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SKY CAFE

 幾何学大学 ~光虫~

 

翌朝、カリムは家のドアを激しく叩く音で目を覚ました。カリムはベットに入ったまま、 置時計を見ると、朝の六時だった。人の家を訪ねてくるには、まだ早い時間だろう。

カリムはベットから起きると、既に両親は、その訪問者のためにドアを開けていた。

「おはようございます。お宅のカリム君に用があって・・・」

訪問者はリルの母親だった。

カリムが玄関脇にある階段から、リルの母親の姿を見て言った。

「どうかしましたか?リルの荷物なら家にありますけど・・・」

まだ起きたばかりで不機嫌な顔でそう言うと、リルの母親が、カリムに詰め寄った。

「リルをどこにやったの?」

「え・・・・?」

「リルがいないの!カリムくんは何か知っているんでしょう?それともこの家にいるの?」

リルの母親は、ドタドタとカリムの家に上がりこんで、家中を探しまわっている。

「リルとは、昨日以来会っていません」

「そんな筈ないでしょう!貴方たちがリルをどこかに隠してるんじゃないの!?」

「知りません」

両親が、カリムに怒鳴りつけるリルの母親を宥めながら「一緒に探しましょう」と言い、家を出て行った。

「リル・・・・まさか」

一人で「神隠しの森」へ行ったのでは----。

不安になったカリムは、ゼンの家に向かって駆け出した。

「ゼン!ゼン!」

家の扉を叩くと、すぐにゼンが出てきた。朝食の最中だったらしく、パンを口に加えている。

「ふわぁぁ、今何時だと思ってるんだ。ウチの母ちゃん、「こんな時間に!」って怒ってるぞ」

「リルが来てないか!?」

「はあ?」

カリムが事情を説明すると、ゼンは顔を青くし、「何があったんだい」とゼンの母親が出てきた。

「いや、何でもないよ母ちゃん、オレちょっと出かけてくるから-----」

ゼンは慌ててパンを口に押し込んで、玄関で靴を履き家を出た。

「ゼン、「神隠しの森」にいくぞ!」

「まさか・・・リル一人で、そこまで行ったのか!?」

「分からない・・・でも、他に考えようがないんだ」

あのリルが一人で「神隠しの森」に辿り着くことが出来るかどうかは分からない。けれど、行方不明になっている今の状況を考えると、それ以外にリルが行きそうな場所はない。カリムは「ちくしょう」と小さく言うと、全力で走り出した。

「カリム、ちょっと速っ!待てよー!」

          

その頃、リルはある扉の前にいた。

夜は月明かりで、朝は太陽の光で、カリムの地図を頼りに一人で「神隠しの森」へ来ていた。

「やったあ、ちゃんと着いた―!」

リルは、感動を素直に口にすると一人で万歳をする。

「カリムもゼンも、きっと驚くだろうなー、私ってすごい!」

噂の扉は、巨木と共にあった。巨木に埋め込まれているかの様に見えるその扉は、微かに光っていた。

「ここで何年立ってるんだろうねぇ」

リルが巨木を見上げると、さわさわと風が吹いて、葉がはらはらと舞い落ちる。まるで巨木が生きているかのようだ。

リルは思った。きっと、この扉の中は空洞になっていて、大きな秘密基地があるに違いない。わくわくしながらも、覚悟を決めたように、ごくりとつばを飲んで、リルは扉を開けた。

           

「はぁ、はぁ。ちょっと待てよカリム!」

ゼンは、全力で走るカリムの腕を掴んだ。二人とも汗まみれだ。

「はぁ、はぁ、何だよゼン」

「「神隠しの森」へ行くんだろ?」

「ああ」

「道が違う、そっちじゃない」

「道が違うって・・・・え?」

カリムは、「神隠しの森」への地図をリルに渡したままになっていることに気づいた。

-----それにしても、何で。

「なんで道を知ってるんだ、ゼン」

その問いに、はぁはぁ、と未だ息を切らせながら、ゼンは言う。

「森には何度も行ったことがある・・・そっちじゃねぇ」

「何度も?」

確信めいたゼンの言葉を、カリムは疑問に思う。滅多に人が近寄らない場所なのに、どうして何度も足を運ぶのか。

「何で-----」

「父ちゃんは、オレの誕生日の日に、森で行方不明になったきりなんだ」

「え!?」

「森の中には入ったことはねーけどな」

ゼンはオレについて来いと言わんばかりに、カリムの前を歩き出す。

「道、知ってるなら走れよ・・・・ゼン!」

「わかってるよ。でも急いでもリルが先に行ってることは確かだ。どーにもならねーんだよ。こういう時は」

ゼンは、全て分かっているかのように言う。カリムはゼンの家が母子家庭である事は知っていたが、そう言った事情があるとは思ってもみなかった。 一体、ゼンはどんな想いで「神隠しの森」へ足を運んでいたのか----。

それを思うと、胸が痛くなった。

------リル、リルは無事でいるだろうか?

