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SKY CAFE

 幾何学大学 ~小さき罪人~

 

「橘くん、荷物チェックをさせてくれないか?」

「荷物・・・・僕が今日持って来たのは、花子だけですが・・・」

犬の花子を抱っこして、十樹に手渡す。十樹は、花子につけられた首輪を入念にチェックをし、盗聴器が仕掛けられていない事を確認した。そして、橘の白衣のポケットを探り、携帯の端末を取り上げた。

「ここにいる間、しばらくこれは私が預かっておく」

突然の十樹の変化に、桂樹は「それ見たことか」と言わんばかりに、飄々とした顔をして、口笛を吹いていた。

「神埼と、何かあったんだろう?」

「亜樹の名前を知っていた。そして、子供たちのことも」

「なる程ね」

十樹は、橘に聞かれない様に、桂樹に向かって小声で話した。それを、橘は、きょとんとした顔をして見ている。

「橘君、すまないが端末の記録をチェックさせて貰う」

「えっえ!?僕、何かしましたか?」

戸惑う橘に「正体がバレた」という様な、危機感は感じられない。

「君は、神埼亨のことを知ってるか?」

「ええ、存じていますが・・・」

ピーピーピー

大学警察からの通信音である。すぐに携帯の解析が終わり、近頃、橘が連絡を取ったとみられる番号がデータ化され、一枚の紙となって出てきた。その記録には、神埼の研究室につながるような数列は見当たらない。

「君が、神埼を知ったのはいつだ?」

-----橘は、ただのスパイではない。何かもっと別の------

橘は、ええと・・・と話を続けた。

「僕は、神埼亨というより、そのお父さんと知り合いなんです」

「お父さんと?」

十樹たちも知っている人物だった。神埼保、つまり、幾何学大学病院の、脳外科医だ。 十樹が、この研究室に入る以前、生体医学を学んでいた頃、講師としてきた大学の教授だ。 脳外科医としては優秀だが、その裏には、上層部の圧力により、不正に多額の資金を受け取っているなどの噂もあり、人間性に問題がある人物だ。

「僕が五歳の時、崖から落ちて頭に大怪我をしたんです。その時、助けて下さったのが、神埼先生でした。一命を取り留めた後も、色々世話をみて下さって・・・・僕が、この大学に入れたのも、神埼教授のおかげなんです」

橘は、神埼保の大学病院内での悪評を、何も知らず感謝の言葉を口にした。 あの神埼教授が、たった一度手術した五歳の子供の世話を、その後の人生まで世話をするような人物とは思えない。

「この研究室には何故?」

「丁度、人員を募集しているからと、神埼教授が教えて下さったんです」

「結局、神埼絡みだな」

この人事に関しても、何かの思惑があるとしか思えない。先程までの会話は、恐らく全て盗聴されているのだろう。 研究室の鳴らない盗聴センサーを見て、ため息をついた。

         

その夜、子供たちが寝静まった後、十樹と桂樹と橘の三人による、懸命な盗聴器探しが行われた。

------精度のいい、最新の盗聴器の可能性がある。十樹はそう言った。

桂樹は、大学警察から、小型センサーを三つ借りて、それぞれに持たせながら、研究室内を探し回ったものの、センサーが反応することはなかった。

        

薄暗い室内に、二人の影があった。

「軍用クローン・・・ですか」

幾何学大学の会議室の一隅で、神埼教授こと神埼保は、医学長からの提案に、少なからず驚いていた。

「神埼教授、君なら知っているだろう。この星をコントロールしている『四季』との紛争が、続いていることを」

「しかし、今の法律では、人間のクローンは造ってはいけない。倫理に反することでは、ありませんか。私がそんなことをすれば、

倫理委員会が黙ってはいないでしょう。神埼グループ全体の立場が、危うくなります」

医学長はこほんと咳をして言った。

「軍の人材が不足しているんだ。それに、君には少なからず我々が面倒をかけられている。君がしてきた数々の不正を、見逃し続けるには限界があるのだよ」

「私は、医学長の命令道りに事を遂行したまでです」

神崎保は、傷ついた目で、医学長の瞳を見た。

「確かに、我々にも落ち度はあるかも知れんがな。実際に行ったのは君だ。別にいいんだよ、君のした事をマスコミに売り込んでも」

「-----考えさせてください」

会議室を出て行こうとした、その時、医学長が神埼保を呼び止めた。

「そう言えば、君には息子がいたな。一連の出来事は、君の息子の責任にしてしまえばいい。聞く所によると君たちは、あの二人のことを調べているそうじゃないか」

         

