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「はぁ、はぁ」
カリムは、神埼のいる研究室に向かい走っていた。食堂の調理員に地図を書いてもらったものの、神埼のいる研究室は、かなり入り組んだところにあり、枝分かれした道に迷いながら、ようやく目前まで来た。
カリムが、角を曲がろうとしたその時-----
「おっと」
一人に男とぶつかりそうになり、「すみません」とカリムが頭を下げた。しかし、ぶつかったその男の顔を見て驚く。神埼だったのだ。
「君は・・・・カリム君、こんな所で何をしてるんだい」
名前を呼ばれた。
本来なら、知ることのない名前を------
けれど、今はそんな事より・・・
「小さい女の子を知りませんか?」
まだ落ち着かない息を切らせながら、神埼に聞く。
「何故、僕に訊くんだい?」
「あなたが・・・あなたが食堂で一緒にいるのを見かけた目撃者が何人かいます」
「ああ、リルちゃんのことか。彼女とは、もう別れたよ」
神埼は、どうやらカリム達の名前を把握しているらしい。カリムは、神埼への警戒心を強めた。
「そう睨みつけないでくれないか。君は、彼女を探しているらしいが、彼女はもう君のことを必要としていないかも知れないよ」
「-----どう言う意味ですか」
「君は、頭のいい子だ。一つ選択肢をあげよう。君たちが元いた村に帰ろうとするなら、村そのものを消してしまうが・・・君の記憶と村の人々、選ぶとしたらどちらを取
る?」-------記憶?村を消す?
「記憶とは、過去の経験を保ち続ける心の作用だ。どうだい?それに逆らって、新しい自分に生まれ変わってみたいとは思わないか」
「生憎、僕は今の自分に十分満足しているんです。生まれ変わりだとか、新しい自分にとか、なりたいと思ったことはありません」
カリムは、神埼をぎっと睨みつけて言った。
この神埼という人間が、どれほどの事が出来るのかなんて、知ったことじゃない。
今はただ------
「リルはどこにいるんですか」
「今の君には教えられないな・・・でも僕の研究室に来たら、君の知りたいこの世界の全てを教えてあげよう。箱庭のような君の村のこともね」
神埼は、カリムに顔を近づけて言う。
「-----カリム!」
「おやおや、迎えが来たみたいだよ」
「十樹、桂樹・・・・」
カリムは振り返り、二人の顔を見て安堵の息をついた。正直、神埼のような人格の持ち主と、会話をするのが苦しかった。十樹と桂樹は、カリムを庇うかのように、神埼の前に立った。
「十樹、桂樹、リルが----」
「カリム、君は心配しなくていい。私たちがきっとリルを見つけるからね」
十樹は、指でカリムの言葉を遮る。神埼は、はっと笑った。
「とんだ茶番だな。まぁいい、今度の理事会で上層部から君たちの研究が日の目を見るだろう。その日を楽しみにしているよ」
「何の事だ」
「しらばっくれていられるのも今の内だ。君たちの声は筒抜けだという事を知るべきだ」
神埼は、そう言い残すと、自分の研究室の中に入って行ってしまった。
「研究が日の目に・・・?」
「上層部の事だ。きっとまたロクでもない事を考えついたんだろう」
十樹と桂樹の研究で、宇宙開発の話は、大学公認でしていることだ。既に許可されている研究ではないだろう-----。
------恐らく、クローンだ。
それが日の目を見るってことは。
「カリム・・・一度研究室に戻ろう」
「-----はい」
カリムは、素直に答えて二人に従った。
☆
睡眠導入剤を打たれたものの、寝付けなかった橘は、第四研究室の亜樹の部屋にいた。 先程の十樹の様に、亜樹をぼんやりとガラス越しに見ていた。青い光に包まれて眠っている亜樹は、まるで人魚のように綺麗だった。今にも目覚めそうな姿に、橘は自分の境遇と重ねていた。
「-----僕も、貴方と同じ実験体なのかも知れませんね」
橘は、水槽に手をついて、そう呟いた。
まだ、橘は、亜樹が十樹の妹だという事を知らない。十樹は、橘に必要最低限のことしか伝えていないからだ。
------来るべき時が来たら、亜樹は目覚める。
そう十樹は、言っていた。それが、人工的に目覚めるのか、それとも自然に目覚めるのかを知っているのは、亜樹のクローンを造った十樹しか知り得ないことだ。
「僕は、これから、どんな顔で、両親や神埼教授に会えばいいんでしょうか?」
橘は、返答等返ってこないことを承知の上で、亜樹に聞く。水槽の中は、こぽこぽと亜樹の呼吸音が響いては消えていた。そして、ガラスに額をこつん、とついた橘は、その時、亜樹の瞳がうっすらと開いていたことを、知る由もなかった。