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SKY CAFE

 幾何学大学 ~クローン製造部~

-------二ヵ月後。

幾何学大学のある一角では、桂樹の考案した『ゴキブリ王国』の建設が、着々と進められていた。

「これは、アレだよな」

「アレって本当に必要なの!?って言うか、こんなの建てて誰が喜ぶんだよ」

大学に属する各研究員達は、『ゴキブリ王国』の事を「アレ」と表現して困惑していた。

勿論、その声は白石十樹や桂樹の元へ、届いていたが、桂樹が十樹に扮して行ったスピーチだった為、その悪評は全て十樹が引き受ける事になり、『ゴキブリ王国』を実現させようとしている桂樹は、十樹程気にしていなかった。

「あー疲れた疲れた」

頭にハチマキを巻いて、大工職人よろしく現場で指揮をとっていた桂樹は、実に機嫌よさそうに鼻歌を歌いながら、宇宙科学部の研究室に帰ってきた。その様子を見て、十樹は、「はあ・・・」とため息をついた。

『ゴキブリ王国』の工事が進んでいくと同時に、研究室にあるパソコンに、苦情のメールが増えて来ているのだ。十樹は、ただでさえ自分にとって不本意な「軍事用クローン製造部」の指揮を神埼に全て預けている事で、現場での白石十樹の評判は、悪くなる一方だった。それなのに、今日も神埼亨から、「現場に来い」という催促のメールが苦情の中に紛れて入って来ている。

「あら、桂樹兄さんより、十樹兄さんの方が疲れている様に見えるわ」

「この所、悩み事が多くてね」

くすくすと笑う亜樹は、クローンだと打ち明けたあの日から、約束通り、三日間だけ白石家に滞在した後、この研究室に帰ってきた。 亜樹曰く、「私がここにいないと、十樹兄さんと桂樹兄さんのケンカを止める人がいなくなってしまうわ」と言うことらしい。白石家の両親は残念がっていたが、亜樹の選んだ道だと心良く亜樹の大学行きを了承した。

「軍事用クローンの事かしら?」

「それだけなら、まだ良いんだが・・・」

十樹は桂樹をちらり、と見ながら、再び深いため息をつく。

「十樹兄さん、ため息ばかりついていると、幸せが逃げていってしまうわよ」

「亜樹、最近私は、何の研究をしているのか分からなくなってきたよ」

元、生体医学部所属であり、宇宙科学部であり、兼任して軍事用クローン製造部に所属していたりと、十樹が手がけている研究は多い。 この上『ゴキブリ王国』の責任者という汚名を桂樹の代わりに引き受けて、仕事の量は減る事がなく、十樹の心は疲れていた。

「桂樹、一段落したら『ゴキブリ王国』の運営を全てお前に任せるからな」

「元からオレは、そのつもりでいるぞ」

「なら、いいんだ」

そう言った後、十樹はカレンダーの日付を見て、無口になった。

-------そろそろだ。軍事用クローン製造部が騒ぎ始めるのは。

十樹の造ったクローン製造ディスクの効果が結果として現れるのは。

         

神埼の指揮により、「軍事用クローン製造部」は、ほかに類を見ない速さで、軍事用クローン計画が成功しつつある様に見えた。今は、百体に昇るクローンの胎児が、育成するポッドの中で眠っている。

「朝日君、君の言っていたコード不足は、問題なかっただろう。君の考えすぎだ」

「そうだったのでしょうか」

全てが順調にいっているこの状況の中、朝日だけがクローンの状態に疑念を抱いている。

神埼亨は、機嫌よく他の研究生の入れたコーヒーを手に取り、口に含んだ。

「このディスクのコード不足は、致命的な欠陥がある様に私は今でも思いますが」

「君の思い過ごしだ」

神埼は、自身の提供したDNAを持つ胎児の前に立ち、ポッドに手をついた。

「しかし、何だな。いくらクローンとは言え、僕が生まれる前の姿を、こう------見てしまうと、何だか奇妙な気分に囚われる。なあ朝日君」

「私はそうでもありません。両親は私を捨てましたが、私自身が意図的に造られた試験管ベビーでしたから。今まで何体も、私と同じくして造られた存在を知っています」

神埼は思う。 朝日は神埼と違い、このクローン体を造るのに、何のためらいもなく、自身の髪を提供したのだった。優秀な遺伝子を持つ、貴重な存在である朝日には、恐らく自分とよく似た子供達を見てきたのだろう。

