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誰もが眠りについた午前二時。パソコンのモニターの前で、一人戦っている男がいた。 神埼亨だ。
「ネギトロ丼・・・」
目の下にくまをつくっている神埼は、長時間の作業の為か、白衣は少し乱れている。
『認証成功しました』
毎度、お決まりのコンピューターの音声が流れる。それでも、きっとまだ終わらないだろうと思っていた所、画面の色が変化した。
『全てのパスワードが認証されました。これよりクローン技術における細胞培養について・・・』
「やった!ついにやったぞ!ふははは・・・」
ようやく目的のデータが見られると、神埼はパソコンのモニター画面にかじりついた。すると、画面上に何やら黒い物体が、回転テーブルに乗って、くるりと回転を始めた。
「?」
『それでは、これより、地球ゴキブリの繁殖についてのデータを発表したいと思います』
「なっ、なんだ、これは・・・」
パソコンの画面上で講義を始めたのは、白石桂樹である。
「あのゴキブリ男-------っ!」
ようやくディスクがすり替えられている事に気づいた神崎だった。
怒りのおさまらない神崎は、その夜寝付けなかった。そして朝、その怒りが収まらないまま、十樹と桂樹の所属している、宇宙科学部の研究室に向かった。 朝早くから、何度もインターフォンを鳴らす神埼のせいで、十樹達のメンバーは、全員目が覚めてしまった。インターフォンに最初に応答したのは十樹だ。
「朝っぱらから何の御用ですか?」
『君たちと、たっぷり話をする必要があると思ってね』
ここのドアを開けてくれないかと、神埼は言う。
「申し訳ないが、貴方に開けるドアを持ち合わせてはいないんです」
十樹は、ぷつりとインターフォンを消した。
すると、またすぐに神埼はインターフォンを鳴らした。
『白石桂樹を出してもらいたい』
十樹と一緒にインターフォンを見ていた桂樹は、十樹に代わって応答した。
「何だよ、神埼。オレは何の用もないぞ」
『暗号は解読した。お前達、詐欺じゃないか』
「誰が詐欺だって?ちゃんとクローンの研究説明を見たろ?」
『あれはゴキブリだ。僕は、人のクローン説明を』
「人のクローン研究は、倫理違反になるんじゃないのか。それに、人の記憶を勝手に消しちまったヤツが何を言うか」
桂樹は、「神埼も必死だなぁ」と言う同情めいた一言を言って、インターフォンを切り、その後は鳴らないように電源を切った。
「これでしばらく静かだぞ」
桂樹は、皆に向き合って言った。
「根本的な解決にはなっていないような気がするが・・・」
☆
そこから、神埼の座り込みが始まった。
研究室の出入り口で、十樹達が出てくるのを待つつもりらしい。しかし、僅か十五分後には、座ったまま寝てしまっている姿が、防犯カメラには映っていた。
「神埼、寝てるな」
桂樹が、笑いながら「流石オレの暗号」と得意げに言った。
「お前は、いつの間に、そんなディスクを作ってたんだ」
「十樹の寝てる時とか?学会に行ってる時とか・・・オレの研究を根こそぎ持っていく輩のために」
誰も、桂樹の研究を奪おうとする者がいないにも関わらず、そう言い切る桂樹に十樹は、呆れた。
「桂樹・・・それは自意識過剰というんだ」
「放っとけ」
何はともあれ、これで食堂へ行くにも、どこへ行くのも自由になった。十樹は、神埼の寝ている間に、犬の花子のエサを貰いに畜産科へと向かった。他は、非常食を手に入れるために大学の購買へ行き、当面の食料を調達したり、軽い食事を取ったりと、静かに、しかし素早く、各々のやるべき事を済ませて研究所に戻った。 そして、神埼が寝入ってしまってから八時間後-------
眠ってしまったことすら気づかない-----そう神埼は、熟睡状態にあったため、八時間がほんの一瞬にしか考えられなかったのである。 リルが防犯カメラを見て言う。
「あ、あのおじさん起きたよ」
「今更起きても、用事全部済ましちまったぞ」
桂樹が、ケケケ・・と笑って言った。
「リル・・・桂樹がたまに悪魔みたいに見える」
「失礼な!?リルちゃん、あいつに酷いことされたんだぞ」
「リルちゃん、いい事言うね。こいつは悪魔見習いみたいなものだよ」
十樹は、うんうんと頷く。
「十樹、てめぇ」
桂樹が、十樹につかみかかろうとした時、カリムが言った。
「そう言えば・・・ゼンが帰ってないんじゃ・・・」
カリムは、リルの事で、すっかりゼンの事を忘れていたことに気づいた。
「カリム・・・ゼンはお父さんの元にいる」
「会えたんですか!?生きてたんですか!?」
十樹にそう問うと、首を縦に動かした。
「ジム・カインは、リルと同じ状態にされている」
「リルと同じ・・・記憶がないってこと?」
「そうだね」
十樹が言うと、リルは、カリムの服の裾をぎゅっと握った。
「リル・・・?」
カリムは、リルの肩が僅かに震えているのに気づき、心配そうに見た。
「リルね・・・さっきまで、何もなくって・・・寒くって暗くて、しんとした所にいたの」
「記憶がなくなってた時の事?」
カリムが聞くと、リルはこくん、と頷いた。
「特別病棟にいる人達が、皆そうだったら悲しい話だな」
桂樹は、特別病棟にいる従順な人達を思う。優しく、笑顔が絶えなくて、幸せそうな心の裏側には、そんな世界がある。
「-----何も考えなくて良い、何も考えられない世界か・・・」
そう呟くと「オレだったら二十四時間、寝っぱなしになりそうだな、なあ?」と、十樹に同意を求めたが、あっさりと否定された。
「お前と一緒にするな」
☆
「父ちゃん!父ちゃんってば」
「何だあ、ゼン、オレは父ちゃんじゃないぞっ」
特別病棟では、ジム・カインにつきっきりのゼンの姿があった。
「なぁ、父ちゃん。何か一つでもいいからさ。思い出したことがあるんじゃねーか?」
「思い出すも何も、オレはずっと一人で生きてきたんだ。ゼンの事は知らん」
「オレは、諦めねーよ」
「へえへえ」
木漏れ日が、二人に降り注ぐ。この日は、木材を切り出すという事で、ゼンもその手伝いをしていた。
「父ちゃん、この木何に使うのさ」
一本の木を横に倒して、カンナを使い木の皮をはいで行く。ゼンの父は、大工だった。ここの住民の住む家を、何件も建ててきたと言う。
「これは、ゼンの家に使う柱さ」
「オレの?」
「親子でもないのに、一緒に住むのは変だろう?
「-------・・・」
ゼンは、ジムの言う「親子でもないのに」と宣言されたことに、傷ついた顔をしてジムを見た。
「ゼン、心配するな。オレがゼンにお屋敷みたいに大きな家を建ててやるさ」
ジムの声は、ゼンの気持ちとは裏腹に明るい。
「-------父ちゃん、オレが欲しいのは家じゃない!家なんかじゃないんだ」
ゼンは、唇を噛み締め、悔しそうに手に拳を握り、その場から走り出した。
「ゼン・・・・?」
残されたジムは、木材にまたがり、再び木の皮をめくり始めた。シャアシャアと、木を削る音が回りに響いていた。
-------このままじゃ駄目だ!駄目なんだ!
父親から逃げ出すように走ったゼンは、ジムの家に戻り、ごろんとベットに転がって天井を見た。
「十樹・・・桂樹」
-------助けてくれ
二人の名前を呼んでも、その声は届く筈も無かった。