カリムは、以降、黙ってゼンの後について行った。

          

二人は、不安な想いを抱いたまま、「神隠しの森」へ着いた。

森の前には「立ち入り禁止」の看板が何枚も立てかけてあり、この森を知らない旅人も立ち入れない様な雰囲気だ。

「ここまでは、オレも何度も来た事があるんだ。最初は、ただ、この森で行方不明になった父ちゃんを探すためだった。けど、森の中に入るには覚悟が足りなくて、入れなかったんだ」

-----だから、丁度いい機会だとゼンは言った。

         

「あ、光虫だ」

森の中を歩いていると、光虫が飛んできて、ふわりとカリムの腕にとまった。光虫は、眩しい程に輝いていた。光虫とは実体を持たない発光体で、稀にカリム達の村へもやってくる。

滅多に見ることの出来ない光虫を、二人はしげしげと見つめた。それは青白く輝いていた。

「珍しいなぁ・・・この森に住んでるんだ」

「昔、オレん家にもいた時期があったぜ。結構、ライト代わりになって、便利だったな」

「立ち入り禁止」の看板を蹴飛ばして、ゼンが言う。

「捕まえようか」

そう言って、カリムが両手で発光体を掴もうとすると、するりと手をすり抜けてしまった。

「無駄だ。中身なんて何もない。ただ光ってるだけのもんだから」

「そうか・・・捕まえて、リルに見せたかったなぁ」

「神隠しの森」は、森の外から見ると、鬱蒼とした森だったが、中に入ってみると、明るく、木々はきらきらと輝いていて、噂のように人が消えてしまう森だとは、とても思えない。そして、「立ち入り禁止」と書かれている看板とは裏腹に、森の中心へと向かう道がしっかりと造ってあった。見たところ、危険な動物や植物もいない。至って、平和な森だった。

ここなら、リルがいても安全なんじゃないか----。そう思った時、樹齢、何年か分からない程大きな巨木が目の前に現れた。その巨木には扉が、まるで埋め込まれているような大きな扉があった。見ると、風でキィと古びた音を立て、わずかに開いている。

「カリム・・・・リルは、あの中にいるんじゃねーか?」

「そうだな。きっと中で遊んでいる内に眠くなって、寝ちゃったんだ」

そう言った時、カリムの肩にとまっていた光虫が、ふわりと飛んで、扉の中へ入って行った。

その姿を見送った瞬間、リルの声がして・・・

「カリム!ゼン!入っちゃ駄目!」

扉の向こうに現れたのは、リルだった。

「何だ?リル、どうしたんだよ」

「リル・・・・」

見ると、リルは目に涙を一杯溜めて、扉の中に入らないでと訴える。

「何があったんだ?リル」

「カリム、ゼン、リルはもう二人と一緒にいられないの!こっちの世界で生きなきゃいけないの!」

「こっちの世界?」

二人が同時に言った。

その言葉に、こくん、とリルが頷く。

「リル、こっちの世界ってどういうことだ?良く分かるように・・・」

カリムは、興奮して話すリルに聞いた。

「リルはっ、リルはそっちに行くと、ただの光になっちゃうの!だから、もう二人と一緒にいられないのっ!」

「光?光って光虫の事かよ。マジで!?」

カリムは、リルが何か悪い冗談を言っているのだと思った。人間が光になるなんて、そんな事ある筈ないじゃないか。

「リル、この森から出ると光の力も弱くなって、その内、消えちゃうんだって、こっちの世界にいる人が教えてくれたの」

「リル!冗談ばかり言うんじゃない!」

「カリム、さっきリルのこと捕まえようとしたでしょ?捕まえてリルに見せるって言ってた・・・」

「・・・・・!」

そうしてリルは、また扉から出て、光虫になり、二人の周りをくるりと回って扉へ戻り、 再び実体となった。

それを見て、もう二人はリルの言葉を疑わなかった。

         

帰り道、ゼンは語った。

「家の母ちゃん・・・言ってた。人が亡くなると、光虫が現れるんだってさ・・・家にいた光虫は、もしかしたら父ちゃんかもな」

ゼンの父親は、きっと家族の二人と一緒にいたかったのだろう。

そして、光つきるまで家にいた。

そう納得した時、ゼンの目から涙がこぼれ落ちた。

その後、二人とカリムの肩にとまっているリルである光虫と、一言も言葉を交わさず帰路についた。リルは「最後にお母さんに ありがとうって伝えに行く」と言って、一緒についてきたのだった。

