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SKY CAFE

 幾何学大学 ~明日の希望~

   

父親と十樹が別の部屋へ行ってしまい、残された桂樹と亜樹は、母親から出されたお茶菓子をつまみながら、話をしていた。

「で、何でこの家、こんなにバカみたいにデカくなったんだ?」

「十樹のお陰よ。あの子が幾何学大学で成功したお陰で、家にまで大学からお金が入って来る様になったの」

「へ-----」

「最初は使わずに、ずっと貯金をしていたのだけれど、銀行が限度額を超えてしまってパンク状態だと言うから・・・思い切って家を建て治したのよ」

「もしかして、十樹ってすごい金持ちなのか?」

桂樹が母親にそう聞くと、「まあ、知らなかったの?」と返事が返ってきた。

(ちくしょう、それならオレの借金、肩代わりぐらいしてくれたって・・・)

「そう言えば、桂樹の噂は聞かないけど何の研究をしているの?」

「さあ・・・」

「ゴキブリを愛してます」とは、流石に母親には言えず、気まずそうにお茶をすすった。

         

「父さんに一つお願いがあります」

「何だ?」

「私が亜樹に、この事を伝えた時、私達を拒否した時、亜樹をこの家に置いて下さいませんか?」

十樹がそう言うと、父親は無言で首を縦に振った。

「これで私も、安心して亜樹に打ち明けられます」

ほっと息をついて、十樹は亜樹達のいる客間に戻ろうとした。

その時。

「今度、お前は「軍事用クローン」を造ろうとしていると、昔の友人が教えてくれた。それは本当か?」

十樹の父親は、核心をつくかの様にそう言った。十樹も自然に表情が険しくなる。

「本当です。しかし私は、そう簡単にクローン製造の秘密を明かすつもりはありません。全ては上層部が仕組んだことです」

「十樹、お前は大学にかなり貢献して来たんじゃないのか?そんな命令は拒否して、家に帰ってきてもいいんだぞ・・・私達は、それが一番の望みだ」

父親は、十樹を説得する様にそう言って、ソファから立ち上がった。

「有難いお話ですが、大学に残してきた物が多すぎて、今はまだ考えられません」

「そうか」

残念そうに父親は答え、十樹と共に客間へ戻る為に歩みを進めた。

         

軍事用クローン製造部では、他に遅れを取ってはならないと、研究員は眠らずに作業日程を練っていた。 そこへ神埼が戻ってきた。

「神埼先生、例のディスクの通りに事を進めれば、およそ二ヶ月でクローンは誕生します。大体の機材は揃いました。あと、必要なのはクローン百体分の毛髪だけです」

神埼は、小さなケースに入っている髪を吸う本、研究員に渡した。

「これは・・・」

「ここに来る前に拾ってきた毛髪だ。それを使ってもいい」

それは、白石十樹の研究室の前で、神埼が拾ってきたものである。恐らくそこには、「宇宙科学部」に属する人間の髪が混ざっているに違いない。神埼は、そう考えていた。

「いたっ!」

突然、神埼は、ちくんとした小さな傷みを感じて振り向くと、机の上に乗ったブレイン朝日が、髪の毛一本を持ってそこにいた。

「君は、もう解雇されたんじゃなかったか」

「私は、まだ正式に解雇通知を受け取っていません」

ブレイン朝日が、しらっとそう言って、神埼の髪をガラスケースに入れた。

「ちょっと待て!まさか、この僕のクローンを造ろうとしているんじゃないだろうな」

「そのまさかです」

「朝日君、君はこの方法でのクローン製造に、反対していたんじゃないのか」

「・・・興味があるんです。白石十樹が一体、どんな結末を生み出すのか」

ブレイン朝日から、神埼の髪の入ったケースを取り上げようとしたが、朝日は巧みにそれを交わして、他の髪と一緒にしてしまった。

「朝日君!君はどういうつもりでこんな事を!」

「神埼亨も、他に対し同様の事を行った筈です。他に求めるのであれば、まず、自らが実験体になるべきだと、朝日は考えます」

「くっ・・・!」

神埼は、ブレイン朝日の道徳的な考えに、何も答えられなかった。今まで、数々の人間を実験体にしてきた神埼には、当然の報いだと言わんばかりに朝日の目は冷たい。

「ここにいる研究員達の髪を、一人一本ずつ提供する様、神埼先生から言って下さい。これは命令です」

「------僕は、君の命令に従うつもりはない。あくまでも僕の意志で言わせて貰う」

「分かりました」

神埼が小型マイクを通して、研究員達に伝えると、ザワザワと室内が騒がしくなった。皆、自分のクローンが出来てしまう事を恐れたのだ。途中で離脱する者も現れたが、この軍事用クローン製造部の秘密が、他に洩れる事を由としなかった大学警察が、その身柄を拘束した。

