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「リルは帰ってきたか」
研究室に十樹が帰ってきての第一声。橘が、服を着なおしている時だった。
「橘くん、何してるんだ?」
「訊かないで下さい」
半裸で、服に腕を通している橘を見て、十樹は。
「君・・・・ストリップの趣味でも・・・」
「ありません!!」
橘は、十樹の台詞を大きく否定して、まるで傷ついた子犬のような瞳をした。
隣にいる桂樹は、脳のレントゲン写真を見ながら言った。
「十樹、今、橘の全身をスキャンしたら・・・」
「スキャン・・・?」
「頭の中に何かあるんだ」
桂樹は、橘のレントゲンを見せた。
「盗聴センサーを頭に向けてみたら、頭の中から微弱な盗聴器の反応が----」
「これは------」
十樹は、受け取ったレントゲンを見ると、脳の中に四角く、黒い影が映り込んでいた。腫瘍なら、こんな形にはならないはずだ。
「盗聴器が、頭の中にあるって事・・・か」
「ああ」
十樹は、ふと思い出す。そう言えば、神埼との関係を問い尋ねたとき、幾何学大学病院で、五歳の時に手術を行っていた経緯があった。
-----橘は、まさかその時に。
「これ、オレたちで、とってやるしかないだろう」
「なるべく早急に処理しよう」
十樹は、そう言うと、オペ室の予約を取るために、幾何学大学病院へコンピューターを接続し忙しくパネルを押し始めた。
「なぁ、リルは?」
「まだ見つからないが、リルがいるかも知れない場所は知っている」
「じゃあ、早く迎えにいってよ」
カリムは酷く不満気に、十樹を見た。
「大丈夫、そこは安全な場所だ-----ただ」
「ただ?」
「ああ、何でもない。何でもないよ」
リルが、神埼の手により、何らかの記憶操作をされている可能性があることを、十樹は伝えられずにいた。
「もういい!オレたちリルを探しに行く!ゼン行くぞ」
そう言うと、二人は研究室から出て行ってしまった。
「宜しかったんですか?」
橘が問う。
「取り合えず、橘君のことを優先する。あの二人は多分大丈夫だろう」
「------僕は、五歳の頃からずっと盗聴されていたのでしょうか」
不安気な様子の橘に、返せる言葉はないに等しかった。
「大丈夫。それも今日で終わりだ」
「思えば、僕の父さんは「いつも壁に目があると思って生きろ」と言うのが、口癖でした」
橘は、くっと口をくいしばって、泣くのをこらえているようだった。
「神崎教授は、いつも僕の欲しがっている物を、クリスマスや誕生日に贈ってくれていたんです。神崎教授には、何も言っていないのに僕の欲しいものが分かっていて、不思議だな、と」
「-------」
「父さんもグルだったんでしょうか?」
絶望的な環境の中で、幸せを信じていた橘にとっては、余程ショックなことだろう。大学ぐるみの犯行としか言い様がない。
「君の事も、色々調べてみることにしよう。
誰が敵で、誰が味方なのかを知っておく権利はあるはずだ」
倫理委員会に訴えたいのは、十樹たちの方だった。まさか、人間を盗聴器として、研究室に送り込んでくるとは思わなかった。
「------以降、筆談で話すように」
十樹はそう言うと、橘はこくりと頷いた。
☆
「おや?気づいてしまった様だな・・・まぁ、いいさ」
神埼は、無音になったイヤホンを耳から外し、白衣のポケットへしまうと「軍事用クローン」の製造方法を考えた。十樹は、既にクローンを造る術を知っている。クローンは違法だからと、今まで医学の道のトップである事を望んできたが、どうやら時代は流れ、新時代を迎えようとしているらしい。
-----しかし、あの白石十樹をどう説得するか・・・それが問題だが。
「十樹がクローン体を造り、僕が記憶操作をする。完璧じゃないか」
神埼は、実現不可能な夢を呟いて、軍事用クローンの計画をコンピューターに打ち込み始めた。
☆
「ちくしょー!リル、どこ行ったんだ」
「ゼン、二手に別れて探そう」
長い廊下の先は、行き止まり。左右に別れており、カリムは左の廊下へ、ゼンは右の廊下へ走り出した。 しかし、どこへ行っても、大学の居住者である証明パスが必要で、それ以上、探しようがなかった。
------もしかしたら、大学の外に居るかも知れない。
そう思ったカリムは、廊下の窓を開けて、大学内の中庭に出た。中庭は、ちょっとした公園のようになっていて、所々にベンチが設置されている。大学内の恋人たちの憩い場になっており、カリムは気恥ずかしさを覚えながらも、その恋人たちに「僕と同じ年くらいの小さな女の子は見ませんでしたか?」と尋ねて回った。
「ああ、食堂で神埼先生と一緒にいる所を見たよ」
最も、もうあれから三時間は経っているから、今はもういないだろうけど--------そう言った。
------でも、神埼ってヤツ、十樹たちが警戒している人物ではなかっただろうか?
研究室内を盗聴していたのであれば、神埼ってヤツとリルが出会ったのは、偶然ではなく必然だ。十樹は大丈夫だと言っていたが、思ったより事態は深刻なのか?カリムは十樹の物言いに嫌な予感がした。
一方、ゼンは、証明パスが必要な場所でも、大学内の生徒が通りかかる度、足並みをそろえ難なく通過してしまっていた。ゼンはもちろんリルを探していたのだが、同時に父親をも探しに出ていたので、ゼンの父親がいそうな、中央棟の病院にまで入り込み、複雑な内部にまで到達している。
辺りをキョロキョロと見渡していると、大人たちが声をかけて来た。
「君は、どこへ行くつもりなんだ?」
「人を探してるんだよ」
濃紺の制服に、幾何学大学のワッペンが袖についている、大学警察だ。
そんな存在を全く知らないゼンは、不信感を特別に抱くことなく警察に話しかけた。
「ジム・カインって、どこの病室にいるか知んない?おじさん」
「ジム・カイン・・・?さあ聞いたことはないな」
言いながら、大学警察はゼンにガチャと手錠をかけた。
「へ?」
「先刻から、中央センサーのアラームが鳴りっぱなしでね・・・どうやらパスエラーの原因は君らしい」
「はぁ!?」
「君は、どこの患者だ?」