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SKY CAFE

 幾何学大学 ~桂樹のお仕事~

 

「いつ見ても、この部屋は想像を絶するな」

「そうかぁ?」

第二研究室に入って、最初に目にするのは、強化ガラスで四面囲まれた天井まで伸びる水槽である。その中で、うごめいているのは、無数のゴキブリだ。

「ここのゴキブリは、菌を除去した『地球ゴキブリ』だ。害はねーよ」

「そういう問題ではないと思うが」

桂樹は、この地球ゴキブリから、不老長寿を歌っている漢方薬や、美肌クリームなどの化粧品をつくっている。しかし、原材料がゴキブリのためなのか、売り上げは決して良くない。ここにいるゴキブリは、仲間の死骸を食べて生きている為、特別なエサは一切いらないと言う。

「ここなら誰にも話を聞かれる心配はないだろ?」

「そうだな。余程の物好きじゃなければ、見にくることはないだろうが-----」

「オレが話したいのは、その事じゃなく、ゼンの父親のことだ」

桂樹は、ゼンの父親のこと、神埼の動向などの諸々を話した。

「何だ、調べたのか・・・」

「このタイミングで、橘を研究室に呼び込んだかも知れない。橘には気をつけろ」

「そうは言うが、むやみに橘がスパイだと疑うのも良くないんじゃないか?彼が、この研究室に入る前に盗聴器は全て私がつぶした」

それに-----と十樹は続けた。

「見たところ、いかにも善良そうな青年じゃないか。彼が、人を騙せるような人間には見えないよ」

「神埼が言っていたことは、まず間違いなくオレたちのことだ。お前は甘いんだよ!」

十樹の背にある壁を、だんっと叩くと、桂樹はそう言い放った。神埼のあの勝ち誇った様な物言いが気になって仕方ない桂樹だった。

十樹と桂樹の間に、そんな会話があったことを、地球ゴキブリ以外は誰も知らない。

         

十樹と桂樹は、散々話し合った結果。

「ゼン、君の父親は生きている。ただ、ちょっと病気で入院しているんだ」

半分は真実を、半分は嘘を言う事しか出来なかった。

「えっ、じゃ、じゃあ、オレ見舞いにいくよ!親父はどこに-----」

「ゼン」

生存を知り、嬉しそうなゼンの言葉を十樹がさえぎる。

「お父さんは、重い病気で面会謝絶なんだ。すまないが、会わせてやることはできない」

「えっ、何の病気なんだよ」

「今日、明日で死ぬ病気じゃないから大丈夫だ。ただ、人にうつる病気だから、会わせられないだけだよ」

特殊病棟にいる父親の息子が、この研究室に来ていることが神埼に知れたら、子供たちの記憶まで操作されかねない。十樹は、それを危惧していた。

「そんなに落ち込むなよ、ゼン。ここにいればいつか会えるだろ」

「そうだよ。リル、ゼンのお父さんが良くなるようにお祈りする!」

リルはそう言って、両手を組んでお祈りのポーズをした。

「リルちゃんは優しいなぁ、ゼン、きっといつか会えるよ」

桂樹は、リルの頭をくしゃりと撫でると、ゼンにとっては、気休めにしかならないことを 口にした。

その夜、三人は十樹が持ってきた、子供用の服に着替えた。この研究所には、子供がいないので、大学病院の患者の服を用意した。三人に散々文句を言われたが、他に着替えがないことを告げると、仕方なくその服に着替えた。

「だっせーっ、何この服」

「全員おそろいか・・・」

「リル・・・もうちょっと可愛いのがいいなぁ・・・」

それぞれの文句を聞き流して、十樹は言う。

「君たちの村の服は、洗濯をしておくから、これから外へ出るときは、その服でいてくれないか?そして、決して目立つ行動はしないことを約束して欲しい」

「えーーー」

「十樹、面倒な言い方をするな。その服じゃないと、ここは危険なんだとはっきり言え」

「君たちを、この研究室に閉じ込めておくつもりはないんだ。ただ、くれぐれも気をつけて」

「わかったーー!」

深刻に言う、十樹の言葉とは裏腹に、三人の返事はあまりにも軽かった。

「橘くん、すまないが、この三人の面倒を見てやってくれないか?」

「構いませんが」

「宜しく頼む」

十樹は、そう言い残すと、三人の服を持ち出かけてしまった。

十樹は、必要最低限なことしか、桂樹に話さない。それが元で、いつもケンカになってしまうのだ。昔はこうじゃなかったのにな、と 桂樹は思う。あの頃、亜樹が生きていた頃は、今よりもっと楽しかったと、桂樹は、思いを巡らせる。この大学に入る十年前、特待生としてここに入る前に、妹の亜樹は、まだ生きていたのだから。妹を交通事故で失うまでは、ずっといい関係を保っていられたのだから。