「朝日君、君の髪もいただこうか。何と言っても優れたDNAから生み出された君の事だ。きっと、優秀なクローンが出来るだろう」

「私は貴方と違って、既に提供済みです」

「そうか・・・」

神埼は朝日に返事をしながら、ぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。あの白石十樹の妹、亜樹の様に、自分とそっくり同じ人間が現れることに、研究員のメンバーと共に恐れていた。 生まれてきたクローンには、記憶がある。クローンであると言う自覚もないまま、幾何学大学を歩き回るのだ。それが、もし自分自身であるのならば、神埼の研究室を乗っ取り兼ねない。

------自分自身と戦うのか------

この際、呪うべきは神埼自身の性格だろう。

その時、僕はどうするのだろうか。

『我が子を戦地に送り出す気はありませんから』

以前、取材陣のインタビューにそう答えた十樹の事を思い出した。こんな状況になって、初めて白石十樹の言っていた事が、理解出来た気がした。

         

「亜樹、ちょっといいかい?」

十樹は、父親から一室を借りて亜樹を呼び出した。

「何?十樹兄さん」

亜樹は素直にそれに応じると、十樹を見て言った。

「亜樹も、もう気付いているだろう事の確認だ」

「ええ・・・知っているわ」

俯いて亜樹が言う。

「私はクローンなんでしょう?」

震えた声でそう言うと、亜樹は力なくその場に座りこんんだ。泣いている様だった。

「いつ、それに気付いたんだ?」

「生体医学部の神埼先生が教えてくれたわ。確かめたいのなら、一度実家へ行ってごらんって」

「-----そんな事だろうとは思っていたよ」

十樹は、泣いている亜樹のそばで、かがんでそう言った。

いつかは話さなければならない事だった。神埼を恨むつもりはないが、出来れば自分達の口から伝えたかった。 ここに来るまでの期間、亜樹は一人でどんな想いでいたのだろう。

「何故、私を造ったの?」

「すまない亜樹、全て私のエゴだ」

「-------私達のだよ」

この場にいない筈の声に、十樹が振り向くと、両親が立っていた。

「亜樹が死んで、絶望の淵にいる私達を救いたかったのだろう?十樹」

「------申し訳ありません」

亜樹を生み出した罪を、半分背負うかの様な、両親に十樹は謝った。

「亜樹、私達は幾何学大学に今日、帰らなくてはならない。亜樹の外出許可は、二、三日きちんととってあるから、その間に考えてくれないか?大学に残るか。この家に戻る

か」

「オレがこの家に二、三日泊まりたいなあ。こんな豪邸だったら、この家でダラダラ過ごしたい・・・」

「桂樹は私と帰るんだ!」

父親と母親の後ろで、そう呟く桂樹に、十樹は一喝して部屋を出た。

「亜樹・・・父さんと母さんは、君が家に住むのを歓迎するよ。この家は、二人で住むには広すぎるんだ」

「亜樹さんさえ良かったら、家に来てちょうだい?」

母親は亜樹を抱きしめ、愛おしそうにそう言った。

         

「それじゃ、父さん、母さん、亜樹を宜しく頼みます」

「今度は、もっとゆっくり出来る時にいらっしゃい」

「はい・・・いくぞ桂樹」

「オレはこの家の子になる」

十樹は渋る桂樹をずるずる引きずって、迎えにきたエア・タクシーに乗り込んだ。

「ええ------!オレ本当に帰るのかよ」

「お前の外出許可は、私と一緒だ。それに、お前には『ゴキブリ王国』の設計が残っているじゃないか」

「えっ!『ゴキブリ王国』って、あの小さいケースじゃないのか!?」

十樹がその誤解を解くと、桂樹はきらきらと瞳を輝かせた。

「タクシー、一刻も早く幾何学大学へ行ってくれ!『ゴキブリ王国』がオレを待っている!」

運転手は、桂樹の謎の発言に首をかしげながらスピードを上げた。