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「あばばばばぁ」
神埼保は理事会の席に呼ばれ、子連れで参加していた。泣いている赤ん坊を見ながら、学長は言った。
「神埼教授・・・それは何だね」
学長は腕を目に組んで言った。
「はぁ、どうやら私のクローンも存在した様で、申し訳ありません」
理事会にいた他のメンバーは、笑いを堪えるのに必死だったが、学長がバンとデスクの音を鳴らすのを見て、目が覚めた。しかし、ようやく宥めた赤ん坊が、その音に驚いて激しく泣いている。何か悪い事でもしてしまった様な罪悪感に、学長を囚われた。
「あばばばばぁ」
息子と同じあやし方をする神埼保は、何とか苦労して赤ん坊を泣き止ませると、会議場から深いため息が洩れた。
「まず、現在の幾何学大学の状態を見ると、危機的状況下にあり、四季へ戦争を仕掛けるのは、当分、無理だと思われますが・・・どうなさいますか学長」
「神埼亨君には、すぐにも戦力になるクローンを製造する様に期待をしていたのだが、非情に残念だ」
神埼保を見ながらそう言うと、保は赤ん坊のオムツを替えていた。
「神埼教授、その赤ん坊は纏めて施設へ入れなさい」
「学長・・・ですが、そうしてしまうと外部にクローン製造の情報が洩れてしまいます」
「うむ・・・」
学長は、外部にこの失態が洩れることは回避したかった。神埼保の言う事は尤もだが、一度に報告を受けた所で二百体以上のクローンの赤ん坊が誕生したとの現状があり、皆、赤ん坊の世話で研究がストップしてしまっている科もあると言う。
「事前に、あのディスクに関するクローン計画をやめる様、通告すれば良かったのでは」
理事会に参加していた、一部のメンバーが、「そうだ、そうだ」と口を揃えて言った。
「それは結果論だ。今後、どうして行くか、それを考えたまえ」
「・・・・・」
学長、他のメンバーは黙りこんでしまった。クローン製造のディスクは、白石十樹が造ったものだと言う事は、誰に何を言われるまでもなく周知の上だ。
「赤ん坊のミルク、オムツ、肌着等は、白石十樹が全面的に金銭によるサポートをすると言っております。これによって、我々大学側にかかる負担は少なくなるかと思います
が」「大学にとって一番良い方法は、育児研究部で秘密裏に育てるか、もしくはあの病棟に」
「彼らに育てさせると言うのか?」
理事会では、その様な議論が続けられていた中、神埼保の赤ん坊が、また「オギャア」と泣いた。
☆
朝日は十樹に言われた通り、「宇宙科学部」でゴキブリ王国に反対するデモ集会を解散させる為、その呼びかけによるデモの掲示板に対し、料理のレシピ等と置き換える作業をしていた。当初、朝日がこの任務に取り掛かった時には、一日に二十から三十の、ゴキブリ王国反対の文字が、パソコンのネットワーク上で踊っていたが、「軍事用クローン」の誕生から、皆、ゴキブリ所ではなくなった様で、その数は一日二、三件、約十分の一まで減少し、朝日はする事がなくなった。
「ミルク飲む?朝日ちゃん」
研究室にいた亜樹が、退屈そうにしていた朝日に聞くと、朝日はこくん、と頷いた。以前は不愉快に思えた、亜樹の「ちゃん」付けにも慣れ、朝日は自分の姿がまだ幼いことに気付いたのだった。
「どうして亜樹は、大きく成長出来たのだろう」
本来なら十樹に聞くべき質問であるのだが、生憎「クローン育児研究所」にかかりきりで、宇宙科学部の仕事は、橘が代わりに処理している。亜樹は朝日に質問に少し考えて言った。
「私が目覚めたのは、この姿になってからだから・・・私にも分からないわ」