十樹と桂樹は、十歳の時に行われたテストで、前例のない好成績をとった。それが元で、「その頭脳を大学で生かして欲しい」と多額の金銭との交換で、幾何学大学へ入学した特待生である。その際、両親は、十樹と桂樹を泣く泣く手放したのだが、妹の亜樹は、その時八歳で、十樹と桂樹は、妹との別れを惜しんだ。二人が幾何学大学で生活することになって、僅か一ヶ月後、亜樹はエア・カーに引かれて死亡した。その葬儀で、母親は言った。

「亜樹は、幾何学大学へ行こうと、慣れない道を歩いてエア・カーに引かれたのよ」と。

現場は、幾何学大学まで、たった三百メートルの距離だった。亜樹を引いた、エア・カーを運転していたのは、誰だか不明で、大学警察内では、ひき逃げをした犯人は、幾何学大学の研究者ではないか、との噂もあった。

「亜樹、いつか必ず犯人を見つけてやる」

二人は、亜樹の遺体の前でそう誓った。十樹は葬儀の際、何も語らなくなった亜樹の髪を人知れず抜いていた。十樹が、亜樹のクローンを造ると言うと、桂樹は最初、猛反対をした。いくつもの法の壁を越えても、十樹が成し遂げたかったことは、明らかにタブーとされている。一歩、間違えば、犯罪者になってしまう可能性があった。十樹が捕まれば、協力者の桂樹も捕まるだろう。

-----神埼は、もう勘付いている。

亜樹を、ひき逃げした犯人は、未だ捕まらず、のうのうとした顔で、大学内をうろついているかも知れない。十樹はそれを確かめるために、妹、亜樹のクローンを造った。十樹の造る亜樹のクローンは、記憶そのままに人工頭脳で成長した、亜樹そのものなのだ。当然、記憶を持った亜樹の生存を、喜ばない者もいるだろう。 亜樹は、誰かの手によって、必ず命を狙われることになる。そのリスクを考えても、亜樹のクローンは造られるべきではなかったと、桂樹はずっと思っていたのだった。

         

三人分の服を持った十樹は、クリーニングルームにいた。三人の服を別々にエア・シャワーに放り込むと、十樹はため息をつく。

これから、三人を、どこの研究室で暮らしていけるようにするか、それが問題だ。亜樹のように、メインコンピューターへ不正にアクセスし、住民と登録をするのが、不可能だからだ。あの三人が、特待生になれるだけの能力を持っているなら、また別の話だが。

-----この際、この大学を抜け出して、自分たちの両親の元に送り、育てて貰うか----いや、 両親とは、亜樹の葬儀以来、顔を合わせていない。もはや他人同然に、互いに思っているのではないか。今更、かつて子供だった自分たちが甘えていい人間ではないのだ。

すると、背後から聞きなれた声が聞こえた。

「何か、悩みごとでもあるのかな?白石」

「神埼・・・」

ここの所、十樹の現れる場所には、度々神埼が付きまとう。神埼が一番の悩みの種だというのに、本人がそれに気づいているのかどうか。

「何なら、相談にのろうか?あの三人のことで困っているのだろう?」

「別に何も心配はいりませんよ」

十樹は、つくり笑いをした。

「君たちが、何を考えているかは知らないが、あの子供たちは不法侵入者だろう?僕の手を頼った方がいいんじゃないかな?」

「それは、私たちが考えることです。それに子供たちは、私たちが呼んだお客様ですから」

「そう言っていられるもの今のうちだ・・・まぁ、君たちの行動は大体把握している-----覚悟をしておけ」

神埼は、一冊の本を手に持って、クリーニングルームから出て行く際に、こう言った。

「亜樹ちゃんによろしく」

「------・・」

十樹は、瞬間、凍りついた。妹のクローン、亜樹のことは、あの研究室に入っている者しか知らないことだからだ。桂樹の言う通り、 橘は上層部と繋がっているのか。

------それとも、何か別の方法で。

十樹はエア・シャワーが終わったことを確認して、慌てて研究室へ戻った。