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結界を張るためには、相当の集中力を要する。 術者の力や結界の大きさによっても左右されるが、長時間 力を練らなければならない。
国を覆おう程の結界となれば、数時間は同じ体勢のまま術を紡ぎ続けることになる。
いくら歴代の中でも圧倒的な力を誇るユキだとて、例外ではない。
――あと、少し
どれくらいか時間が経ち、ようやく結界の形が成り立ち始めた時だった。
「ぐわっ!」
いきなり、誰かの叫び声が間に響いた。 その声により、ユキの集中力がぷつりと途切れる。
――え?
背後を振り返ると、そこには先程までユキと呪文を唱えていたはずの男が、腹から血を流して倒れていたのだ。
「お前っ、何を……!」
襲いかかる刃から逃れようと、もう一人の男は間から出ようとするが、それも虚しく背を深く斬られ、崩れ落ちる。
ユキが呆然としている中、呪術師全員が床に倒れ伏すことになった。
――ある一人の男を除いて
「あなた……。一体、どうして……」
血に濡れた刀を手に、ユキの目の前に立つのは、ここまで案内してくれた劉諺だった。 初めて会った時の微笑みとは違う、冷酷さの滲む微笑をたたえている。
「今、貴方に結界を張られては困るのですよ」
言うなり、刀を下げ持っていないもう一方の手で印を結ぶ。 すると、ユキが踏み込んでいた陣が暗い光を帯びた。
「……っ!」
ユキが気付いた時のはもう既に遅かった。 床に描かれていた文字が具現化し、鎖のように連なってユキの体を拘束した。
斬られた呪術師達のように、床と向き合う。
床に横たわったユキを、劉諺は冷えた目で見下ろした。
「貴方、自分が何をしているのか、分かっていますか?」
「無論。正気は確かですよ。私は最初からこのために、長門の殿に雇われたのですから」
劉諺のその一言に、ユキは眉をひそめた。
「……まさか、貴方は石見の人間なの?」
ユキの中で出た答えに、劉諺は沈黙を以って肯定した。 彼が起こそうとしていることに、愕然とする。
「折角、鈴様を殺し、戦乱を起こす火種をつくったというのに、貴方が結界を張ってしまえば、入り込める隙はない。 それでは、領地は奪えない」
恐らく劉諺は、鈴を殺した屋敷の主人の呪術師なのだろう。 貪欲な主人は鈴を殺害し、あえて大名をあおった。 そして戦乱を引き起こし、領地を乗っ取ろうとした。
だが長門は、精霊ユキが守護している地だ。 無闇にユキを消滅させようとすれば、返り討ちにあう。
そこで、劉諺はユキをここにおびき寄せ、結界を張るために力を消耗したユキを始末しようと。 そういう算段だったのだろう。
――そしてユキはまんまとそれに引っ掛かった
「貴方が人想いの精霊でよかった。でなければ、この計画は成功しなかったのだから」
鎖から抜け出そうともがくユキの前に劉諺は膝をつき、自分を上向かせる。
力の限り、ユキは劉諺を睨めつけた。
「人を殺めてまで土地を求めるなんて。愚かしい」
「何とでも言って下さい。所詮、我々は卑しい人間だ。騙し、奪いあうのが今の世なのですよ」
劉諺はそう言い放ち、ユキの顎から手を放した。
そして、再び印を結び始める。
「悪いが、貴方には消えてもらう」
ユキを縛る文字の鎖が薄く光りを宿す。
体に強い圧迫感を感じ、ユキは目をつむった。