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SKY CAFE

 幾何学大学 ~それから(終)~

   

「リルー!カリムー!ゼンー!」

神隠しの森へ入って行った、長老達一行は、三人の名前を呼びながら、森の奥へ、奥へと進んでいった。村人のほぼ全てが、光虫が進む方向に向かって歩いていた。

「お母さーん!」

すると、森の奥から声が聞こえた。リルの母親はその声を聞いて、慌てて声のする方向に向けて草木を掻き分けながら、その場所に着いた。

「リル!リル!」

母親は娘の名前を何度でも呼んで、その声に応える。 奇妙な扉は目の前に。その中に。 あれほど探し続けたリルはいた。

少し遅れて、長老達が辿り着くと、母親がぽろぽろと涙を流し、手で口を覆って、一人娘を見ていた。扉が埋め込まれた巨木の前では、 光虫が夜の森を照らし、さわさわと木が、やわらかい風になびき、村人達を歓迎しているかの様だった。

「何と、これは・・・・」

長老他一同は、呆然とそれを見つめた。

「お母さんは、この扉に入っちゃダメだよ。リル、カリムとここで誰も入って来ない様に見張ってるの」

「どうして------」

「ここに入ると、皆、光虫になっちゃうの。だからダメ」

         

幾何学大学では、昼間の騒ぎはすっかり落ち着いて、十樹と桂樹は、育児研究部で話をしていた。

「だから、リルとカリムに言ったんだよ。お前達で村の奴等が来るのを食い止めておけって」

「上手くいっているといいが」

「この時間になっても、何の騒動も起こってないって事は大丈夫だろ」

そんな話をしている内に、育児研究部に備えつけられたテレビに、幾何学大学の学長が逮捕されたという緊急ニュースが流れた。

「・・・やっとか」

桂樹は、ぼそりと呟く。

今は幾何学大学では夜に入った時間帯だ。この時間までニュースとして報道されなかったのは、学長の取り巻きやSPと大学警察との話合いで揉めたからであろう。

『先月の学長代理殺人事件では死者が出ており、幾何学大学の学長代理が不在のまま、そして、今度は学長の不祥事です。今後、幾何学大学はどうなって行くのでしょう』

テレビのコメンテーターが、視聴者に向けて、そんなコメントを出した。そして、学長の大学追放と数々の罪状が告げられる。

『近々、幾何学大学の選考委員が、幾何学大学内で学長候補を集め、学長選挙が行われるでしょう』

(また選挙か・・・)

二人は同時にそう思った。

『あっ、今、選考委員会から候補者の名前が挙がりました』

コメンテーターがそう言うと、テレビの画面が切り替わり、五人の候補者の名前が挙げられた。その中に当然の様に、白石十樹の名前もあったのである。

「私は学長の器ではないと、以前から言っているんだが・・・」

「そんな事言わずに、素直に引き受けたらいいじゃねーか?あの三人の事もあるし、四季との紛争を終わらせる事だって出来るぜ?何たって、学長の上には誰もいねーんだからさ」

十樹は、カリムやリルやゼンの事を想った。

『十樹、偉い人に光虫にならない様に頼んでみるの』

そう言っていたリルの言葉を思い出し笑った。

桂樹は十樹の本当に笑った顔を、久しぶりに見た気がした。

         

そして、幾何学大学では穏やかに時は流れ、学長選挙の結果が発表された。学長の不正を暴き、逮捕劇に一役買った功績が認められた為か、十樹は見事、その日から学長に就任したのである。その場には、カリム・リル・ゼンもおり、皆で十樹の学長就任を祝った。

「ねぇ、ねぇ、十樹、オレたちカーティス村に戻れるのか?」

「偉い人になったから大丈夫だよね」

ゼンとリルがタッグを組んで、十樹に詰め寄る。

「先程、荷物が届いたんだ」

十樹は学長室の鍵を皆に見せると、一同、「おーっ」と珍しそうに見ている。豪華な赤い箱の中央に位置した、金色に輝く鍵を見て、桂樹は言った。

「これが純金だったら、金に換えてもらうのに」

金は本来、やわらかい物質の為、鍵には適さない。金メッキであるのだろう。 十樹は桂樹の頭をはたいた。

「何すんだよっ」

「学長室に来る様、呼ばれているんだ。お前も来てくれ」

そうして、十樹と桂樹は学長室に向かった。

        

「お待ちしておりました」

十数名のSPと大学警察が、廊下の両脇に並んで立っていて、その真ん中を歩いて行く十樹とは裏腹に、桂樹は一人一人に「どうも、どうも」とぺこぺこお辞儀をしながら、学長室へと入った。そこに置いてあった椅子に、趣味の悪さを感じた十樹は、後で、換えさせようと思っていたが、気がついたら桂樹が座っていた。

