワード画面が表示された。

「--------まさか、これは」

手に入れたのかも知れない。 本物のクローン作成技術を。

・・・となると、この封書の送り主は、恐らく白石十樹だ。神埼は、急に喉元から笑いがこみ上げてきた。

「白石の奴、とうとう観念したみたいだな!」

ふはははっ、と笑いながら、神埼は研究員の一人に、封書についているはずの指紋鑑定を依頼した。

「それにしても、制作者を僕にするとは-------防衛策を取ってきたか」

神埼は、パスワード画面に出て来る数列を解析しようと、様々な角度から数列分解を試みる。 --------が、そう簡単にはいかなかった。

前回の白石桂樹のディスクを遥かに超えた壁がそこにはあった。解析して出てくるのは天文学的な数列だった。神埼は、何枚もの紙を使い、数列を書き込み、あらゆるパターンで読み込んでみたものの解析出来ず、紙をくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に捨てる。ゴミ箱は、その紙くずで一杯になっていった。

「神埼先生」

研究員の一人が、ノックをし、部屋に入ってくる。

「封書の指紋は・・・?」

「ありませんでした。二人の郵便局員の指紋のみで他は--------」

研究員が、全てを言い終えない内に、神埼は机をばんっと叩き、悔しそうに唇を歪めた。

「白石の研究室に繋げてくれ」

机を叩いた反動で、周囲に数式を書いた紙が、さあっと広がって落ちた。

「一体、何があったんですか!?」

神埼が、白石とライバル関係にある事を知っている神埼チームの研究員は、驚愕を隠せない。

「いいから繋げ!」

通常なら決して繋げることのない白石の研究室に、研究員たちは慌てて繋いだ。すると、部屋に内蔵されているスピーカーから、白石の声が聞こえた。

『はい、白石です』

「その声は十樹か!桂樹か!いや、どちらでもいい。貴様達は、今日僕にクローン制作のディスクを送った。そうだろう!」

『何の事をおっしゃってるか、私には分かり兼ねますが・・・』

「しらばっくれるな!」

神埼は、興奮しながら、その声に対して怒鳴り続ける。

そう、十樹は、しらばっくれているのである。

「パスワードは何だ!お前達は、それを知っているのだろう!」

『お言葉ですが、心当たりのない事ですので・・・・それに、神崎先生の分析できないパスワードを私達が解ける訳がありません』

十樹は、「失礼」と一言言って、回線を一方的に切ってしまった。

「白石の奴め!」

神埼は、爪を噛んで、ぎりっと嫌な音を鳴らした。研究員の一人が、ぽかんとその様子を見ていたので、神埼は「出て行け!」と声を荒げた。

「くそっ!」

大体、白石十樹の作成したパスワードを、自らの力で解けない事が、何より腹立たしいのだ。

神埼の苛立ちが収まらないその時、携帯が鳴った。神埼の父親からだった。

「--------」

神埼は、ゆっくり息を吐いて、苛立ちを押さえてから、携帯に出た。

「はい、亨です」

『私だ。亨、その後はどうだ?クローンの件は』

「順調に進んでいますよ。もう手に入れたのも同然です。ですが--------」

肝心のパスワードが分からないのでは、どうにもならない。神埼は、ある一つの選択肢を選んだ。

「ブレインをお借りしたい。どなたか、こちらの部に配属して貰えますか?」

『それで、出来るんだな?もうあまり時間がないのだが』

父親の背景には、確実にそれに関する指示をしている誰かがいる。そんな父親の助けにはなりたいと、神埼自身も思っているのだ。

「ブレインさえ、正常に機能してくれれば、すぐにでも」

『分かった。お前がそう言うのなら、こちらから優秀な人材を送ろう』

「ありがとうございます」

神埼は、特に感情のない礼をした。