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パチパチパチ・・・
コンピュータパネルを忙しく打つ音がする。
国立幾何学大学の教授、白石十樹は、自らの所属する宇宙科学研究部で、近日中に提出を迫られている論文をまとめていた。
研究室には、複数の部屋があり、テレビやソファ等、必要最低限の家具が置かれている。研究室に入って、まず最初に飛び込んでくるのは特殊ガラスに覆われた十樹の造った人工宇宙だ。十樹が、宇宙を創造したのは、十八歳の時だった。特殊ガラスの中で、超新星爆発を誘発させることに成功し、数年間かけて人類を育てた第一人者であり、他の研究員の中でも天才的頭脳の持ち主として一目おかれている。今年で二十歳になる白石十樹は、グレーの髪にグレーの瞳、髪を長く伸ばし、紐でその髪を細くまとめている。
そんな十樹には、一卵性の双子の弟、白石桂樹がいた。桂樹は、忙しい十樹のサポートをしており、この研究室の宇宙の管理を共同で行っている。冷静沈着な十樹と違って、桂樹は、やんちゃな性格で落ち着きが無い。
十樹と同じグレーの髪にグレーの瞳をしている。同じ様に長い髪をまとめているが、十樹は、右で白い紐でまとめ、桂樹は左で黒い紐でまとめている。そんな彼らではあるが、互いの性格の違いから何かと衝突しやすく、あまり仲の良い関係とは言えなかった。しかし、上層部にとっては何かと都合が良いらしく、二人は一緒にあつかわれる事が多い。幾何学大学に入学した当初、生体医学部に所属していた二人だが、十樹が宇宙創造を果たすと、上層部は宇宙科学部を新設し、二人一緒に生体医学部から、移動させてしまったのである。そんな上層部の決定に二人は嫌気がさしていた。
十樹が論文を書き終えた頃、来訪者を告げるインターフォンのメロディが流れた。この研究室は防犯対策の為、瞳の紋で人物を確認する視紋チェックをしなければ入ることが出来ない。研究室の代表者は十樹であり、桂樹は、通常インターフォンを鳴らして、この研究室に入ることになっている。鍵は一つ。視紋照合も一人。この決まりを変えることは簡単だったが、代表者の十樹はそれを許さなかった。
十樹は、インターフォンの相手が桂樹だと分かると、手元のコントロールパネルのボタンを押して研究室の扉を開けた。すると、シュンと音を立てて入り口が開き、桂樹が入ってきた。
「何か用か?」
「中等部から、宇宙作成キットが届いたんだ。悪いが、プラネタウンに行って生徒たちの研究の採点をしてくれないか?」
宇宙作成キットと言うのは、十樹の造りだした、三角錐の形をした、ミニチュア宇宙である。十樹が研究の合間に造りだしたものだが、今では、その作成が生徒たちの課題として、扱われている。
「へいへい」
桂樹は適当な返事をすると、十樹から宇宙作成キットを受け取り、プラネタウンへと向かった。
☆
円形のプラネタリウムの様なドームの中心には、投影機がある。桂樹は、一人一人の宇宙作成キットの基盤となっているカプセルを取り出した。それを、中心にある投影機にセットすると、各々が作成した宇宙の星々が映し出される仕組みだ。桂樹に任された仕事は、作成した宇宙に存在する生命体や繁栄率等を調べ、採点をする。そんな仕事だったのだが・・・。
桂樹が、ある一つのカプセルを投影機にセットしたその時、事件は起こった。
「うわああああ!」
宙から、悲鳴ともつかない声が聞こえてきたのだ。
「はあああっ!?」
桂樹は、その声に驚き上を見た-----途端。
宙から人が落ちてきたのだ。しかも、一人ではなく三人。
ドスーンと重く鈍い音がして、桂樹は三人の下敷きになってしまい、そのまま気を失った。
☆
「あっ!リル、このおじさん知ってる」
「知り合いなのか?」
「完全に気絶してんなぁ」
意識の片隅で、桂樹は声を聞いた。
どうやら、オレを下敷きにして、三人は助かったようだ。
しかし、この声は----子供?
「ねえ、おじさん、起きて起きて!」
ぺちぺちぺちぺちと連続して頬を叩かれて、桂樹の意識はぼんやりと元に戻った。
-----おじさん?
どう見ても、オレに対する表現は、お兄さんだろうが。
「いっててて・・・・」
「あっ起きた!起きたよ!おじさん大丈夫?」
桂樹を不愉快な気分にさせながら、明るい声で状態を尋ねてくるのは、髪をツインテールにした、まだ幼い少女だった。
このプラネタウンに、一般の子供は入れないはずなのに・・・この研究所の警備システムや大学警察は何をしてるんだ?
