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SKY CAFE

 幾何学大学 ~メモリー~

 

宇宙科学部の研究室で、二人が優雅にお茶を飲んでいる頃、ゼンは父親にお茶を勧められていた。

------まるで、本当に家に帰って来たみたいだ。かーちゃんさえここに居れば・・・

「なあ、坊主、ここに何しにきたんだぁ?」

「オレは坊主じゃねぇ!さっきから言ってるだろ?オレの名前は、ゼン・カインで、とーちゃんの息子だって」

ジム・カインは、片肘をついてゼンを見つめた。ゼンは、飾ってあった写真を手に、父親に説明を始めた。

「ここに写ってんのは、オレが小さい頃の姿だ。その横にいるのは、オレのかーちゃんだ」

「何を言ってるのか、さっぱり分かんねぇな」

「オレ達、一緒に暮らしてたんだぜ。思い出せよ。とーちゃん!」

ジム・カインはいくら説明しても「自分は、ここで生まれ育った。結婚もしてないし、子供もいない」とゼンに告げる。それでも、ゼンは諦めなかった。

「きっと・・・一緒に暮らしてみれば分かるんだ」

「こらこら・・・ゼンくんは、本当の家に帰らないと親御さんが心配するさ」

「いいんだよ。オレは・・・オレ達は、もう帰れないんだから」

「帰れない?」

ゼンが、ジムに「神隠しの森」の事を話そうとした時、村全体に響き渡るような、大きなオルゴールの音が聞こえた。それが、合図だったかの様に、ジムは家を出て行こうとする。

「とーちゃん、まだ話が・・・」

「配給の時間だ」

------配給?

「夕飯を貰いに行く時間だ。一緒に行くか?坊主」

「ああ」

辺りは、すっかり日が暮れて、月明かりだけが二人を照らしていた。どうやら、昼間にリルがいた広場の中央で、配給とやらが行われているらしい。何十人もの人間が、ぞろぞろと列をつくって歩いていた。ジムとゼンも、その列に並ぶと、ゼンがここに居ることが酷く不自然に思えた。回りは大人たちばかりで、子供が自分しかいないのだ。

------この人たちは、神隠しの森へ行った人達か?

「はい、次の人-----」

配給を行っているのは、大学警察と呼ばれる人達だそうだ。紺色の服の胸元に、そのマークをつけている。

「おや?君は新入りだね。神崎先生は、女の子と言っていたが・・・何かの間違いかな?君の分も用意があるからね。安心しなさい」

特別病棟と名のついているこの空間は、やけに優しかった。ゼンとジムは、広場で夕食を済ませると、ジムの家に帰り、床についた。

「坊主はここで寝てくれ」

ジムが用意した部屋は、ここに来る前に住んでいた家での、ゼンの部屋だった。ベッドがきちんと備え付けてある。ジムは無意識の中で、以前の家と同じように、家具や風呂等をそのままに復元しているのであった。

「じゃあ、また明日な。おやすみ坊主」

「お、おやすみ」

ゼンは、父親にそう言うと、何だか照れくさくなって布団をかぶった。

         

「ところで、どうやって神埼の研究室に忍び込むんだ?」

「神埼は、いつも宿舎に行って仮眠を取っている。それを見逃す手はない」

十樹、桂樹、カリム、リルの四人は、入り組んだ道を通って、神埼の研究室の近くに着いた。研究室の倉庫に入って、十樹達一行は、研究室から神埼が出て来るのを、ひたすら待っていた。

しかし、その中で、只一人眠ってしまった人物がいる。-----リルだ。

(いつも、もう眠ってる時間だもんな・・・)

カリムは、苦笑いして倉庫で寝ているリルを見ると、再び神埼が出て来るのを待った。

「出てきませんね」

カリムがそう言った時だった。研究室の扉が開いたのは。

(-----神埼だ)

用心深く暗証番号を打ち込んで、研究室から出て行く。それを見て、十樹と桂樹は暗証番号を覚えていた。

(O.Y.E.D.H・・・・)

約十五桁にものぼる暗証番号を覚えて、神埼がいなくなったのを確認すると、十樹たちは、リルを背に背負い倉庫から出た。

「O.Y.E.・・・・」

覚えたばかりの暗証番号を打ち込むと、十樹たちは神埼の研究室に忍び込んだ。 神埼の研究室は、十樹たちの研究室とは違い、病院と連携している為か医療器具等がそろっている。人体模型等も置いてあり、カリムは、リルが目を覚ましたら悲鳴をあげそうだなと思った。

