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「ねえ、一体何の調べもの? 私、もう飽きちゃったわ」
少女の声がする方へ向かうと、山ほどの本を読みふけっている、もう一人のIQ170がいた。
「ここの本、凄いんだよ! 僕の知りたかった事が沢山書かれてる」
(――おお、勉強熱心だな)
期待通りの無邪気な子供の姿を確認して、良はIQ170の一人が、周囲に置いている本を見た。 すると、宇宙形状論、古天文学、天文民俗学、可視光天文学、ガンマ線天文学、星形成論、ニュートリノ天文学、天文物理学等の、まだ世に確率されていない天文に関する本ばかりだった。
(――こいつ、この大学で何をする気だ? さっき言ってた「宇宙を造る」てマジか?)
良は、近くで違う本を棚から取り出し、さり気なくIQ190の様子を見ていた。 IQ170は、それらの本を広げると、とんでもないスピードでページをめくり読んでいるようだった。
「ねえ、あなた、この本の内容、頭に入ってるの?」
「…………」
IQ170の耳に、少女の声は届いていない様で、声を無視して本を読み進めている。
「あーあ、つまんないの」
しびれを切らした少女は、「私は他を見学してくるわ」と言い残すと、図書室を出て行ってしまった。 しかし、それすら気にならない様子で、IQ170は本を読み続けていた。
(――おいおい、マイペースにも程があるだろう)
良が、少女の出て行く様を見送ると、僅かにIQ170が動くのが分かった。 そして、IQ170は、首を良の方に傾けて、ちらりと見た。
「四回目です……」
「はっ?」
良は、突然IQ170に話しかけられて、意味も分からず声を挙げた。
「貴方に会うのは、今日四回目ですね、と言ったんです」
IQ170の目が鋭く光った。
「――……」
確か良の記憶では、IQ170を見かけたのは体育館が初めてで、この図書室で二回目だったはずだ。 IQ170は何か勘違いをしているか、自分を誰かと間違えているのか。
「朝、校門前で貴方を見かけました。そして体育間で二回目、廊下ですれ違い、この図書室で四回目です」
つい先程まで、新しい本に胸を躍らせている様に見えたIQ170は、表情を変えて静かな瞳で良をじっと見た。 良は、自分ですら気付いていなかったIQ170との遭遇率の高さに驚いて何も言えずにいた。
(――もしかして、発信機の事、バレちゃってるのか?)
しかし、こうも顔をチェックされている事を知ると、まるで自分の方が、発信機を仕掛けられているんじゃないかと良は疑いたくなった。
「三回目までは偶然として認めても良いでしょう。でも、この広い図書室で偶然同じ棚に並んでいるなんて、もはや必然かも知れませんね」
IQ170の言葉が良を追い詰める。 良は、その冷たい瞳を見て、ごくり、と生唾をのんだ。
「じゃあ、僕はこれで」
IQ170は、さっきまで読んでいた本を、てきぱきと本棚に戻すと、良を残して図書室を出て行った。 良は、カモフラージュに手に取った本を持ったまま、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。 ちなみに良の持つ本が、逆さまに持たれていたことは、IQ170だけが知っている事だった。
☆
「怖え、あいつ怖すぎる」
部屋に戻った良がそう言うと、昇は首を傾げた。
「IQ170って、食欲旺盛なお子様だったろ?」
「もう一人のIQ170の事だよ! お前は何百人もいる、この大学内ですれ違っただけの人間の顔をいちいち覚えてるか?」
「何だよ、それ」
昇はつまらなそうに訊く。
「IQ170は、朝、入学式が始まる前から、オレと会った回数まで覚えてたぞ……それに」
「それに?」
「いや、何でもない」
新入生に発信機を仕掛けたことが大学側にバレでもしたら、大学警察だって動きかねない。 良は、手をぱんぱんと打って、どこかの神様に「発信機がバレませんように」と心から願った。
☆
「どうもおかしい、桂樹」
「お前もか」
IQ170の二人は、しっかり自分の身に起こっている事を把握していた。
「あんな時間に食堂に行くのはオレぐらいだろうから……あの時見たあいつは、確実にオレをつけて来てるな」
「――でも、ずっとつけてきている様な気配は感じないし」
十樹は、ふと何かに気付いたかの様に、桂樹のフードを探った。
「あった」
十樹は、発信機らしい丸く小さな物体を見つけ、自分のフードを調べる様に桂樹に言った。
「さて、これをどうするか」
二人は悩んだ。
「大学の治安は良くないって聞くけど、まさか入学したてで、こんな洗礼を受けるとは思わなかったな」
「僕達の腕試しって事じゃない?」
十樹と桂樹が、落ち合った場所は偶然「工具室」と書いてある部屋の前だった。 二人は互いの意思を確認すると、工具室の中へ入って行った。
☆
ハンディコンピューターで、IQ170の光点を目で追っていた良は、まるで裁判の判決が下るかの様な面持ちで、それを眺めていた。 すると、突然、発信機の光が点滅をはじめた。
「え……?」
良は、発信機の光が少しずつ、自分のいる部屋の方角へ近づいてくるのを見て、思わず布団を被った。
「何やってんだよ、良」
昇が、その様子を呆れて見ていた。
「IQ170……絶対に発信機の事バレたって」
「まさか」
良の気持ちとは裏腹に、点滅した光は、自らのいる部屋の前で止まった。 そして、インターフォンが鳴る。
(――IQ170が!)
「はいはーい」
「出るな!」
良は、IQ170が、発信機を届けに来たのだろうと思い、昇にそう叫んだ。
しかし――
「シロクマ宅配便です」
その声を聞いて、良は布団から飛び起き、昇より先に部屋の扉を開けた。 そして、宅配業者から小さな箱を受け取る。「これは……?」
差出人の名はない。 恐る恐る箱を開けてみると、中からIQ170に仕掛けた発信機が、二つ並べて入っていた。 どうやらIQ170は、大学警察には関与しない方法で返して来た様だ。
良は、はあ、と深いため息をついた。
「何で、あのIQ170、オレ達の名前知ってたんだよ」
「だからIQ170だからだよ。怖え、もうオレは、あの双子には近づかない……」
良がそう言うのは、発信機から流れる音声を聞いたからだ。
『今回は、信号先を確認したまでですが、次からは容赦しません。そのおつもりで行動なさってください』
小さな発信機から、そう声が流れると、小さな爆発音が聞こえ……
「あちっ!」
結果、良の指は軽い火傷を負い、発信機は跡形も無く消滅してしまった。
☆
その後、大学内でIQ170とすれ違う度、びくびくしながら歩く二人の姿があったが、その訳は他の誰もが知らないことだった。
(終)
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これが最後の話になります。 読んで下さって、ありがとうございました! また機会があったら、書くことがあるかも知れませんが、 その時は宜しくお願いします。
日彩