「お前たち、どこから入って来たんだ?」
「扉から!」
三人は声を合わせて元気に答える。
元気がいいのは何よりだが。
「このドームの上に扉があるのか?今まで宙から人が降って来るようなこと一切なかったぞ」
「あ!それは扉に入って歩いている内に、上と下が入れ替わっちゃったの」
身振り手振りで少女が説明するが、桂樹にはさっぱり分からなかった。すると、少しは賢そうな少年がフォローした。
「つまり、歩いていたら突然重力が変化したんです」
「そんで気づいたら、真っ逆さまに落ちたんだって、・・・すげーここ何?」
キョロキョロと周囲を見ているのは、髪を肩まで伸ばした少年だった。宙に浮かんだ星をジャンプして取ろうとしている。
「・・・・・」
こういう時は、どうすれば良かったか。大学の管理局に連絡するか。いやいや、戦場送りになる可能性が、過去の例を見てもある。
「ねぇ、おじさん」
桂樹が黙々と考え、頭を抱えていると、少女が着ている白衣の裾を引っ張った。
「この間、元に戻る方法があるかも知れないって言ったでしょ?」
「何の話だ?お前たちに会うのは、今日が初めてだぞ」
「リルはこの間会ったの!おじさんと!」
「おじさんと呼ぶなっ!おにーさんだ!」
桂樹は、リルと名乗った少女の顔を、むににに・・・と指で頬を伸ばして言った。
「リルに何するんだ!離せ!」
少年の一人が、桂樹の手を振り払って少女を庇う。
「なぁ、リル。本当にこいつに会ったのかよ」
「そうだけど、・・・・このおじさん忘れちゃったのかなぁ?」
「怪しい奴に近寄っちゃ駄目だって・・・」
桂樹を見ながら、ひそひそと話をしているかと思いきや、突然、三人はその場から走り出した。それを桂樹は、ぱしぱしぱしっと軽く手で服を掴み、制止した。
「こらこら、そう急ぐな」
「離せー!」
じたばたする子供たちを宥めるように桂樹は言う。
「その、リルちゃんとやらが話す人物に心当たりがある。会わせてやるから、大人しくついて来い」
桂樹は、白衣を翻してプラネタウンを出た。
三人は「大丈夫かなぁ」「怪しい奴」「絶対このおじさん!」だの、好き勝手なことを言いながら、ついてくる。
-----いつの間にここは保育所になったんだ。
桂樹の問いに答える相手もいないまま、三人を連れてある場所へと向かった。
-----確かこの時間は、十樹は第三棟の食堂で少し遅めの昼食を食べているはずだ。
「・・・・・」
桂樹は、無駄に記憶力の良い、自分の頭を呪って、舌打ちをした。最も、十樹の行動を知っていなければ、視紋チェックがある限り、 研究室にも戻れないわけだが・・・。
こそこそと身を隠すようにしながら、ついて来る三人は、「あれ何?」「何かすげーよ、ここ」と興味の対象を桂樹から、窓の外に見える風景や、大学構内にあるオブジェ等に移していた。
何がそんなに珍しいのか。
「おいっ、お前ら!ちゃんとはぐれずについて来るんだぞ」
桂樹が、そう声を掛けた時、三人は別の人物について行こうとしていた。人間違いに気づいた三人は、慌てて桂樹の元に戻った。
「ちゃんとオレについて来いよ。何があるか分からないんだからな!」
幾何学大学の治安は、あまり良くない。大学の治安を守る為に、大学警察が巡回しているが、何か事件が起こらない限り動き出さない。大学警察は、この幾何学大学の研究員になれなかった、所謂「落ちこぼれ」が多いのだ。あえて志願して大学警察になるような、正義感の強いものは、ほぼいなかった。放ったらかしの構内で、治安が良くなるはずもないだろう。
そう、自分たちも決して無罪ではないのだ。 大学の許可なく、研究しているあの件においては。桂樹は、出来れば会いたくない嫌な人物に会った時に、それを思い出した。
「やあ、久しぶりだね」
「神埼」
「珍しいな、今ここに君が来るのは」
「どういう意味だ」
言いながら、桂樹には分かっていた。神埼の後ろに位置しているのは、十樹のいる食堂だ。 神埼もまた、十樹の行動を把握している人物であり、二人の最大の敵である。
神埼亨は、生体医学部で一緒に研究をしていた研究員の一人で、黒い髪に紫の瞳、幾何学大学指定の同じ白衣を身にまとい、眼鏡をかけている。
「後ろにいる三人の子供は誰だ?」
「神埼は、十樹に用があるんだろう?こいつらは関係ないはずだ」
「今、もう会って来たよ。例の件で-----」
「例の件?」
「君も知っていることだ」
神埼の目が鋭く光る。桂樹は、その誘導にひっかかる程まぬけではない。「何のことだか」と神埼を適当にあしらう。
「ほら、ちび共、来い!」
「ちびじゃねーよ」
桂樹は、毒づく子供たちを不快に思いながらも、その背を押して食堂へ入った。