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「十樹、眠っちまったな・・・ちぇ、親父のこと聞きそびれた」
「ゼン、十樹は疲れてるんだよ。寝させてあげようよ」
「仕方ないなぁ、もう」
ゼンは、まるで十樹の睡眠時間は、自分が握っているかのような顔をしている。この小さな侵入者たちをどうしたものか、桂樹が思案を巡らせていると、研究室のインターフォンが鳴った。訪問者の姿が映し出される。見ると、遠野瑞穂だった。
「白石くん、ああ十樹くんの方ね。いるかしら?」
「十樹なら、寝ちまったが・・・」
桂樹は、瑞穂が特に疑うことのない気のしれた相手だったので、研究室の扉を開けた。
「何か用か?」
「ええ、さっき十樹くんに会って、服を貸してたんだけど・・・」
「服・・・?」
桂樹が、部屋を見回すと、研究室にはそぐわない服が、ぐしゃぐしゃになったまま放置されているのを見つけた。
「これか?」
「ああ、そう。特別病棟の患者さんの点呼の際、数が合わないと大変なのよ」
-----患者?
「鍵もポケットに入ってるわね。大丈夫。それと、伝えたいことがあって・・・」
瑞穂は、声を潜めていった。
「神埼が、貴方たちの動向をしつこく私に聞いてきたわ、もしかしたら、貴方たちの研究を乗っ取るつもりでいるのかも・・・・」
「今更の話だな。神埼らしい」
「それに貴方達の噂を広めているのも神埼って話よ?」
「何の噂だ?」
桂樹の影から、身をのりだして、三人が瑞穂の前に姿を現した。うわっと、桂樹が慌てて部屋の中に入れる。
「・・・・白石くんたち、託児所でも始めたの?」
「訳あって、預かっているだけ!ただ、それだけだ」
「そう、それならいいけど・・・」
瑞穂が、何か言いたいことがあるかのように、
心配そうな顔をした。そんな彼女に安心してもらうために-----。
「何かあったら、相談するよ。今のトコ何もないからさ」
桂樹は、瑞穂にウソをついた。
「そう、私の出る幕じゃないわね」
「十樹に言っとくよ。服のこと」
極めて自然な笑顔をつくって、桂樹は研究室の扉を閉めた。そして、三人の方に向き直る。
「噂ってなにー?」
桂樹は、こほんと一つ咳をした。
「いいか、これは内緒だぞ。オレと十樹は、夜な夜な出てくる悪をやっつけるために、この星に降りてきたエイリアンなんだ」
「すごーーいっ」
リルは、桂樹の言葉を真に受けて感嘆の声を挙げたが、カリムやゼンは違った。
「うそ臭いなぁ」
「お前らなぁ、子供なんだから、もうちょっと子供らしく素直になれよ」
「ねぇねぇ、桂樹、悪ってどんな悪い人なの?」
好奇心一杯のリルは、桂樹の言う事を疑うことなく、きらきらした瞳で聞いてきた。
「リルちゃんは、可愛いなぁ」
リルの頭を撫でながら、桂樹は言う。
「例えばだなぁ、夜の間に食堂に入り込んで、食料を全部食べてしまう怪物とか、テストの点をバツに変えて、全部赤点にしてしまうような悪党を・・・・」
「ええーーっ!?ひどい!ひどいよ桂樹!」
「リル・・・信じるなよ」
こんな大人にだけはなるまいと誓った、カリムとゼンがいた。
☆
何も、十樹の足どりを追っているのは、神埼だけじゃない。十樹の言動に疑問を抱く人物、桂樹も、またその一人だった。
フンフーンと、音程の外れた鼻歌を歌いながら、鏡の前に立ち、不可思議な行動をとっていた。 十樹は、今朝起きてからずっと、第四研究室の亜樹の前で、ぼんやりと椅子に座り、何やら考え事をしているようだ。
「じゃあ、十樹、オレはちょっと出かけてくるから。ガキ共、大人しくしてるんだぞ」
「あ、あれ?桂樹?」
