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そう問われて、ゼンは自分が患者の服を着ている事に、今更ながら気づいた。
-----マズイ
「脱走者だ!人を呼んでくれ!」
「オレは、怪しいヤツじゃないって!放せ!放せー!」
数人の大学警察が現れて、ゼンの両手足を軽々と持ち上げると、通路向こうにある、格子のかかった扉の中に放り投げられた。
「おい!どこだよ・・・っここ、出せー!」
ゼンは叫びながら、中なのか外なのか分からない感覚に襲われた。何故なら、放り込まれたそこは、先程までいた幾何学大学の研究室より、はるかに広い草原だったのだ。
「ちょっと待て!入れろー出せー!」
ゼンは、混乱の中、叫び続けた。
☆
「終わったよ」
橘が、ベッドで目を覚ました時、十樹が静かにそう言った。
オペ室に入ったのは昼の一時、今は四時だから約三時間程の手術だったようだ。
「君につけられた盗聴器は、跡形もなくレーザーで焼ききったから問題ない」
「良かったな」
「・・・はい」
橘は、頭に傷跡がないことを確認して、ほっと息をついた。
「ただ同時に------盗聴器そのものを消してしまったため、レントゲン以外に確かな証拠は何もない・・・つまり、神埼教授を訴える材料がなくなってしまった訳だ
が・・・」「訴えるつもりはありません・・・人間不信に陥りそうですが、気づいて下さって良かったです」
淡々と話す橘は、ショックを隠し切れないのかどこか無表情だった。無理もないのであろう。本人が知らない内に、スパイの様な役割を勝手に任されていたのだから-----
「僕の家は、何故か誰も働いていないのに、裕福でした。お金に困っているようなことを、一度たりとも聞いたことがありません」
「そうか」
「幼い頃から、研究所によく連れていかれました。父は僕のことを、自慢の息子だと----」
「-----ちょっと眠るといい。睡眠導入剤を打つから腕を出しなさい」
「はい・・・・」
十樹の提案を、橘はすんなり受け入れて、十樹に腕を差し出した。橘家は、橘自身が、恐らく家族を養ってきたのであろう。それを承諾していた橘の父親は、多額の金を神埼グループから受け取り、裕福な生活を送っていたのだとしたら。
-----これから、橘家はどうなるのだろうか。
『彼らを倫理委員会に突き出すのは、私と貴方です』
神埼の言葉が、リフレインする。
神埼の言った、「貴方」が橘の父親である可能性を考えて、桂樹は身震いをした。
☆
カリムが、食堂に入る為に、食堂の中から出て来た調理員に人を探していることを話すと、あっさり中に入れてくれた。
「どうだい?見つかったかい?」
食堂の中には、十数人の学生らしき人たちが食事をしていたが、リルの姿は見当たらなかった。
「いないです-----あの、僕と同じくらいの年の少女は見ませんでしたか?」
「ああ、あの実験体の子のことかな?」
「実験体!?」
調理員の言葉に、カリムは、ぎょっとした。
「実験体ってどういう事ですか?」
「先刻までいたよ。実験体の服を着た娘が-----ほら、あそこのテーブルにいたんだ」
調理員は、山ほどの食料が置いてあるテーブルを指さして言った。誰が食べるとも知れない食事を見て、調理員は、あんなに食べ残してと文句を言う。
「神埼先生が、連れていた子だよ」
「どこに行きましたか」
「さぁ、神埼先生の研究室なんじゃないかな。待ってな、今、地図を書いてやる」
------多分、リルに間違いないだろう。
でも、実験体って、それじゃリルはどうなるんだ。
親切な調理員から地図を受け取ると、ぎゅっとそれを手に握って、神埼の研究室に向かい走りだした。
☆
「ちくしょー、中に入れろよー」
いい加減、叫び疲れたゼンが、ぜえぜえと息をついていると、一人の老人が話しかけてきた。
「おや?また新入りさんかい?」
「また?」
「さっき、小さな嬢ちゃんが来たと思いきや、今度は坊ちゃんか」
老人は、ほっほっほと笑いながら、髭を撫ぜた。
「おい、じーちゃん、笑ってる場合じゃないんだよ」
「最近は、若い者がくるから、楽しいんじゃよ」
「呑気だなぁ。自分の立場、分かってないんじゃないのか?」
ゼンが、呆れてそう問うと、老人は言った。
「わしは、この村の村長だからの。一通りの住人は把握しとるんじゃよ」
「村長?」
ここは鉄格子の中だと言うのに、どうやら村が成り立っているらしい。
(このじーさん、ボケてんのか?)
「なぁ、ここ何て村だよ」
「ここは、カーティス村と言うんじゃ」
「カーティス村ぁ!?」
ゼンは驚いた。カーティス村と言えば、ゼンたちが住んでいた村の名前だ。偶然の一致のはずがない。
「わしが昔、ここに来た時に名づけたんじゃがな。ちょっとついて来んさい」
老人は、また、ほっほっほと笑うと、ゼンを促し広い草原を歩き始めた。
ついていけば、何か分かるかもしれない。 ゼンは、そう思いながら、老人の後を歩き始めた。
途中、何人かの人とすれ違う。皆は、村長に挨拶をしていた。
「このトマト、家の畑でとれたんだ。村長もってってくれ」
「おお、これは見事な!ありがとさん」
「そこの子も、食べな、旨いぞ」
「あ、どうも」
ゼンは、住人からトマトを受け取ると、お腹のすいた状態であったことを思い出して、トマトにかぷりと噛り付いた。
「うまい!」
「だろ?また食わせてやるよ」
頭をくしゃりと撫でられて、ゼンは何だか懐かしくなった。
-----まるで、元の村にいる時みたいだ。
そして、しばらく歩いていくと、村の集落の様な所へ着いた。ゼンは建物を見て驚いた。 一軒一軒、場所は違えど、幼い頃、ゼンのいたカーティス村にある建物と、同じだったのだ。そして、住人が楽しそうに話をしている輪の中央にいたのは、カルムとゼンが探していた、桜模様の服を着ている、リルだったのだ。
☆
「リル!リルじゃないか!探したんだぜ!?」
ゼンがそう言うと、リルが振り向いた。が、返ってきたのは意外な一言だった。
「------だぁれ?」
「へっ?」
まるで知らない人を見るような瞳でゼンを見るリルに愕然とした。
「なっ、なに言ってるんだよリル!オレだよ」
「お名前は?」
「・・・・ゼン・・・ってリル、お前どうしちまったんだ」
リルの肩を掴んで、ゼンは勢いまかせにゆすった。リルはきょとん、とした表情で、かくかく首を上下させ、揺すられていた。
「その子は、新しくこの村に引っ越してきた娘だよ。両親は亡くなられて一人だってさ。もっと優しくしてあげんさい」
「両親が死んだって!?リル、お前の母親はあの村で生きてるじゃねぇか!」
「何のこと?リル・・・知らない」
「しっかりしろよお!」
ゼンの叫びは、辺りに空しく響いた。