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SKY CAFE

 幾何学大学 ~亜樹~

 

「カリム・・・な、なんだよこれ」

「俺に聞くな」

「早く出してあげないと、お姉ちゃん死んじゃうよ・・・っ」

三人は、ようやく自分たちが来た場所が、「ヤバイ場所」であることに気づいた。

「これって、もう死んでるんじゃ・・・」

カリムが、水槽のガラスに手をついて言う。

「じゃ、もしかして、水死体!?」

「生きてるよ」

その声と共に、桂樹が入ってきた。

「このお姉ちゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。よく見ろ、口から呼吸しているだろう?」

子供たちに説明しながら、桂樹は、この部屋を見せてしまったことを、十樹にどう言い訳しようかと頭を悩ませた。

         

その頃、十樹は、大学警察の本部を訪れていた。十樹は、自分のパスポートを手にして、本部前にあるカードチェックを受けていた。十樹の持っているパスポートは、大学の九十パーセントのエリアが通行可能になり、自由に学内を見て回ることが出来るものだ。

幾何学大学は、大学と同時に病院を運営しており、幾何学大学の構内は、病院の患者と、大学関係者が行き来している。また、中央棟には犯罪者を収監する刑務所があり、常に大学警察の監視下にあった。

宇宙科学部の研究室にあった記録によれば、ゼンの父親かもしれない男は、大学で問題を起こし、ここに送られたようなのである。

刑務所に入ると、一人の大学警察が、十樹に話しかけてきた。

「白石先生が、こんな所に何の御用ですか?必要なら、私が案内いたしますが・・・」

「いえ、結構です。私事で来ただけですから」

真実をそのまま話す訳にはいけないと、十樹は大学警察を軽く交わして、資料を管理するコンピューター室に入った。十樹は、コンピューターパネルをパチパチと弾いて、例の記録を調べ始めた。

「NO.DE073・・・氏名ジム・カイン」

十樹は、白衣から携帯を取り出して、その記録を控えた。記録によると、ジムは、大学のメインコンピューターに不正侵入を試み、大学警察に捕らえられた。そして、理解不能な言動により、併設する病院の第253区に収容されたということである。

「その後の記録がないな・・・・」

十樹は、口元に手をあてて考えた。

記録がないのなら、直接行ってみるだけだが、十樹の今身につけている白衣は、目立ちすぎる。収容された人間でないと知れたら、他の患者や大学警察が騒ぎかねない。 ゼンには、残念な答えを返すしかないのだろうか------と十樹が諦めかけていた時、遠野瑞穂が現れた。

「あら?白石くんじゃない」

瑞穂は、茶色の髪に緑の瞳、長い髪をポニーテールでまとめた快活な女性だ。十樹や桂樹とは同期で、生体医学部で女医をしている。

「遠野くん、いいタイミングで来てくれた」

「そうなの?ここには月一回は、来てるけど?」

「少し頼まれてくれないか」

「珍しいわね。白石くんが私を頼るなんて。何だか断れないじゃない」

普段、弱みや隙を他人に見せることのない十樹の言葉に、彼女は肩をすくめた。

        

カツン、カツン。

長い廊下を、十樹は歩いていた。天井には、青い光を放った照明があり、研究室を思い出させた。------そう、神埼も勘付いている、あの第四研究室の件を。 宇宙科学部の第四研究室には、幼い頃に交通事故で亡くなった、妹、亜樹のクローンが未だ覚醒することなく眠っている。外部に発覚することがないよう、クローン計画は、研究室に十樹や桂樹以外誰も入れない状態にすることで、何とか成立していたのであった。 倫理委員会に、このことが知れたら、二人共、ただでは済まないだろう。

------いつまで神埼を誤魔化せるだろうか。

十樹は、そんなことを考えながら、通路途中にあるトイレで、先程、瑞穂に頼んで借りた、患者の服に着替えた。

これで、収容されている患者たちの注目を浴びることはないだろう。

歩いていくと通路奥には鉄格子があり、患者たちが逃げ出さないようにする為の鍵がついていた。十樹は、用意周到な瑞穂に感謝しながら、ポケットに入っていた鍵を使って病棟へ入った。

病棟内は、通常の病院と違い、広く、緑の溢れた草原だった。狭い通路から急に視界が開けた十樹は、どこまでも続く草原に森や小川を見た。無機質な研究所より余程いい環境だ。 収容されている患者たちは、各々好きなことをしている。ある者は、木にもたれながら読書をしていたり、自然の中、ジョギングを楽しんでいたり、携帯ゲームに熱中していたりと、自由な光景がそこにはあった。

先程、考えていたことは杞憂に過ぎなかったか。十樹は、事務所を探すため、手元の地図を頼りに、中へ進んでいった。

         

行き着いた事務所は無人だった。いや、正確には、人はいるのだが、事務所番をしているのは患者たちだった。何をしているのかと思えば、中央のデスクでカードゲームをして、五人もの患者が、皆楽しそうに遊んでいたのである。

「見かけない顔だな。新入りさんかい?」

患者の一人が、十樹に話しかけてきた。

「まぁ、そんなものです。ここの責任者を探しているのですが、何かご存知ありませんか?」

「ここに責任者なんていねぇよ。ここは自由な楽園だ」

「そうだ、そうに違いない・・・ここで一生過ごすのも悪かねぇよ」

「食事はおいしいし、金はいらねぇし、遊んで暮らすのさ」

この病棟は、仕事はしなくてもいい。金銭的価値などない、と患者たちは、幸せそうな顔で言った。

「人を探しているのですが・・・」

「人ぉ?」

「ジム・カインと言う名の男が、ここに来ていないでしょうか?」

問うと、患者の一人が「ぽん」と手を叩いた。

「ああ、あいつなら、西の森のベンチにいるよ」

「ありがとう」

十樹は、礼を言うと、早速西の森へ向かった。

        