宇宙科学部の研究室では、盗聴器発見に時間を費やし、ほぼ完全に徹夜をしてしまった、十樹と桂樹と橘は、朝になっても起きること出来ず、誰も目覚ましのアラームを止めることもなく、アラームは室内に鳴り響いていた。カリムやゼンも例外ではなく、睡魔に身を任せ、布団を友としている。慣れない環境の中で、唯一目を覚ましたのは、リルと花子である。リルが花子に食事をあげていると、自身もお腹がすいていることに気づいた。

「皆、起きないなぁ」

しばらく研究室の中をうろついて、第四研究室の亜樹が眠る部屋へ行った。昨日の同じように眠っている亜樹に「おはよう」と挨拶をして、部屋に備え付けてあるクローゼットの中を見た。すると、ちょうど自分の背に合いそうな、桜の刺繍がほどこしてある淡いピンクのワンピースを見つけた。

「わあ、かわいい!きっと亜樹ちゃんの着る服だぁ」

でも、十五歳のお姉さんが着るには、ちっちゃいよね、と呟くと、リルはパジャマの様な十樹の配った服と見比べ、鏡の前で服を着替えた。

「こっちの方がいいなぁ」

鏡の前で、くるりと無邪気に一回転すると「そうだ!」と、何か思いついた様に研究室のドアへ向かった。

「皆が寝てる間に、朝ご飯の用意しちゃおう」

そう言うと、リルは研究室を出て、食堂へ向かった。

         

食堂の前につくと、沢山の『白衣を着た人』が入っていく。食堂に入るには、パスポートが必要で、リルは、その入口の扉の前でウロウロしていた。 そんな時、-----神埼が声をかけた。

「リルちゃん、どうしたんだい?」

「食堂に入りたいの。お腹すいたから」

あれ?おじさんに名前教えたっけ?と不思議な顔をして神崎を見た。

「お兄さんは偉い人だから、君たちの事は何でも知ってるよ」

「え、本当!?」

偉い人、という言葉を受けて、リルには神埼の背に後光が射している様に見えた。

「僕のパスを使って、食堂へ入るといい。しっかりくっついてね」

優しい声で神埼は言う。 リルは、うん、と頷いて、神埼の足元にぴたちとひっついた。すると、食堂の扉が開き、中へ入ることが出来た。

「ありがとう、おじさん。あ、あと、おじさんに聞きたいことがあるの」

「いいよ。何でも教えてあげよう」

リルのおじさん、と言う言葉にひっかかりを感じながら、神埼は答えた。

リルは、快くそう答える神埼に嬉しくなって、はしゃいだ。それから、神埼には到底、意味不明なリルの解説が始まったのである。

まず、リルは大量の朝食を用意してテーブルについた。もちろん眠っている研究室にいる十樹たちの為だったのだが、神埼は、リルちゃん沢山食べるね、と引き気味に言っ

た。

「おにーさん、リルたち、ぴょんって降りて歩いてひっくり返ってここに来たの」

「------」

「そしたら、ぶくぶくってなって、おどろいて、皆も驚いたの」

「------へ、へぇ」

「でね、ばびゅーんとなってね、ピーピー鳴って、橘が犬を連れてきたの」

「そう」

「それでね、どっかーんってなってねー」

「・・・・・」

このリルと言う少女と話を始めてから、神埼は「へえ」と「そう」としか返事をしていない。

-------一体、この子は何なんだ。

話し始めて十五分が経過したが、一方的に話すリルの話は終わらない。 無駄な時間を過ごしているように思えて、神埼は握り拳をつくり、思った。

時間を返せ!と。