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SKY CAFE

 幾何学大学 ~扉の向こう~

 

昼食の時間から、少し外れているためか、食堂はがらんとしていた。あまり人込みが好きではない十樹は、和えて皆が昼食をとる時間を避けているのだろう。物静かで、他人との距離を置き、一人の時間を大切にする性格だ。十樹が一目おかれているのも、人を近づけないその性格からのものであろうと桂樹は思っている。その十樹は食事を終えたのか、ガラス越しに窓の外の光を浴びながら、コーヒーを片手に読書をしている。

「十樹!」

その声に応じるように、十樹は桂樹に気づいた。それと同時に、三人の子供たちを見て言った。

「お前の隠し子か」

「あのなぁ」

「お前のことだから、同時に三人の女と付き合った結果だろう?私に泣きつかれても困るな」

「オレがそんなに不誠実に見えるかよ!?」

十樹の言葉に桂樹は深くため息をつく。しかし、本来の目的を遂行する為、気を取り直した。

「ほら、リルちゃん、リルちゃんの言っていたのはこいつだろ?」

桂樹は、リルの肩に手をおいて、ずずい、と十樹の目の前に差し出した。

「うん、そうみたい・・・でも、何で二人は似てるの?」

「双子なんだよ。オレたち」

「不本意ながらね」

十樹の言葉には、本当なら双子でいたくない、という双方の気持ちがこもっている。十樹はコーヒーを静かに飲んだ。

「この間は一人だったのに、どうして今日は三人なんだい?」

「お前、やっぱり知ってんじゃねーか!知っててオレの隠し子なんて言うなよ」

「冗談に決まってるだろう」

「お前の冗談は、洒落にならねーんだよ」

唸っている桂樹を無視し、その間に十樹は三人の名前を確認していた。

「カリム、リル、ゼンだね?私たちの名前は、白石十樹、そして、弟の桂樹だ」

「しらいし・・・?」

リルと言う名の少女は、たどたどしく二人の名前を呼んだ。

「私のことは、十樹、弟のことは桂樹と呼べばいい。ところで、今日も私たちの研究室から来たのかい?」

「ううん、違うの、ひゅーって落っこちたの」

説明不足のリルの代わりに桂樹が、三人に会った時の経緯について話した。十樹は、それを興味深気に聞いていたが、何かに気がついたように、桂樹の口に手を当て、それ以上話さないようストップをかけた。

「研究室に行って話をしよう」

         

ビービービー

食堂から出て、五人が宇宙科学部の研究室に戻ると、突然、警備システムが作動した。室内に警報音が煩く響き、機械的な音声が流れてきた。

『盗聴電波確認、盗聴電波確認』

この研究室は、何か異変があると、こうして住人に知らせるシステムが備え付けられてある。治安の良くないこの幾何学大学では、さほど珍しいことではない。桂樹は少々バツの悪そうな顔をした。まさぐった白衣のポケットの中に小さな盗聴チップがあることに気がついたからだ。

「隙あらばってやつか?」

桂樹が、チップを手に取り二つに折ると、先程まで鳴っていた警備システムが停止した。 盗聴器が壊れたことを確認すると、桂樹は口を開いた。

「さっき、神埼に会ったんだ」

「そんな事だろうと思ったよ」

十樹は、ため息をついた。神埼亨は、十樹たちの研究する、未確認の一件について責任を追及している。桂樹の白衣のポケットに、盗聴器を仕掛けた人物は、まず間違いなく神崎の仕業だろう。

