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SKY CAFE

 幾何学大学 ~幻の村~

 

そう問われて、ゼンは自分が患者の服を着ている事に、今更ながら気づいた。

-----マズイ

「脱走者だ!人を呼んでくれ!」

「オレは、怪しいヤツじゃないって!放せ!放せー!」

数人の大学警察が現れて、ゼンの両手足を軽々と持ち上げると、通路向こうにある、格子のかかった扉の中に放り投げられた。

「おい!どこだよ・・・っここ、出せー!」

ゼンは叫びながら、中なのか外なのか分からない感覚に襲われた。何故なら、放り込まれたそこは、先程までいた幾何学大学の研究室より、はるかに広い草原だったのだ。

「ちょっと待て!入れろー出せー!」

ゼンは、混乱の中、叫び続けた。

        

「終わったよ」

橘が、ベッドで目を覚ました時、十樹が静かにそう言った。

オペ室に入ったのは昼の一時、今は四時だから約三時間程の手術だったようだ。

「君につけられた盗聴器は、跡形もなくレーザーで焼ききったから問題ない」

「良かったな」

「・・・はい」

橘は、頭に傷跡がないことを確認して、ほっと息をついた。

「ただ同時に------盗聴器そのものを消してしまったため、レントゲン以外に確かな証拠は何もない・・・つまり、神埼教授を訴える材料がなくなってしまった訳だ

が・・・」

「訴えるつもりはありません・・・人間不信に陥りそうですが、気づいて下さって良かったです」

淡々と話す橘は、ショックを隠し切れないのかどこか無表情だった。無理もないのであろう。本人が知らない内に、スパイの様な役割を勝手に任されていたのだから-----

「僕の家は、何故か誰も働いていないのに、裕福でした。お金に困っているようなことを、一度たりとも聞いたことがありません」

「そうか」

「幼い頃から、研究所によく連れていかれました。父は僕のことを、自慢の息子だと----」

「-----ちょっと眠るといい。睡眠導入剤を打つから腕を出しなさい」

「はい・・・・」

十樹の提案を、橘はすんなり受け入れて、十樹に腕を差し出した。橘家は、橘自身が、恐らく家族を養ってきたのであろう。それを承諾していた橘の父親は、多額の金を神埼グループから受け取り、裕福な生活を送っていたのだとしたら。

-----これから、橘家はどうなるのだろうか。

『彼らを倫理委員会に突き出すのは、私と貴方です』

神埼の言葉が、リフレインする。

神埼の言った、「貴方」が橘の父親である可能性を考えて、桂樹は身震いをした。

         

カリムが、食堂に入る為に、食堂の中から出て来た調理員に人を探していることを話すと、あっさり中に入れてくれた。

「どうだい?見つかったかい?」

食堂の中には、十数人の学生らしき人たちが食事をしていたが、リルの姿は見当たらなかった。

「いないです-----あの、僕と同じくらいの年の少女は見ませんでしたか?」

「ああ、あの実験体の子のことかな?」

「実験体!?」

調理員の言葉に、カリムは、ぎょっとした。

「実験体ってどういう事ですか?」

「先刻までいたよ。実験体の服を着た娘が-----ほら、あそこのテーブルにいたんだ」

調理員は、山ほどの食料が置いてあるテーブルを指さして言った。誰が食べるとも知れない食事を見て、調理員は、あんなに食べ残してと文句を言う。

「神埼先生が、連れていた子だよ」

「どこに行きましたか」

「さぁ、神埼先生の研究室なんじゃないかな。待ってな、今、地図を書いてやる」

------多分、リルに間違いないだろう。

でも、実験体って、それじゃリルはどうなるんだ。

親切な調理員から地図を受け取ると、ぎゅっとそれを手に握って、神埼の研究室に向かい走りだした。

          

「ちくしょー、中に入れろよー」

いい加減、叫び疲れたゼンが、ぜえぜえと息をついていると、一人の老人が話しかけてきた。

「おや?また新入りさんかい?」

「また?」

「さっき、小さな嬢ちゃんが来たと思いきや、今度は坊ちゃんか」

老人は、ほっほっほと笑いながら、髭を撫ぜた。

「おい、じーちゃん、笑ってる場合じゃないんだよ」

「最近は、若い者がくるから、楽しいんじゃよ」

「呑気だなぁ。自分の立場、分かってないんじゃないのか?」

ゼンが、呆れてそう問うと、老人は言った。

「わしは、この村の村長だからの。一通りの住人は把握しとるんじゃよ」

「村長?」

ここは鉄格子の中だと言うのに、どうやら村が成り立っているらしい。

(このじーさん、ボケてんのか?)

「なぁ、ここ何て村だよ」

「ここは、カーティス村と言うんじゃ」

「カーティス村ぁ!?」

ゼンは驚いた。カーティス村と言えば、ゼンたちが住んでいた村の名前だ。偶然の一致のはずがない。

「わしが昔、ここに来た時に名づけたんじゃがな。ちょっとついて来んさい」

老人は、また、ほっほっほと笑うと、ゼンを促し広い草原を歩き始めた。

ついていけば、何か分かるかもしれない。 ゼンは、そう思いながら、老人の後を歩き始めた。

途中、何人かの人とすれ違う。皆は、村長に挨拶をしていた。

「このトマト、家の畑でとれたんだ。村長もってってくれ」

「おお、これは見事な!ありがとさん」

「そこの子も、食べな、旨いぞ」

「あ、どうも」

ゼンは、住人からトマトを受け取ると、お腹のすいた状態であったことを思い出して、トマトにかぷりと噛り付いた。

「うまい!」

「だろ?また食わせてやるよ」

頭をくしゃりと撫でられて、ゼンは何だか懐かしくなった。

-----まるで、元の村にいる時みたいだ。

そして、しばらく歩いていくと、村の集落の様な所へ着いた。ゼンは建物を見て驚いた。 一軒一軒、場所は違えど、幼い頃、ゼンのいたカーティス村にある建物と、同じだったのだ。そして、住人が楽しそうに話をしている輪の中央にいたのは、カルムとゼンが探していた、桜模様の服を着ている、リルだったのだ。

         

「リル!リルじゃないか!探したんだぜ!?」

ゼンがそう言うと、リルが振り向いた。が、返ってきたのは意外な一言だった。

「------だぁれ?」

「へっ?」

まるで知らない人を見るような瞳でゼンを見るリルに愕然とした。

「なっ、なに言ってるんだよリル!オレだよ」

「お名前は?」

「・・・・ゼン・・・ってリル、お前どうしちまったんだ」

リルの肩を掴んで、ゼンは勢いまかせにゆすった。リルはきょとん、とした表情で、かくかく首を上下させ、揺すられていた。

「その子は、新しくこの村に引っ越してきた娘だよ。両親は亡くなられて一人だってさ。もっと優しくしてあげんさい」

「両親が死んだって!?リル、お前の母親はあの村で生きてるじゃねぇか!」

「何のこと?リル・・・知らない」

「しっかりしろよお!」

ゼンの叫びは、辺りに空しく響いた。