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「今、白石先生達は外出中ですが・・・」
「それは、返って好都合だ。開けなさい」
橘は、研究室の扉を開けることをためらったが、インターフォンに映る面々が、理事会に出席するような上役であることに気づき、大人しく研究室を開けることにした。すると、ゾロゾロと人が入ってきた。「第四研究室はどこかね」
メインコンピューターへの、ハッキングがバレたのかと思えば、どうやら目的は、クローンの亜樹のことらしい。目前にいる女性が、クローンであるという事を知らないまま、第四研究室に入る。
「神埼教授が言っておられたのは、この部屋かね?」
「ええ、ですが・・・」
第四研究室の内部を見た神埼教授は、言葉を濁らせた。そこには、亜樹の生まれた形跡が、まるで何一つ残されていなかったのである。
「どうやら、ここでクローンが造られているという噂はデマらしいな。神埼教授は、何か思い違いをされておられるようだ」
「そんなはずは!」
神埼教授は、研究所の室内を次々と見て回った。しかし、クローンが造られているような形跡はどこにも残されていなかった。
「橘くんは、知っているのだろう!クローンはどこへやった」
橘は「知りません」と一言返して口を噤んだ。
亜樹は、神埼教授に一礼して、「お帰り下さい」と申し訳なさそうに言った。
「それより、どうしてここに何かがあると、核心して来られたんでしょうか?」
「それは、君に・・・・いや、何でもない」
「神埼教授には、いつも色々なものを頂きまして、ありがとうございます」
橘が、神埼教授にした感謝の言葉は本心でない。神埼教授は、まだ幼い橘に盗聴器を仕込んだ当人であるのだから。神埼教授は、こほんと咳ばらいをし、亜樹を見た。
「彼女は誰だ?」
「申し遅れました。先日、こちらの研究室に配属となった白石亜樹と申します。いつも兄達がお世話になっております」
「亜樹?亜樹というのか!?君だな!クローンは」
神埼教授は、亜樹に詰め寄ると「いい加減にしろ」とカリムが言った。
「クローンが、こんな流暢に喋るわけないだろ」
「それもそうだ、それは言う通りだが・・・息子が」
「息子?」
「いや、何でもない」
神埼教授は、クローンの情報を、息子の神埼亨から得られたものだという事を隠しておきたいようだった。
「神埼教授、記録によると、白石亜樹さんは、二日前こちらに配属されたそうです。亜樹さんはクローンでは有り得ません」
ハンディコンピューターを手に、神埼教授の助手が言う。
「ううむ・・・仕方がない。一端、引き上げよう」
「今度は、白石先生がいる時に来て下さい」
橘が、そう言うと「一体、どんなマジックを使ったのか」と往生際悪く、ぶつぶつ呟いていた。そして、理事会のメンバーが部屋を去ると、橘とカリムと亜樹は、「やったぁ」と三人でハイタッチした。
「ところで、亜樹さんは、白石先生達の妹さんなんですか?」
「ええ、そうよ。でも何故、今ここにいるのか分からないの」
「お姉さんは、ついさっきまで寝てたからなぁ」
「・・・・私、寝てたのかしら?」
亜樹は、自分がクローンである自覚はないらしく、「悪い夢を見たの」と小さく言った。 ゆるいウェーブのかかった髪をかき上げて、一つ一つ思い出すかの様に語り始めた。
「小さい私は・・・幾何学大学へ行った兄さん達を追いかけて、おやつを食べながら歩いていたの。-----そうしたら」
「お姉さんが見た、夢の話?」
「ええ、でもすごく鮮明に覚えているわ。私、エアカーにひかれたんだと思うの。呼吸が出来なくなって、傷口を押さえても、流れ出る血が掌を染めて-----」
亜樹の顔が、瞬間、青ざめて見えた。二人はごくんと唾を飲んだ。
「でも、私はここにいて、不思議ね」
そう言って、また穏やかに笑った。
「-----夢で、良かったですね」
橘は、複雑な心境でそう言ったが、本当は、橘にもカリムにも分かっていた。その夢は恐らく亜樹が実際に死亡する直前に体験した、現実にあった出来事なのだと。
☆
「遠野さん、患者さんの服が二着たりないんだけど、知らないかしら?」
「さ、さあ、私は知りませんけど」
遠野瑞穂は、婦長の言葉に、ぎくりとした。まさか勝手に部外者に貸し出したとは言えない。
「婦長、私が残業して探しておきますから」
「そお?じゃあ、お願いね」
幾何学大学病院の医局は、通常二交代制であるが、七時以降は残業となっている。
(あの二人、何やってんのよ!)
瑞穂は、心の中でそう呟いて、特別病棟のある通路を覗き込む、が、一向に二人が帰ってくる気配がない。瑞穂としてば、出来れば七時以降の当番が来る前に事を済ませておきたいところだ。
(スペア・キーは、あるんだけど・・・)
病院内でも、特別病棟の中は極秘としれていて、鍵を預かる身になっても、中の様子を伺ったことはない。何があるか分からない、避けるべき場所なのだということは、瑞穂にも分かっている。
(十樹くんが、無事に帰って来るってことは、危険はないのかな?)
「ええい」
瑞穂は、大人しく待っているのは、性に合わない、とスペア・キーを持って特別病棟へと向かった。