リルの家への分かれ道で、光虫はカリムから離れていった。カリムは自分の愚かさを呪いながら、下を向いて歩いた。

-----オレが「神隠しの森」の話なんてしたから。

         

「ただいま」

「カリム、どこへ行ってたの?リルちゃん、まだ見つからなくて、お夕飯つくってないのよ」

「夕飯はいらない。ちょっと部屋で寝る」

時計を見ると、時刻はもう十一時だ。リルの件と「神隠しの森」へ行ったことで、カリムは酷く疲れていた。ベットに横になると、天窓から見える夜空に流れ星が落ちた。 流れ星に願いを込める。

-----どうか、リルが元の姿に戻りますように。

        

 ☆

真夜中になっても村に響く声がする。

「リルーリルー」

「リルちゃーん、どこだー」

大人たちは一晩中、リルを探していた。ゼンは、何を聞かれても、口を閉ざしていた。光虫は、リルの母親の肩で悲しそうに、ずっと光っていた。

         

チチチ・・・ピュチチチ。

翌朝、カリムは鳥の声で目が覚めた。泥のように重かった身体は、嘘のように軽くなっていた。カリムの起床を待っていたかのように、 光虫がふわりと宙に浮いた。

「リル、おはよう」

リルの光虫は、輝きを失ってはいなかった。

いつまで、この輝きが続くか分からないが、リルは、実体を失っても、形を変え生きている。それだけが、カリムにとっては唯一の救いだった。 カリムが階段を下りると、母親が朝食の用意をしていた。

「おはよう、カリム」

「おはよう」

「リルちゃん・・・結局、見つからなくてね、川とか森とか色々皆で探したんだけど・・・」

「・・・そうなんだ」

リルが「神隠しの森」へ行って、光虫になったことは、カリムとゼンしか知らない。大人たちがそのことを知らないと言う事は、ゼンもまだ誰にも言っていないということ

だ。

「シャワー浴びてくる」

「カリム!・・・リルちゃん見つけたら、すぐに教えて頂戴ね」

「分かってる」

         

シャワーを浴び、朝食を済ませて自分の部屋に戻ると、光虫は大人しくベットの上にいた。

「リル、ここにいたら消えちゃうんだ。「神隠しの森」へ帰ろう」

光虫は、小さく瞬いた。

「じゃ、母さん、俺もリルを探しに行ってくるよ」

「気をつけてね。夕飯までには帰ってくるのよ」

母親は、心配そうにカリムを見送った。

         

それから、カリムはゼンと合流して、再び「神隠しの森」へ向かった。昨夜は、疲れ果ててしまい余り会話をしなかった二人だったが、一晩寝たら、二人はすっかり元気になっていた。

「カリム、よく考えたら、オレの父ちゃん、消えてないのかも知れないよな?光虫になったって、扉の向こうで案外元気でいるかも知れない」

「それもそうだな」

カリムは、ゼンの台詞を訊いて、何故だか安心した。リルも「神隠しの森」を出なければ、例え光虫の姿だとしても、輝きを保っていられる。それは、死んだということとは違うのだ。

         

「神隠しの森」に着くと、昨日と同じように森の上空では、何かがきらきらと光っている。

「あれ、全部光虫なのかも知れないな」

「本当かよ・・・オレはウソだって思いたい・・・でも、あの中に父ちゃんはいるのかなぁ」

ゼンは、上空を見上げ呟いた。

しばらく森を歩くと、昨日と変わらない扉が見えてきた。そして、扉に近づくと、リルである光虫が、扉の中へ入って行った。リルの姿が現れ、カリムとゼンに言う。

「カリム、ゼン、ありがとう。リル、お母さんにお別れを言ったし、元の姿に戻れるように、この世界の「偉い人」に頼んでみる」

「この世界の「偉い人」って、村長とかか?」

ゼンが、そう訊くとリルが首を横に振った。

「この扉の中の「偉い人」を探すの。きっと治せる「偉い人」は、いると思うから」

「リル・・・それじゃオレたち、リルと別れるのかよ」

リルは、こくりと首を縦に振る。

「リル一人で行かせるもんか」

「お、おい、カリム」

カリムが、扉に歩みを進めると、ゼンが慌てて止めた。しかし、その勢いで木の幹に躓き、ゼンもカリムも扉の中に入ってしまった。

「ゼン、何やってんだよ」

「それを言いたいのはこっちだ!」

これでは、「神隠しの森」の真実を伝える者がいなくなってしまう。

リルは、くすくすと笑って泣いた。

「カリムもゼンもバカなんだから・・・」

          

その夜、村では三匹の光虫が現れた。

三人の捜索は続けられたが、姿を見たものはまだ誰もいない。