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SKY CAFE

 幾何学大学 ~サクラの夢~

   

長らく続いた、衛星『四季』との紛争は終わりを告げ、幾何学大学にも、ごく当然だった筈の四季が巡り、季節は晩秋の頃。

 

白石桂樹は、大学の中庭で落ち葉かきをしていた。  その背中には、クローンの桂樹を背負い、祭りと書いてある、ねんねんこを羽織っている。

「桂樹ー! 桂樹、焼き芋焼けた?」

「オレー、オレは元気?」

 

幾何学大学に併設している、幾何学大学病院に入院中の子供達が、桂樹と桂樹のクローンに声をかけてくる。

 

「オレ」とは、桂樹のクローンである赤ん坊の名前である。  以前、入院中の子供達と知り合った際、赤ん坊の名前を訊かれ、桂樹は子供達に対し、「これはオレ!」と答えたのだった。  それ以降、赤ん坊の名前は「オレ」になった。

「お前達、また病室抜け出して、よくオレと十樹の違いがわかるなぁ」

「分かるよ!」

「わかる」

 

二人の子供は、意見を合わせたかの様に言った。

「だって学長は、そんな格好しないもん」

「そうか――?」

 

子供達が「オレ」の顔を見たがったので、その場に座ると「オレ」は子供にあやされて「キャッキャ」と笑う。

「可愛いねぇ、桂樹とすごい違いっ!」

「あのなあ、この子はオレなの!「オレ」が可愛いなら、当然オレも可愛いだろ」

「えー、桂樹はおじさんだし」

「ね――っ!」

 

子供達は無邪気に言うと、桂樹の掘り出した焼き芋を興味津々に見ていた。

「ダメダメ、この芋はオレのものなの!」

 

桂樹は、近くにあった木の枝で、焼けた落ち葉を掻き分け、アルミホイルに包まれた焼き芋をゴロゴロと転がした。  甘い焼き芋の香りが周囲に漂う。  子供達は、ごくんと唾を飲み込んだ。

「桂樹! こういう時は子供優先だよ」

「そうだそうだ!」

「バカヤロー、この芋の代金を払ってるのはオレだぞ、オレのものに決まって……」

 

桂樹が二人に気をとられていると、第三の刺客が現れ、焼き芋をサッカーボールの様に蹴って、火から離そうとしていた。

「これは僕達のだ!」

「大人の勝手な言い分は聞かないもんね」

「こらっお前達! それはオレのだと言ってるだろうが!」

 

両手をぶんぶん振り上げて怒る桂樹に構わず、子供達は焼き芋をそれぞれの足で蹴飛ばしながら、蜘蛛の子の様に散っていく。

「こらっ! 待てー! オレの芋ー!」

「全く、お前は子供相手に何をやってるんだ」

 

そう言って現れたのは、学長になったばかりの十樹だ。  学長になった筈の十樹だが、成る前と後で、全く以前と変わらない様子で、大学内を見て回っている。  肩書きが変わっただけだと本人は言う。

「大学内は焚き火禁止だぞ。万一火事にでもなったらどうする」

「その面白くもない校則、お前の力で変えてくれよ」

「折角、桂樹を学長代理に指名しようと思っていたのに……学長代理自らが規則を破っているようじゃな」

 

十樹は、やれやれと首を横に振った。

「オレは学長代理なんて、中途半端な席になんて興味ねーよ! 第一、学長のお前にこき使われるだけじゃねーか」

「何だ……気付いてたのか」

「ホントにそんな事、考えてたのかよ」

 

二人がそんな会話をしていたら、校舎の影から、くすくすと笑う声が聞こえてきた。  見ると、まだ歳幼い、髪を二つ結びにした少女だった。  肌は雪の様に白く、ブラウンの瞳をしている。 服は、幾何学大学病院の子供用の患者の服を着ていた。

「こらー笑うな! え、えーと誰?」

「南棟503号室のサクラちゃんだよ」

「サクラ?」

 

十樹は、学長に就任した後、幾何学大学にいる研究者や患者のプロフィール等を全て記憶した。一度見たら、二度と忘れない記憶能力を持つ十樹だが、桂樹も同様だった。しかし、桂樹には、覚える気がまるで無い為、その才能は発揮出来ていない。

「今日は、調子がいいのかい?」

「うん!」

 

十樹が、サクラの身体を気遣うと、頬をほんのりピンクに染めて返事をした。  桂樹が、サクラの手に視線をうつすと、手に何かを持っていることに気付く。

「何、持ってんだ?」

「これ、栄養剤なの……桜の」

 

サクラは、観賞用植物の栄養剤を、大事そうに持っていた。

「あのね、サクラ……点滴なくちゃ生きられないでしょ。きっと、この桜もそうだと思うの」

 