「コード不足・・・コード不足なのは分かっているのです」
ぶつぶつと呟きながら、朝日は十樹のデスクの引き出しを探ったが、クローンに関する記録は一つも残されていない。全ては白石十樹の頭の中にあると思われる。 朝日が亜樹からミルクを受け取った、その時、研究室の電話が鳴った。橘が受話器を取り上げると、電話口から「オギャー」という、けたたましい赤ん坊の泣き声が聞こえた。橘を思わず、耳から受話器を遠ざけた。
「神埼だ。朝日君に代わってくれ」
「神崎先生・・・ですか」
橘が受話器を手で塞ぎながら、朝日に「どうしますか?」と聞くと、朝日は頷いて、その手から受話器を取った。
「はい、朝日です」
「君は、どうしてそんな所にいるんだ!白石から聞いたぞ!」
赤ん坊の泣き声が同時に聞こえてきた。
「育児研究部には、君の赤ん坊もいるんだ。少しは手伝いたまえ」
「私はもう解雇された身ですので、そして、忠告したはずです。そのクローン計画は失敗に終わると・・・」
それに、と朝日は付け加えた。
「私は、まだ十歳という幼い年齢です。世話を見てもらう身であり、子を養育するには程遠い年齢ですから」
「こんな時だけ若い脳なんだな、君は!」
神埼は、皮肉たっぷりに言った。
そして、ガガガと雑音が入り、電話の主が代わった。
「白石だ。朝日君、一度来てみないかい?」
「はい」
「じゃあ、育児研究部へ」
神埼の時とはまるで違う素直な返事に、神埼は「何で僕だけ」と受話器の向こう側で不平を鳴らした。朝日にとっては待ちに待った時間である。
「亜樹、今度こそコード不足分を、白石十樹から学びたいと思います」
朝日は拳をぎゅっと握り締め、亜樹にそう言うと、機嫌良く出掛けていった。
「朝日ちゃんは、十樹兄さんが好きなのね」
飲みかけのミルクを片付けていると、桂樹が戻ってきた。朝日の事を聞くと桂樹は言った。
「ここに入る前にぶつかってさ、一目見るなり、「貴方に興味はありません」って言われたぞ。何?オレってあの子に嫌われてんの?」
「朝日ちゃんにも分かるのね。十樹兄さんと桂樹兄さんとの違い」
そう言う亜樹も、当然見分けられるのだが、まだ会って僅かな期間で二人を見分けてしまう所は、流石ブレインだ。
「あーあ、亜樹、オレ、オレってこんなに面倒臭い生き物だって実感した。どんな乱暴者なの?オレ」
桂樹は、ドカっとソファに倒れこむように横になり、五分も経たない内に眠ってしまった。 亜樹は奥にあった布団を桂樹に被せて、「赤ちゃんみたいね」と橘と、くすくす笑った。
☆
「大変だ!大変だ!」
「何があったの?あなた」
夜も遅くなった頃、カリムやリルが行き来していたカーティス村では、仕事から帰って来た男達が家族の元へ急いだ。
「光虫が、広場で大量発生しているんだ!」
「何ですって?」
村の者達が慌てて広場へかけつけると、薄緑色に発光する光虫が、幻想的なまでに群れをなして、広場の空にいた。ざわざわと皆が、「何か不吉な事の前ぶれでは・・・」と口々に話をしている。光虫達は、まるで意思を持っているかの様に、住民の周りをぐるぐる回ったり、点灯したり、住民達に何かを知らせる様に動いていた。
「また光虫?どうなってるのよ、この村は」
そう呟いたのは、リルの母である。アルコール中毒のリルの母親は、カリムの両親に連れられて村の広場へ来ていたのだ。
「何か・・・わしらに訴えとる。光虫は、ただの発光体ではないのじゃ」
村の長老がそう言うと、皆一同に冷静さを取り戻した。広場の空に、すうっと昇っていった光虫は、その光のまま「神隠しの森」へと 導いているかの様に映り、それに吸い込まれた村人達は「神隠しの森」に向かって歩き出した。