「・・・それにしても、白石十樹なんて結局いらなかったな。ディスク一枚で、十分クローンは製造できる事を僕は証明したんだ」

後は、クローンが成長し、軍にとって必要な年齢になるのを待つだけだ。あの白石亜樹の様に、生まれながらに知識や記憶を持ち、自分そっくりの・・・

「・・・・・」

神埼はそこまで考えて、一端、思考を停止した。朝日は、つい先程まで、勝ち誇るような表情をしていた神埼を、不思議そうに見上げた。

「こんにちは・・・中々順調だという噂を聞いて伺ったのですが・・・」

「白石十樹!」

「神埼先生・・・いちいち私の名をフルネームで呼ばないで頂きたい」

噂をすれば影といったタイミングで、白石十樹は現れた。成長しつつある胎児を見ながら、他の研究員達に挨拶をしている。

「ここに何の用だ。今更、僕の研究成果を見てどうする気だ。成功報酬は全て僕のものだから、その様に考えたまえ」

「ええ、それで結構ですよ。私は他にもする事があって、忙しい身ですから」

この所、「ゴキブリ王国」の苦情メールに対応しているだけで、一日が終わっていた十樹は、思わず愚痴めいた事を神埼に言った。

「他の科より早く成長していると言う事は、成長促進剤を使っているのでしょうか?」

「ああそうだ。白石十樹の造った養分だけでは心配だったからな」

「何度も言いますが、あのディスクは私の造ったものでは・・・」

「何度も聞いた。だが、間違いなく制作者は君だと確信している」

神埼は十樹にしつこく、その事実を確認した。

十樹は、それに辟易していた。

「・・・あと、二日かな」

十樹の呟きに、神埼がぴくり、と反応する。

「白石、それはどういう意味だ」

「何でもありませんよ。では、成功を祈ってます」

片手を軽く挙げて、十樹は神埼と朝日にそう言って研究室から出た。もう自分に責任はないと言わんばかりの視察だった。

------あと二日?

朝日は十樹の言葉を反芻して、ある答えに行き着いたが、周囲にちやほやされている神埼を見て、言うべき言葉を失った。神埼亨は、このクローン計画が成功すると信じてい

る。

------あと二日・・・まさか。

朝日は、ポッドの中で成長する胎児を見て、予感が本当になることを確信した。

このクローン計画は失敗する。 そう思わざるを得なかった。

         

「橘君、すまないがコーヒーを入れてくれないか?」

「はい、わかりました」

橘は、カチャカチャと音を立てて、コーヒーメーカーにコーヒー豆を入れる。コーヒーの香りが辺りに立ち込めて、十樹はソファに腰を下ろした。

「・・・何か楽しそうですね。クローン製造部へ行って来られたのでしょう?どうでしたか?」

「順調だったよ。成功だ」

橘は、クローン製造を重荷と思っていただろう十樹を見て、不思議に思いながら出来立てのコーヒーを手渡した。

その時、研究室のインターフォンが鳴った。

橘がそれに出た。

「はい、宇宙科学部です」

「そちらに白石桂樹さんが在籍されているとの事ですが」

大学警察の制服を着た、長身の男が桂樹を尋ねて来た。

「ええ・・・ですが、今は不在です。もし、急な御用でしたら、大学一階の『ゴキブリ王国』の建設地にいらっしゃいます」

「そうですか・・・分かりました。そちらに行ってみます」

そう言って、ふつりと回線が切れた。

「大学警察・・・桂樹先生に何の御用でしょうか?」

「ああ、きっと『ゴキブリ王国』の建設に反対した研究員達が苦情を大学警察側に提出でもしたんだろう」

十樹は、ここ二ヶ月にあった出来事を振り返ってそう語る。パソコンに寄せられたメールの中には過激な文章もあり、十樹を悩ませている。

「実現すると良いですね『ゴキブリ王国』」

「私はどっちでも良いんだ。今までも、ゴキブリと同居しているのと変わらない生活をしているしね」

「そうですか」