西の森は、人工太陽が木漏れ日をつくり、所々光の柱が森の中を照らし、まるで野外ステージを思わせる程、穏やかで綺麗な場所だった。そんな中、木製のベンチに横になり、昼寝をしているジム・カインがいた。眠っている姿からは、とても大学で問題を起こすような人物には見えない。恐らく、大学側からの圧力によって、ここに収容する口実を勝手につくられたのだろう。

「ジム・カインさん、ジム・カインさん。起きて下さい」

眠りの妨げになることは分かっていたが、十樹も多忙な立場であるため、仕方なくジムの体をゆすり起こすことにした。

「なんらぁ?」

寝ぼけ眼で、目をこすりながら、ジム・カインは十樹を見た。

「ジム・カインさんですね?」

十樹は、ジム・カインの顔を見て思った。

-----ゼンに似ている。

まず、間違いなくゼンの父親に違いない、と。

「貴方の息子が、貴方を探しに、この大学へ来ています」

「息子ぉ?」

「はい、ゼンという名の・・・」

「知らねぇな」

ジムは頭をポリポリ掻きながら言った。

「大体、俺を探しに来る奴なんていねぇんだ。俺は独り身だし、結婚にも無縁の男だ。ましてやガキなんて------」

ジムはゼンの存在を否定したが、十樹は確信していた。恐らくジムは、この幾何学大学の規則により記憶を変えられている。「ここは楽園だ」と幸せそうに話す患者たちも同様に。 何の未練もなく、この楽園に入った者など、本来いる筈はないのだ。村に帰ろうと、上層部に歯向かった者たちの末路のように十樹には思えた。

------どうしたものか。

「お休み中のところ、申し訳ありませんでした。どうやら私の勘違いだったようです」

十樹は、ジムにそう言ってその場を離れた。この手の感情操作を、決して許してはいけない。上層部の横暴をいつまで我慢すれば良いのか。

ふと振り返ると、ジムが十樹に向かって手を振って見送っていた。

         

「ねえ、このお姉ちゃん、いつまで眠っているの?」

宇宙科学部の第四研究室では、桂樹と三人の子供たちが、妹、亜樹のクローンの話をしている。

「亜樹の誕生日に目覚めるよう、設定してしてあるんだ」

「亜樹?」

子供たちが、耳慣れない名前を繰り返したその時、研究室の扉が開いた。楽園の服を手に抱え、白衣姿に着替えた十樹の姿だった。

「何故、第四研究室のドアが開いているんだ?」

「あっ、お帰りなさーい!」

第四研究室から、手を振るリルを見て、十樹は少なからず動揺した。

「お姉ちゃんの誕生日っていつ?お誕生会しなきゃ」

リルが、はしゃいで十樹にかけよってきた。

「桂樹-----お前はまともに留守番もできないのか?」

「この時期のお子様の好奇心を止められなかっただけだ」

確かに、この三人を静かに黙らせて、大人しく座らせておくことは、不可能だろう。最初から鍵をかけ、出かけていれば良かったのだ。 十樹は、自分の認識の甘さを呪った。

「このお姉ちゃん、亜樹ちゃんって言うの?早く生まれて来ないかなぁ」

「結構、可愛いのな。十五歳って訊いたけど、すげー可愛い」

「ゼン・・・女の子のことになると目の色が変わるよな」

桂樹は、出来ることなら三人の口を塞ぎたかったが、それは不可能で、指を一本口元に立てて、三人を黙らせた。

「-------桂樹!」

「はい?」

「どこまで、この子たちに話したんだ・・・亜樹のことをだ!」

十樹は、怒りに震えながら、桂樹の白衣の襟元を掴み、壁に身体を打ちつけた。だんっと大きな音がして、子供たちは驚く。

「十樹!乱暴はやめて!」

「訊いたのは名前と年齢だけです」

「超怖ぇ、兄ちゃん」

三人が、おびえた瞳で十樹を見たので、十樹ははき捨てるように、桂樹の白衣を放した。 桂樹は、ケホッと咳き込む。

「頭を冷やせ!十樹、お前疲れてるんじゃねーか・・・」

「疲れてるよ。・・・私は少し休むことにする」

十樹は桂樹の言う通り、疲れているのだろう。桂樹に、八つ当たりだと言われても、仕方がない。

ゼンに父親のことを、どう話せば良いか。 対策を、考えなければならなかった。

         

十樹は、自室のベットに倒れ込んだ。

-------・・亜樹

まだ目覚めぬ亜樹の事を思う。すると、急に睡魔が襲ってきて、そのまま眠ってしまった。

そして、十樹は夢を見る。 まだ、幼かった当時の夢を。

そう、それは亜樹がまだ生きていた頃の-----

産まれたばかりの。

『十樹、桂樹、貴方たちお兄ちゃんになるのよ。妹を可愛がってあげてね』

亜樹の小さな手が、十樹の指をきゅっと掴む。

無垢な瞳で、真っ直ぐに十樹を見つめて、あどけない笑顔を見せるのだ。記憶に眠る、二人が守ることの出来なかった小さな娘-----。