サクラがそう言って指差したのは、一際大きな桜の樹だった。

――確か、この桜は。

 

桂樹は、先日会った庭師との会話を思い出した。  庭師によると、春になっても咲かない桜で、もう寿命なんだろうと言っていた。他の桜の木より大きい事から、太陽の光を遮ってしまい、他の桜にとって邪魔らしく、近日、この桜は切り倒されるという話だ。

 

そんな事を知らないサクラは、栄養剤を桜の木の根元に挿している。  よくよく見ると、スポイト状の栄養剤は、木の幹を取り囲む様に、他に数本挿してあった。

「サクラちゃんは優しいんだね。きっと来年の春には、沢山花が咲くよ」

 

十樹は、小さなサクラの頭を撫でた。

「ほら、秋の風は冷たいよ。風邪を引いたらいけない。病室に戻りなさい」

「うん」

 

サクラは照れながら、ててて……と自分の病室へ戻っていった。

「十樹、この桜、切られちまう桜だぞ」

「知ってるよ……あの子、病気でもう春までもたないそうだ」

「……」

 

つまり十樹は、春になっても見られないだろう桜の事を知っていて、サクラに嘘をついた事になる。  この幾何学大学病院には重症の患者もいる。  当然の事だが、桂樹は少なからずショックを受けていた。

――あんなに、今は元気なのにな。

 

桂樹は、桜の幹に手をついて俯いた。  すると、何か違和感を感じ、桜の幹を見ると、大量の虫が樹そのものを食い尽くしているのを発見した。

「原因はお前らか!」

 

桂樹が、桜の樹に入り込んでいる虫を手で払い除けていると、その様子を見て十樹が言った。

「無駄だよ……もう、その虫が根っこの方までいて、樹を枯らしているからね」

「はあ?」

 

目線を桜の樹の根に移すと、確かに食い散らされた根が腐りかけていた。  いつ倒れるかも知れない桜の樹を、出来るだけ早く切り倒して安全であろうとする庭師の判断は正しかった。

「なあ、あの子の病室はどこだって?」

 

桂樹は、メインコンピューターの頭脳、そのものである十樹にそう聞いた。

                 

「サクラちゃん」

「あ、お兄ちゃん! んーと、どっちのお兄ちゃん?」

 

桂樹が、サクラの病室を訪れると、サクラは点滴のチューブを腕や足につけて、読書をしていた。

「学長じゃない方の兄ちゃんだ。さっき、渡し忘れたものがあったんだ」

 

桂樹が、アルミホイルに包まれた焼き芋を出して渡すと、サクラはにっこりと笑って、「ありがとう」と言った。

「お、おう」

 

桂樹は、サクラのあまりにも純粋な笑顔に触れて、一瞬戸惑った。  サクラの病室の窓からは、春になっても花をつけない、あの桜が目に入ってきた。

――あの桜は、もうすぐ切られちまうんだぞ。

 

その一言が言えなかった。

 

サクラが、あの桜と自らを重ね合わせているなら尚更の事だった。  十樹の言う通り、何も言わないまま、サクラは寿命が尽きるまで、咲かない桜の心配をしていた方が良いのではないか。

「サクラ、帰ったわよ。あらあらお客様?」

 

桂樹が病室から窓の外を眺めていると、サクラの母親らしき人物が入ってきた。  肩まで伸ばした髪を緩く巻いた、サクラと良く似た女性だ。

「どうも……」

「が、学長!?」

 

サクラの母は、十樹と同じ顔をした桂樹に驚いて、手に持った花を床に落してしまった。  それを桂樹は拾って、サクラの母親に手渡した。

「美しい女性には、美しい花がよくお似合いです」

「あらあら、まあ」

 

サクラの母は、桂樹の言葉にまんざらでもない様子で「今、お茶でもいれますね」とポットに湯を入れる為に出て行った。  サクラは、母親が出て行った病室で、くすくすと笑っていた。

「お母さんね、学長のファンなの。お父さんが妬いちゃうぐらい……」

「おっ!? じゃあ、オレにも脈ありって事か?」

「弟は、どうしようもない人だって、噂で聞いたって」

 

「どうしようもない人」だと噂になっていると言う事に、少しへこんだ桂樹は、サクラに言った。

「オレが実は弟だっていう事実は、伏せておいてくれ」

「うん! 分かった」

 

桂樹は、サクラと指切りをして病室を足早に出て行った。  そして、しばらくしてから、サクラの母親がポットを手に持ち、病室に帰ってきた。

「あら? サクラちゃん、学長は?」

「ボロが出るかも知れないからって、帰っちゃった」

「ボロ……?」

 

サクラの母は、飲むあてのなくなったお茶を淹れて、学長が帰って来るのをしばらく待ったが、待ち人は現れず、諦めて冷めたお茶を飲んだ。