「メモリーバンクがあったぞ」

暗闇の中で桂樹が言う。

「本当か!?」

「ああ、でもこれは」

桂樹は、リルの記憶を呼び覚ますメモリーを探したが、どのメモリーにも番号が記してあるだけで、どれがリルのものなのか、見当もつかなかった。

------折角ここまで来たのに。

全員に絶望の二文字が浮かぶ。

「待てよ、日付けが書いてあるぞ・・・ほら、ここに」

二人は、メモリーバンクを探ってリルが消えた日付のあるメモリーを探したが、バンクの中には無かった。

その時。

シュン、と音を立てて、開かない筈の扉が開いた。

「やあ、こんばんは、不法侵入者さんたち」

あろうことか、神埼亨が帰ってきたのである。

「げっ、神埼」

桂樹は、腰をかがめてクッションを頭にのせた。

神埼が、にやりと笑う。

「君達が探しているものが何か、僕は知っているよ」

神埼は、透き通った青いガラスのスティックを白衣のポケットから出し、ステッィクを手にして指先で揺らしている。それは、皆が探していたメモリー(記憶)である。 神埼は、上に放り投げて、ぱしっとメモリーを持ち直した。

「リルの記憶を消したのは、貴方ですか?」

カリムがそう問う。

「君もリルちゃんの用になれば、何も考えずに、あの病棟の中で暮らせたのに・・・愚かな子だ」

「-----リルを元に戻して下さい」

「何か誤解がある様だな・・・これはリルちゃんが望んだ結果なんだよ?」

「嘘だ!」

叫んだその声で、ソファに寝かされたリルが

「うーん」と寝返りをうった。

「嘘なものか、君と同じ質問をしたら、喜んで僕の提案に乗ってきたよ」

「-----それは、リルが良く分かっていなかったからです。今は悔やんでます。早くリルを元に戻して下さい」

カリムがそういうと、神埼はつまらなそうに言った。

「まぁ、いいだろう。ただし条件がある」

「-----条件?」

「安心したまえ・・・君じゃなく白石兄弟にだ」

神埼は、十樹と桂樹の二人を見た。

「まず、君達が研究しているデータを、全てこちらに渡して欲しい」

「な!?神埼、オレの研究を狙ってるのか?まさかゴキブリ化粧品を転売する気か!?」

「ゴキブリじゃない方だ!」

神埼と桂樹が、言い争いをしているのを見て、カリムは何だか気が抜けてしまう。もしかしたら、そんなに深刻にならなくていいと言った、桂樹の言葉は本当なのかも知れない。カリムは桂樹の言葉を信じたかった。

「桂樹、君と話をしても仕方ない。僕は十樹に用がある」

「ちぇっ、十樹かよ」

「何が望みですか?」

「合同研究をしないか?そう、君のクローン実験の」

「そんな実験はしていません」

十樹が否定すると、神埼は舌を鳴らせて言った。

「こっちには証拠があるんだ。君達が亜樹と言う名のクローンを育てあげたと言う記録が」

「それは、どうやって手に入れた情報ですか?」

神埼は答えられずにいた。まさか、神埼の父が患者の頭に盗聴器を埋め込んでいたことが周囲に知れたら、とんでもない騒ぎになるだろう。

「君に答える義理はないな。それに、君達は不法侵入者じゃないか。何なら今すぐ大学警察を呼んでもいいんだよ」

「捕まるのは、どちらでしょうかね」

神埼は、くっと口を歪ませて十樹を見た。この研究所内を、大学警察に探られたら、神埼自身どうなるか分からないからである。

「リルの記憶(メモリー)を返して下さい」

「残念だ・・・」

交渉は決裂したのだ。それを悟ると神埼は、

メモリーを床に落した。カシャーンとガラスが砕ける音を立てて、メモリーが周囲に飛散した。足元に残った欠片を、神埼は足で踏みつけた。

「------神埼っ!」

桂樹は、神埼の胸ぐらを掴み、殴りかかった。

それを十樹が間に入って、桂樹の行動を止めた。

「十樹!邪魔すんなっ!」

「今、お前が神埼を殴ったら大学警察が来た時、こちらが不利になる。それぐらい分かっているだろう!」

十樹は、はぁ、と息をつきながら、神埼を桂樹から引き離す。視線をふいに移すと、砕け散ったメモリーを前に、カリムが床に膝をついて呆然としていた。

「リル・・・」

カリムは、砕けたリルのメモリーを、一つ一つ拾い集めていた。欠片の一つ一つにリルの記憶が眠っているかの様に、小さく弱い声でリルの名を呼んでいた。その姿が、あまりにも痛々しくて、桂樹は見ていられなかった。

十樹は、眠っているリルを揺すって起こすと、「抱っこー」とまるで赤ん坊の様に甘えてきた。背にリルを背負うと、カリムに「帰ろう」と肩を叩き、そう促した。

「神埼・・・どうしてリルの記憶を消したんですか?」

カリムは力無い声で言う。

「どうして・・・・っ」

十樹と桂樹が出て行き、二人ぼっちになった室内で、カリムは神埼に問いただした。

「実験体だからさ」

「そんな理由でっ!?」

「他にも特別な理由があってね」

神埼は、リルに時間を奪われた事と、食事をたかられた事を和えて言わなかった。自分でも大人気ない事をした自覚はあったからだ。

「カリムくんにだけ言っておく」

「-----」

カリムの耳のそばで神埼は呟く。

それは、カリムにとっては救いの一言だった。

「但し、条件がある。君は、あの研究室のクローンの情報を探って、僕にデータを持ってくるんだ。そうしたら-----言わなくてもわかるね?」