カリムが、違和感に気づき桂樹を呼び止めたが、桂樹はその声を無視して、とっとと出て行ってしまった。
「今の、桂樹だよねぇ」
☆
普段、十樹と桂樹は双子である為、周囲が判別出来るよう、髪を結ぶ位置や、紐の色、ネームプレート等で区別をつけている。 だが、今日の桂樹は、ネームプレートも十樹の控えを使い、髪型や紐なども十樹と同じようにしている。雰囲気の若干の違いは、十樹の言葉使いを真似ればなんとかなるだろう。
昨日、十樹は、ゼンの父親の手がかりを探しに、出かけていったのだ。帰ってからのあの様子を見ると、何かあったに違いない。 桂樹は、十樹が訪れただろう中央棟にある医学部に向かった。医局を見つけ、中にいる看護学校の女生徒に、遠野瑞穂を呼び出してもらう。
「あら、白石くん。何か用?」
「ああ、あの十樹・・・じゃない、昨日、私が借りたものを、もう一度貸してもらいたいんだが」
「またぁ?」
「すまない。どーしても調べたい事があって」
桂樹は、ボロが出ないように手短に話す。
十樹と桂樹が入れ替わっていることは、瑞穂に気づかれていないようだ。
「しっかたないわねぇ、今度ランチでも奢ってよ」
「ああ、それは勿論(十樹が)」
瑞穂は、医局の奥から患者の服を持ってきた。
こうして、桂樹は、昨日の鍵と患者の服をゲットしたのである。
☆
鍵に刻んであった病棟ナンバーを頼りに、桂樹は、ある特殊病棟へと入って行った。そして、その広さに驚きながら、あらゆる患者に声をかけジム・カインの居所を掴んだ。
☆
「ジム・カインさん」
森のベンチで、眠っていた人物に声を掛ける。
「ああ、兄ちゃん、また来たのか」
「ゼンを知ってるか」
顔が似ていたので、桂樹は確信を持って訊いたが、ジム・カインは知らないと、首を横に振った。
「何度訊いても知らない名前だぁ」
「本当に知らないのか?」
「-----そうだ、兄ちゃん、暇ならこの先に俺が建てた家があるんだ。お茶でも飲んで行ってくれ」
桂樹は、やんわりと断ろうと思ったが、ジムが、さぁさぁ、と背を押して、家へ連れて行こうとする。
(ちょっとだけ、寄ってみるか・・・)
その道中、ジム・カインは、元大工だと語った。未婚のままで子供もいないと言う話を聞いて、その言葉に桂樹は違和感を感じた。
家は、五分ほど歩いた森の奥に建っていた。 ログハウス風の家だ。一人で暮らすには、十分な広さがあり、ジムは桂樹をキッチンへと通した。ガスや水道も通っているようで、やかんに火をつけ、お湯を沸かしお茶をそそぐ。
「兄ちゃん、まぁ飲んでいけ」
「いただきます」
桂樹は、ずずっと茶柱の立ったお茶を飲む。
部屋の中を見ていると、写真たてがあった。 写真に写っている男の子を見て愕然とした。
-----小さいけれど、ゼンに間違いない。
「これっ、これっ、こいつ!ゼンじゃねえか!」
幼きゼンは、ジム・カインに抱っこされている。その横には、母親だろうか。体格の良い、料亭のおかみさんを思わせる容姿をした女性がいる。
「兄ちゃん、何騒いどる?」
「ゼンは、あなたが抱っこしているこいつですよ」
「ああ、それは-----道端であった女性と子供だ。何か懐かしい感じがして、何となく飾ってみたんだ」
ジム・カインは、どこか愛しげに、その写真を手に取り、指で撫でた。
------記憶操作・・・。
桂樹は、そんな言葉が浮かんだ。
「あんたは、どうしてここに住んでいるんだ」
頭の芯が、すっと冷えて、怒りにも似た感情が桂樹を包む。
「俺は、生まれたときから、ここで育ったんだ。ここに居るのが当たり前の人間さぁ」
ジム・カインは、そう言うと、桂樹の湯のみにお茶をたした。