「おおーっ!ふかふかで金色で、正にオレの為に用意された様な椅子だな!」

「・・・・・」

そんな桂樹を横目で見て、十樹が学長の机を探っていると、何かを動かす装置を見つける。

「これだな・・・」

十樹は、部屋に入ってきたSP達を一端、追い出すと、引き出しの奥にあるスイッチを押した。すると、ゴゴゴ・・・と言う音と共に、 カーペットで覆い尽くされている一角が、四角くへこんだ。

「何だ?これ」

二人で、カーペットをはがすと、その下には地下に向かう階段が現れ、十樹の勘は確信へと変わる。

「今まで、歴代の学長しか知らない。メインコンピューターへ通じる階段だよ」

十樹は、白衣のポケットに手を突っ込んで、その階段を下りていくと、桂樹もそれに続いた。三階分ほどの階段を下った時、そこに見えて来たのは、青い水晶の柱が立つ、美しいメインコンピューターの全貌だった。

「さあ、あの三人との約束を果たさないとね」

これが、学長になってからの、十樹の初めての仕事となる。

         

十樹と桂樹が研究室に戻り、子供達三人にとっての吉報を伝えると「やったあ!」と飛び上がって喜んだ。そうして、三人は、光虫にならない事を確認する為、研究室の物置へと向かった。

「いくぞっ皆!」

ゼンが、いっせーのっと声を掛けて、扉をくぐった時、目に映ったのは、神隠しの森で光虫になっていた多くの人々の本来の姿だった。 皆が拍手をして、三人を褒め称える。

「君達のおかげで僕達は・・・」

「救われた・・・ようやく元の姿に」

歓喜あまって泣き出す者、家へと戻って行く者、近くにいた仲間と抱き合う者等、様々な村人の姿が、そこにはあった。

-------そして、三人の家族の姿も。

「リル・・・」

「お母さんっ!」

泣いて喜ぶ母親に、リルを飛び込んでいった。

「お母さん、リルね、しゅーってなった後、わかんなくなってね。ぐるぐるした後、元に戻ったの!」

「そう、そう・・・・良かった。リルが生きてて良かったわ」

その姿を見て、微笑んだカリムは自分の両親と対面する。

「・・・・カリム」

「心配かけてごめん、父さん母さん」

「元気そうね?」

「うん、色々あったけど楽しかった・・・!」

そして、ゼンは慌しかった。

「ゼン、お前って子は、どんだけ親に心配かけるんだい!」

ゼンの母親は、尻を素手でばんばん叩いて、息子を叱った。

「いってーいてーよ!母ちゃん、オレ父ちゃんに知らせねーと!」

その言葉に、ゼンの母親の手が止まる。

「母ちゃん、待ってな!父ちゃんや他の皆も連れてくる!」

「父ちゃんって生きてるのかい!?生きてるのかい?」

ゼンは頷いて、扉の向こうへ戻った。

「神様------」

ゼンの母親は、両手を結んでジムの生存を喜んだ。

         

特別病棟にいた患者のほとんどが、カーティス村に戻る事を選択し、その日は慌しく過ぎていった。 一通りの事に決着がつくと、村に戻った筈のカリムやリルやゼンは、赤ん坊の世話をしに、幾何学大学を度々訪れていた。 そして、全てを自供することで、罪を軽減させた神埼は、今日もブレイン朝日に突かれながら、赤ん坊の世話をしている。

「いいんですか?この研究室にいて」

橘は学長に就任した筈の十樹が、研究室に入り浸っている事を心配している。十樹から言わせて貰えば、元々、子供達を元に戻す為に学長になった様なもので、学長という役職に興味はないと言うことだ。そして、学長席に座っているのは。

「はっはーっ!オレ学長みたいだなぁ・・・そう言えば、新種のゴキブリはどうなったんだ!?」

相変わらず、ゴキブリの事が頭から離れない桂樹だった。

         

学長が白石十樹に代わった後、幾何学大学は、四季への攻撃の一切をやめた。それからしばらくして、幾何学大学の気候は安定し、朝には朝の日差しが、夜には星のまたたく夜が、ゆっくりと訪れる様になった。これから季節は進み、春には桜が、夏には光輝く太陽が、秋には紅葉が、冬には雪が、そんな気候に恵まれていくのだろう。

「はあー風が気持ちいいなあ」

「本当ね」

ぽかぽか照らす太陽に、心地よい風を身体の全身に受けて、桂樹と亜樹が言う。十樹は、ぐっと背伸びをした。

これから幾何学大学には、また多くの新入生達が自らの目標を持って入学して来る。

時代は流れ、次の世代へ引き継がれていく。 十樹は瞳を閉じ、まだ来ぬ未来に思いを馳せた。

それぞれの足元に未来は広がっていく。 誰の元にも、それが平等であることを願っている。