カリム、リル、ゼンの三人は、十樹の研究する宇宙を食い入る様に見ていた。

「すげー、何かすげーよ!」

ゼンは、大学に来てから、村では見たことのないものばかりで興奮していた。ガラスに両手だけじゃ飽き足らず、額と鼻までつけて、宇宙を見ている。

「ここは気に入ったかい?」

「ねえ、十樹、リルこの間はこの部屋についたのに、どうして今日は宙から落っこちちゃったのかなぁ?」

「そうだね、きっとあのカプセルが君たちのいる世界だったのかも知れないな。こっちに来てくれるかい?」

十樹は、三人を連れて、リルが最初に訪れた、研究室の物置を見せた。物置を開けると、虹色の空間のひずみがあり、それは三人がいた村へと通じているようだった。

「何これ?この先はあの「神隠しの森」なのか?」

「そのようだね」

「ここを通ると光虫になるのか・・・」

カリムは呆然としていた。リルやゼンと違いカリム一人が、この現実と向きあっていた。

「-----それで、どうすれば、俺たちは光虫にならずに村に帰れるんですか?」

「それは・・・・」

十樹が、口を濁していると、桂樹が「戻れねぇよ」と呟いた。

「治してくれる、「偉い人」はいないの?」

「治す・・・と言うか、この幾何学大学の規則なんだ。一度、この世界を知ってしまったら、そのままの姿で、君たちの住む世界には行けないんだよ」

「何だ、その規則を、変えればいいだけじゃん」

ゼンの言葉に賛同して、二人は「そーだ、そーだ」と言う。

「あのなぁ?それがどんだけ難しいことか分かってんのか?幾何学大学が出来て以来、どんなことが起こっても変わらなかった規則だぞ」

桂樹が、三人の無茶な物言いに頭を抱えていると、十樹は、分厚い本を本棚から取り出し、ペラペラとページをめくった。

「ここに来たのは、君たちだけじゃないんだ。過去にも何十人という人たちが、この世界に迷いこんで来ている」

「あっ!オレの父ちゃん、オレの父ちゃんは来てないのか?」

「さて、わからないな。名前まで記録に残ってはいない・・・」

最後の記録は、中年の男だった。それが、ゼンの父親であるかどうかは分からないが、 その男の行き先が、そこには書いてあった。

「もういいです。俺たち、自分で帰る方法を見つけます」

はっきりしない十樹と桂樹に見切りをつけたカリムは、二人に背を向けて研究室を出て行こうとした。

「カリム・・・」

リルが、つん、とカリムの服の裾を引っ張った。

「もう少し、お話聞こうよ。ゼンのお父さんのことだよ」

「そうだ!オレの父ちゃんに会えるなら、会わせてくれ!」

十樹の白衣を、ぎゅっと握って、ゼンは、真っ直ぐに十樹の瞳を見つめた。 その純粋な瞳に、十樹はため息をつく。

「ゼン、君のお父さんの居所を少し探ってみようか・・・だから、私が戻ってくるまで、君たちは絶対にここを出てはいけない」

十樹は、ゼンの肩に手を置き、宥めるようにポンポンと軽く叩いた。

「桂樹、そういうことだから、この子たちと一緒にいてやって欲しい」

「結局、留守番かよ」

「お前は、世間の迷惑にならない為にも、留守番が適役だ」

「どういう意味だ」

「言葉通りの意味だよ」

十樹と桂樹の雰囲気が、だんだん険悪になってきて、子供たち三人は、互いに顔を見合わせた。

「本当に、どうしようもないおじさんたちだねぇ」

        

パキン、と金属片が割れる音が、耳元で鳴った。白石桂樹の白衣のポケットに忍ばせた盗聴器の壊れた音だった。生体医学部の研究室で、十樹と桂樹の会話を聞いていた神埼亨は、ちっと舌打ちをして、耳にあてていたイヤホンをデスクの上に放りだした。

神埼は、あの宇宙科学部で行われている十樹の秘密を知っている。けれど、まだ推測の域を出ていない以上、倫理委員会にあの二人を訴えることは出来ない。出来るだけ確かな情報を------確かな証拠が必要なのだ。

「いつか必ず、倫理委員会に突き出してやる」

神埼は、そう毒づくと、机の上にある書類をくしゃりと片手で丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。

          

宇宙科学部の研究室から、十樹が去った後、桂樹は「やれやれ」とコントロールパネルのある椅子に座った。

あの時の十樹の顔色を見る限り、おそらく中央棟に向かったはずだ。あそこには過去から罪人を収容するための刑務所と病棟がある。

「はーい、行くよ。最初はグー」

桂樹の心配をよそに、子供たち三人は無邪気にじゃんけんを始めた。子供は子供なりの時間の使い方を知っているようだ。

「じゃんけんぽん!」

「あ、リルの負けだ」

「えーリル鬼は嫌だなー」

カリムやゼンはグーを出して、リルはチョキを出している。そんなほのぼのとした様子を眺めていると-----

「はい、桂樹、じゃんけん」

リルが、突然桂樹に向かって、じゃんけんを求めてきた。

「ぽんっ!」

桂樹が、反射的にパーを出すと、リルはチョキを出し「勝ったぁ」とピョンピョンと跳ねて喜んでいる。

「何だ何だ」

桂樹は、思わず自分の手を見る。

「じゃあ、桂樹が鬼ね!」

「リル、何かズルくない?」

「ちょっと待て、何の鬼だって?」

訊くと、三人同時に返事が返ってきた。

「かくれんぼ!」

「桂樹、目ぇつむって十数えろよ!」

「はぁぁ!」

「ちょっと待て!かくれんぼはちょっと----」

そう言っている内に、子供たちは隠れに行ってしまった。

「マズイだろう」

この研究室には、見られてはならないものが多く存在するのだ。桂樹は、慌ててかくれんぼのルールを無視して三人を探しに行った。

子供たちにとって、かくれんぼはちょっとした探検だった。十樹と桂樹に割り当てられたこの研究室は、奥にいくつもの部屋がある。 その扉の向こうにあるものは、まだ三人にとって未知の世界である。バタンバタンと、一つ一つ、扉を開ける度、新しい発見があるような気がした。

「別々の部屋に隠れようぜ」

「何か村に帰れるような情報があったら、教えろよ」

「うわあ、何かリル、わくわくしてきた」

三人は、皆、笑顔で別れた。しかし、その僅か十秒後には、皆の悲鳴が研究室に響き渡ることになる。

「こうなると思った」

桂樹は各々の声が聞こえる方向を見に行く。

------あの部屋に行っていないことを願って。

        

リルの悲鳴に、カリムとゼンは、慌てて自らの入った部屋の扉を閉めて、リルの悲鳴が聞こえた部屋に駆けつけた。

「リル、大丈夫か!?」

「オレ、ぜんっぜん大丈夫じゃねぇよ。気持ち悪りぃ・・・・」

「ゼンに訊いてないよ。今はリルを」

扉には、「関係者以外立ち入り禁止」の札がかかっていた。二人は、ごくんと生唾を飲んで、扉をゆっくりと開けると、呆然と腰を落している、リルの姿があった。

「-------・・っ」

カリムとゼンは声もなく立ち尽くす。

そこで三人が見たものは、信じられないものだった。青白い光り射す水槽の中、瞳を閉じ、水中に浮かんでいる十五歳ぐらいの少女の姿が、そこにはあった。