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石見の兵は長門を打ち倒し、残った者達で町を目指していた。 長門の兵を倒してしまえば、自分達の勝利は確実だ。 長門に住まう精霊の長の結界は、石見の呪術師が内側から壊してくれる。
誰もが浮かれた気分で、足を進めていた。
が、その進行に影がさした。
「うわぁ!」
突然、馬がいななき声を上げ、背に乗っていた兵もろとも地面に倒れたのだ。
それだけではなかった。
次々に、列の中で悲鳴が飛び交う。 皆、致命傷は負っていないが、腕や足を深く斬られ、まともに動ける状態ではない。
「何者だ、姿を現せ!」
武士らは剣を抜き、誰かも分からない襲撃に備える。 だがいくら目を凝らそうと、相手は見えなかった。
見えるはずもなかった。
「お前達、相手は人ではない。こいつは――!」
数珠を首から提げた一人の呪術師が前へ出る。 霊力を持つ者は、この現象の正体を見破っていた。
隊列の目の前に仁王立ちするのは、まだ幼さの残る、端正な顔立ちをした少年だった。
漆黒の髪に、涙色の瞳。
その瞳が、真っ直ぐに前を見据える。
「お前、精霊か! そこをどけ。人の戦に、お前は関係ないだろう」
「――生憎、ここを通すわけにはいかない」
低く、涼やかな声がそう告げる。
少年が本気で立ち塞がっていることを知った呪術師は印を結び、文字の書かれている紙を放った。
紙は生き物の様にうねり、少年を拘束しようとする。
ところが、少年は掌から水泡を作り出し、それを飛ばすと、いとも簡単に紙の効力を失わせた。
圧倒的な力の差に、呪術師はひるむ。
「お前……何者だ。名を明かせ」
「あんたらに教える名はない」
名は自分のありかを示す、大切なものだ。 少年はある女性がつけてくれた名を明かすことを、よしとはしなかった。
「さぁ。ここをどうしても通りたい者は、前へ出ろ。相手をしてやる。見えない奴等に、そう伝えろ」
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石見の兵が町へ攻めてくることを知った長門の人々は、混乱状態に陥っていた。
必要最低限の荷物だけを持ち出し、とにかく兵が進軍してくる方角とは間逆の方向へと走り出した。 子供を抱え、老婆を抱え、命がけで町から離れようとする。 親とはぐれてしまった子供が泣き喚いていようが、誰も気にする者はいなかった。
そろそろ兵が町へ押し寄せてくるだろう。
そんな時だった。
「あれは何だ?」
ふと、空を見上げた人々は首を傾げた。
緑色の光を帯びた透明な膜が、空を覆っていく。それはやがて町全体を覆う程の巨大なものとなっていった。
「何だ? 何が起きたんだ?」
民衆は呆然とその場に立ち尽くした。