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その時からなんだかユキと顔を合わせられなくなり、彼女と会わないまま、とうとう当日を迎えてしまった。
「じゃあ、行ってくるわね」
さすがにユキが森を出て行く時、カエデは姿を現した。
二日経っても、カエデはユキの顔を正面から見る事が出来ず、視線は若干下を向く。
ユキの隣には、長年仕えてきた、トキと言う名の補佐が控えている。 彼女の事は、彼に任せるしかないのだろう。
浮かない顔をする自分に、ユキは幼い子供をあやすような手つきで頭を撫でた。
「大丈夫よ。私は帰ってくるから」
「…………ユキ」
「だから、私が帰るまでは森のこと、お願いね。あなたにしか頼めないことよ」
彼女はただユキを心配して浮かない表情をしているだけと思い込んでいるらしい。
確かに、ユキを心配する気持ちもあるが、カエデの心の中はもっと複雑だった。
どうしたら、この想いを伝えられるのだろう。
「行ってきます」
ユキはその場に笑顔を残し、町へ下りて行った。
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ユキは昔から人間が好きだった。 自分が生まれ出た古木を切り倒そうと人間達が画策しようとも、いくら罵られようとも、ユキは人間達を災害などから 守っていた。
そんなユキに、カエデは以前 訪ねたことがある。 何故、そうまでして人間を守るのだと。
訊くと、ユキは。
「私の恩人が、人間だったから」
そう言って遠い目をしていたことを覚えている。
その恩人は呪術師で、精霊を見ることが出来たという。 ユキはあまりその事について多くは語らなかったが、その人物に対して特別な想いを抱いていることは明らかだった。
ユキの切なげな横顔を、カエデがどんな気持ちで見つめていたか。
カエデは自分の想いが届かないこと知っていた。 だからこそ、何も答えないユキに心がかき乱される。
――オレはこの叶わない想いを、どうしたらいいのだろう
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補佐を従えて町に下りたユキを待っていたのは、ユキに会いに来た劉諺だった。
「ユキ様。この度はわざわざお越し頂き、誠にありがとうございます」
劉諺は形式を守った挨拶を述べ、その場に跪く。 ユキが劉諺に案内するように告げると、彼は立ち上がり、先頭に立った。
向かう途中、劉諺は不思議そうに首を傾げてユキを見る。
「今日は、お連れの黒髪の少年はいらっしゃらないのですか?」
ユキの側には、常にカエデがついている。 それは町へ下りる時も同様で、顔なじみの呪術師なら、当然の質問だ。
だが、劉諺は新参者のようで、ユキには覚えがない。 森で会った時、カエデはユキの側にいなかったのに、何故 彼のことを知っているのだろう。 他の呪術師に聞いたのだろうか。
「えぇ。あの子には、他の用事を頼んで来たから」
「そうですか。…………それは残念だ」
一瞬、劉諺の細い目からちらりと瞳が垣間見える。が、すぐに元の顔つきに戻った。
それきり、彼は一言も口を開くことなく、ユキを儀式の間へ案内した。
「こちらでございます」
劉諺が襖を開けると、そこには同じ装束をまとった男らが数名、正座をして座っていた。
ユキの姿を見るなり平伏する。
ユキは補佐に何事かを伝え、下がらせると、間に足を進めた。
儀式の間は、何も物が置かれていない、殺風景な部屋だった。 間の中心には人が数人入りそうな程の大きな陣が床に描かれている。
ユキはその陣に立ち、平伏している呪術師達を振り返った。
「皆さん、顔を上げてください」
ユキの言葉に反応し、呪術師達は姿勢を崩した。 年若い者から老いた者まで、年齢は様々だが、皆 国を守ろうと集まった者達だ。
「始めます」