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SKY CAFE

 小春日和 

――やっちゃった……。

 

走りながら、胡春は自身の失敗に反省をしていた。胡春はまだ三十分程、始まるまで時間があるものの、柊は残り十分で試験が始まってしまうのだ。そんな時間まで自分に付き合ってくれた柊に、申し訳なさで一杯だ。

     

「お前はあっちの試験会場だ。せいぜい頑張れよ、赤点常習犯!」

 

「うるさーい」

 

分かれ道、柊に励ましなのかよく分からない言葉をかけられる。自分のせいでこんなにも遅れてしまっているというのに、柊は一切その事について触れることはない。それがありがたいと同時に、自分が情けなく思えた。

 

柊の言う通り、先に進むと『女子試験会場』と書かれた矢印つきの看板が見えてくる。その方向に従って校門を抜けると、玄関口が見えた。試験官が立っている。

 

(……あ、そうだ受検票を提示しなきゃ)

 

受検票を試験官に見せなければ入れないことを思い出し、カバンを探って受検票を出す。だがそこには「荻野胡春」の名前はなく、「藤咲柊」の名前があった。

 

――えっ!?

 

一瞬、呆然とした。しかしすぐに思考が戻ってくる。

 

――そうだ。柊に、受検票をお守りにしたいからって、柊の受験票と交換してたんだった。

 

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同時刻。男子試験会場でも、同じ失敗に柊はうな垂れていた。

 

(――オレとしたことが)

 

そもそも、自分が気付かなかったのがいけなかったのだ。いくら急いでいたとはいえ、胡春に受検票を返せと言い忘れていた自分のせいなのだ。

   

(胡春に連絡を――)

 

今は過去のことを嘆いている時ではない。柊は後悔を一瞬で済ませ、胡春に連絡をとることが先決だと、電話をかける。

 

しかし――

 

『ただ今、電話に出ることが出来ません』

 

機械的な声が流れる。

 

――あいつ!!

 

携帯を握りつぶしたくなる衝動に駆られた。恐らく、胡春は携帯の電源を切っているのだ。これでは連絡のとりようがない。

 

(どうする!? 男子の試験が始まるのはあと10分、女子はあと30分。このままじゃ――)

 

携帯に表示されている時間を見て、さらに焦りが募る。

 

――その時。

 

「おい、誰だよ。演劇部の部室閉めてないの」

 

「別にいーじゃん。オレ達の仕事じゃないんだし」

 

「それもそうだな」

 

後ろから、恐らくこの高校の生徒だと思われる男子二人がそんな会話をしている。男子二人は一、二言 言葉を交わすと、その場を去って行った。

 

柊は演劇部の表札に目を向け、ふとある考えを思いつく。

 

「――こうなったら……っ」

 

柊は演劇部の部室に駆け込んだ。

 

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(うわぁぁ! どうしよう!? 携帯電池切れ――!)

 

胡春は柊に連絡しようとして、携帯が電池切れしていることに気付く。自分のずぼらさを呪った。

 

(何でこんな時に――!?)

 

後悔ばかりが頭を巡り、この後どうすればいいのか、解決策が思い浮かばなかった。

 

そんな時。

 

「ねぇ! 今すごい綺麗な女の子が走ってこなかった?」

 

「すごく可愛かったよね!?」

 

後ろから、同じ受験生の話し声が聞こえて来た。その会話に、胡春は首を傾げる。

 

(綺麗な女の子?)

 

「演劇部から出て来たから、部員の人かな?」

 

胡春は後ろの二人が目を向けている演劇部の部室を見る。よほど慌てていたのか、扉が開けっ放しだ。

 

胡春は気になって、おそるおそる部室を覗いてみた。そこには、何故かぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられた男子の制服がある。

 

「これ、柊の制服だ……」

 

胸ポケットについている名札を見て、柊のものだと確信する。

 

(何で柊の制服があるの?――じゃあ、今 柊は何を着ているんだろう?)

 

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「ねぇ、あの人すっごい美人じゃない?」 

 

「本当だ……。何か、オーラが違うっていうか……」

 

「しっ。今、受験中だよ」

 

三人の女子中学生が一人の女子を横目でちらちら見て囁きあう。そう噂するのは、無理もなかった。

 

胸元まで伸びる長い艶のある髪に、白い肌。普通の女子よりも鋭い目つきは人を寄せ付けがたい印象があるものの、見惚れるような妖艶さがある。物憂げに俯く様は、うな垂れる百合を連想させた。

 

そんな可憐な美女に、近くに座る者達はうっとりとしている。手にはこれから行うテストのための参考書が握られているが、なんら意味も持たない。

   

恍惚としている彼女らの一方、可憐な美女――藤咲柊は周囲から寄せられる屈辱的な視線に耐えていた。

 

(――オレがまさか女装することになるなんて……)

 

偶然、開いていた演劇部の部室からカツラや制服を借り、女子生徒に変装した柊は憂鬱な気分で椅子に座っている。だがこれ以外に、柊には方法が思いつかなかったのだ。

 

(あとは、胡春がオレの意図に気付くがどうか。……馬鹿だからな……あいつは)

 

過去の胡春を思い出し、柊は苦笑した。

 

