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「あーあ。絶対これ、タイカに似合うと思うんだけどなー」
森の巡回を兼ねて散歩に出掛けたチビカエデは、頬を膨らませて不平を洩らす。
チビカエデがタイカに着せたかがっていた服は、男のタイカには確実に似合わないだろう可愛らしい女性服だ。
「今度、着てもらえるといいですね」
「うん!」
絶対に着ないとは思いますけどね、という心の声は口には出さず、シキはそう締めくくる。
チビカエデは笑顔で頷くと、ようやく雑誌を懐に収めた。
すると。
「はぁ!? お前今何て言った!?」
向こう側から怒号が上がる。
どうやら、二人の霊の間で、揉め事が起きているらしい。 最近では、こういったことも珍しくはない。
それを止めるのが、巡回をする一つの目的でもある。
「カエデ様」
シキが斜め下にいるチビカエデに目を向けると。
「あれ? カ、カエデ様」
隣にいたはずのチビカエデの姿が、既にそこにはいなかった。
「ねぇ、貴方達」
「な、何だよ……」
突然、目の前に現れたカエデに、霊二人はうろたえる。 一方、カエデはいつもと変わらぬ笑みを保ったままだ。
「二人で何を話していたの? 楽しい話なら、カエデも混ぜてよ」
「カエデって……君、まさか」
眼鏡をかけた男性が確信を持って呟いたとき。
「カエデ様――!」
ぱたぱたとシキがチビカエデの許へ向かって走って来た。
「あ、シキ」
「僕を置いていかないで下さいよ」
今更シキがいないことに気付いたチビカエデは、ついでのように言う。
二人の乱入にすっかり怒気を抜かれた霊達は、互いに顔を見合わせる。
「で、続きはいいの?」
そんな霊達に、チビカエデは笑顔で振り仰ぐ。
「な、何でもないよ。……悪かったな」
「いや、オレの方こそ。……ごめん」
頭の冷えた二人は、最終的に罪悪感に満ちた表情で謝る。 チビカエデはそんな二人を満足げに見た。
この二週間で、彼女は数々の口論をいとも簡単に丸く収めている。 悪化させるばかりのタイカにとっては、チビカエデはとても重宝しているに違いない。
「ところで、お二人はどうして揉めていたんですか?」
シキが何気なく霊達に訊く。
シキの問いに、前髪を上げた快活そうな男性が口を開いた。
「こいつが、カエデ様……前長のことを弱いとか言いやがるから……」
「だって、本当のことだろう? 実際、数年前から力が衰えていたじゃないか」
カエデが消滅してからというもの、カエデの話題で口論になるケースが急増するようになった。
今、森で起こるいさかいは、ほとんどが彼らのような場合だ。
(――カエデ様は、本当に皆に慕われている)
カエデがいなくなってから、それを痛感する。
カエデは霊達のことを一番に考えていた。
転生する前に、孫に一目会いたいと言う腰を痛めたおばあさんを背負って町へ降りたり、遊び盛りの子供達の 鬼ごっこに付き合ったりと、霊達に寄り添って生きていた。
時には暴力を振るう不良の霊を片手一つで倒して「弟子にして下さい!」、と土下座されたこともある。 そんな強くて、なおかつ容姿も整っているカエデに「マジ好み」と言ってラブレターを渡す女子高生の霊もいたぐらいだ。
誰もが、カエデの消滅をいたく悲しんでいる。
(カエデ様は、誰よりもいなくなってはならない方だったのに……)
シキは拳を知らない内に握りしめていた。
「あの……悪かったな。カエデ様がいなくなって一番悲しいのは、シキさんなのにな」
眼鏡をかけた霊が、シキに気遣わしげに声をかける。
自分はそんなに暗い顔をしていたのだろうか。
「いえ、大丈夫です」
そう答える時点で強がっている証拠だと、シキ自身も自覚している。
だが、それ以外に返す言葉がシキには見つからない。
「じゃあ、二人共。今度はカエデも会話に入れてね」
前長のカエデと同じ名前の彼女に、霊達は戸惑いつつ、軽く片手を上げて返した。
進んでいくチビカエデの後を追い、シキも一歩足を踏み出す。
途端。
――あれ?
突然の立ちくらみ。 バランスが保てなくなり、気付いた時には世界がぐるりと回っていた。
「シキ!」
チビカエデの声を最後に、シキの意識は途切れた。