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「ぐわっ!」
ユキの耳に、再び叫び声が飛び込んできた。
それは、さき程まで勝利を確信していたはずの劉諺の声だ。
おそるおそる、目を開ける。
「ユキ様、ご無事か」
そこに立っていたのは、自分が下がらせたと思っていた補佐だった。 どうやら、劉諺の背を不意打ちで斬りつけたらしい。
「貴方、どうしてここに……」
ユキは間に入る前から、ただならぬ不穏な空気を感じ取っていた。 これから良くないことが起こることを。
数百年、ありとあらゆる修羅場をくぐり抜けてきたユキの直感は伊達ではない。 だから言ったのだ。
「ここから逃げろ」と。
それなのに。
惚けるユキに、補佐は文字の鎖を刀で断ち切りながら答える。
「ユキ様が、私だけ逃げろと、薄情なことをおっしゃるからです」
そう言う補佐の顔は、少しふてくされているように見える。
「ユキ様を置いて、どうして私だけ逃げ出せましょう」
「……そう。そうよね」
不満そうな補佐が何だかおかしくて、ユキは苦笑する。 そうだ。自分の周りに、仲間を置いて逃げ出す者など、誰一人いやしないのだ。
たとえ、それが命令だったとしても、聞いてくれるはずがない。
「さぁ、ユキ様。ここから出ましょう」
最後の一つを切り、補佐がユキの手を引いて立ち上がらせようとした。が。
「トキ!」
補佐の名を呼んだ瞬間、刀がこちらに向けて振り下ろされた。
トキはとっさに振り向き、それを受け止める。
「おのれ、精霊が。切り刻んでくれる」
背から血を流し、それでも劉諺はトキの刀を押す。
「ユキ様、お逃げ下さい!」
「でも」
先程、一人だけで逃げたくはないと、トキは言ったばかりではないか。 それは、ユキとて同じだ。
「行け!」
渋るユキの背を、トキは決死の面持ちで押す。 ユキは涙を堪え、駆け出した。
背後で自分を消そうと術が放たれたが、トキが防いでくれる。
――絶対に、生きていて
そう心の中で祈る。 でなければ、何かが崩れてしまいそうだった。
宮から出ると、やけに町が騒々しいことに気付いた。 町人達の声に耳を澄ませる。
「おい、逃げろ! 石見の兵がこちらに攻めてくるぞ!」
「呪術師が結界を張ってくれたのではなかったのか!?」
――え?
どうやら、狭間の地で長門の兵は押し負けてしまったらしい。 そこで、劉諺が言っていたことをユキは思い出した。
『あなたが結界を張ってしまえば、入り込める隙はない。それでは領地は奪えない』と。
劉諺は狭間の地で石見が押し勝つことを前提として話を進めていた。 つまり、狭間の地で、彼らは確実に長門の兵を押し退ける手があったということ。 劉諺の手により結界を張るのを阻まれ、今、町は丸裸の状態だ。 そこに、兵が流れ込んで来る。
――このままでは
想像して、血の気が引いた。 思わず、その場で気を失ってしまいそうになる。
だが、踏みとどまった。 今ここで倒れてはどうしようもないのだ。
――私は、やらなければいけない
ユキはある覚悟を決め、拳を握りしめた。