それは小学校一年生の、胡春と出会ったばかりの時。当時、ドジで不器用で、誰かが助けなければ何も出来ないような胡春が好きではなかった。親が仕事で忙しく、自分が困ったときは誰も助けてなどくれない。なのに、数え切れないほどのドジをしても、胡春は誰かに助けてもらえる。それが妬ましかった。

 

――それなのに。

 

柊の方がドジを踏んで崖から落ちた時、助けに来たのは胡春だった。

 

『柊君! 大丈夫!?』

 

雨の中、かっぱも何も着ずに、懐中電灯だけを手に、柊を捜しに来た胡春。

 

『柊君が無事で良かった!』

   

あの笑顔に、柊は確かに救われていた。誰も探し出せなかった自分を見つけてくれた胡春が、暗闇の中の光に見えた。差し出した胡春の手は温かくて、その温もりを今でも覚えている。

 

(オレがここまでしてやってるんだ。受かれよ――胡春!)

 

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一方、男子試験会場では。

 

(いやー! 分かんない、分かんない!)

   

柊の制服と演劇部のカツラを借りて男装した胡春は、テストを前に頭が真っ白になっていた。受検票が入れ替わっていたことを知った衝撃と緊張があいまって、指先は震え、まともに計算が出来る状態ではない。教室に設置された時計に目を向ける。

 

(残り、あと十分……。もう間に合わないよ……)

 

空白ばかりが目立つ答案用紙を見て、絶望的な気持ちになる。半分諦めかけた時、ふと手に持っている物に違和感を感じた。シャーペンのグリップだ。

   

「……え?」

 

グリップの中に、小さな紙切れが入っていた。そこにはこう一言。『負けるな』と。

 

――柊。

 

誰がやったのか、一目瞭然だった。柊は胡春が試験会場で緊張することを想定してこれを書いてくれたのだろう。

   

思えば、柊はいつも自分を助けてくれていた。

 

足を怪我した時は背負ってくれた。捨て猫を拾った時は最後まで引き取り手を探してくれた。風邪を引いた時は、お見舞いに来てくれた。

 

自分はいつも、彼の背中ばかり見つめ続けているものだと思っていた。

 

しかし。

 

――柊は私の前を歩き続けていたけれど、いつだって、振り向いてくれていたんだ。

 

今更気付く、彼の優しさ。どうして今まで気付かなかったのか。

 

涙が出そうになった。

 

――私がやらなきゃ。

 

胡春は涙を拭い、目の前のテストに向かった。

 

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受験終了後、胡春は男装したまま、校舎裏で柊と会っていた。柊は女装姿を胡春に見られるのがよっぽど嫌だったようで、演劇部で着替え、元の制服姿に戻っている。といっても、上着は胡春が着ているため、シャツ一枚の姿だった。

 

散々お説教をくらい、落ち着くと、胡春はこう切り出した。

 

「柊……ありがとうね」

 

「何がだ?」

 

未だ不機嫌な彼がこちらに顔を向ける。

 

「私のシャーペンに、『負けるな』って紙入れてくれたでしょ?」

    

胡春がその話題を持ち出すと、柊はしばしの沈黙の後、「あぁ、あれか」と今更 思い出したように言った。

 

「別に。お前が落ちたら、オレが教えた努力も全て無駄になるからな。そうなりたくなかっただけだ」

   

言う言葉は相変わらず素っ気ない。だが胡春に対して何も思っていなければ、わざわざ勉強を教えてくれることもなかったはずだ。

 

「ううん、嬉しかったの。勉強を教えてくれたことも、今回のことも。昔から、私を気にかけてくれたことも、ただ嬉しかった」

 

言わなければならない。この気持ちに気づいた以上、柊に伝えたかった。

 

「いつも助けてくれて、ありがとう。柊がいてくれて、本当に良かった」

 

今まで照れくさくて伝えられなかった気持ちを、素直に口にする。長い静寂の後、柊はため息と共に口を開いた。

 

「……そうじゃないだろう」

 

「え?」

 

何が違うのだろうか。きょとんとしていると、柊が何かを堪えたような瞳でこちらを見つめてきた。いつもとは違う、切なげな瞳に心臓が跳ね上がる。

 

「――胡春」

 

彼の手が自分の頬に触れ、顔が近づく。瞬きすることも忘れ、体が硬直していると。

 

「うわああ!?」

 

どこからか、誰かの叫び声が上がった。それが案外 近くから聞こえ、柊と胡春はそのままの姿勢で振り向く。

 

そこには、同じ受験生である男子生徒 数人の姿があった。柊と胡春の姿を見て、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。

 「ほ、ホモ……」  

男子生徒達がそう呟くのを聞き、二人は今更ながらに距離が近いことに気付く。光の速さで二人は素早く離れた。そう。今の光景を端から見れば、男子同士が手に手を取り合い、口づけを――

 

「す……すみませんでした――!!!」

 

「待て、誤解だ!!」

 

柊が誤解を解こうと手を伸ばすが、時は既に遅し。男子生徒は一斉にその場から散っていった。

 

胡春と柊は抗議する間もなく、しばらく呆然と立ち尽くした。

 

―― 一週間後。

 

「ど・う・い・う・こ・と・だ・? オレがトップで合格したというのに、お前が補欠合格だと? 何でオレが補欠合格なんだ?」

 

「すみません~」

 

胡春は柊に思いっきり説教されたのだった。

 

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