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SKY CAFE

 幾何学大学 ~選挙~

 

同じく、帰って来ない研究室の主をいらいらしながら待っている人物がいた。

「だ------っ!十樹は留守にするなら留守にすると言えっ!」

桂樹は一行に繋がらない携帯を、ソファに向かって投げつけた。

十樹から頼まれた選挙辞退を出来ないまま、三日が過ぎ、明日はとうとう選挙活動の一環である十五分スピーチがある。 桂樹はごろん、とソファに寝転ぶと、カレンダーを睨みつけていた。

「------どこに行っちまったんだ」

十樹が大学警察に連れて行かれたという事実を知らない桂樹は、他にどうしようもなく、不本意ながら神崎亨に連絡を取ることにした。 その様子を心配そうにカリムとリルが見守る。

「あ-----あ--、白石桂樹だ」

生体医学部に神埼を呼び出すと、桂樹は単刀直入に言った。

「うちの十樹、そっちにいないか?」

「こちらには来ていないが・・・」

「本当だな!?」

「白石は僕に恐れをなして、どこかへ雲隠れか?」

研究室の電話から、神埼の高笑いの声が聞こえてくる。

「十樹がそんな性格じゃない事ぐらい、神埼にも分かってるはずだ。明日は見てろよ。その口で笑えない様にしてやる」

桂樹はそう言って、受話器を置き近くにあったノートに何やら走り書きを始めた。

        

白石十樹は桂樹に扮して、大学警察でただ身柄を拘束されている訳ではなかった。 初日に事情説明を終えるとすぐに、大学警察内にある施設で、犯人を特定する為の科学捜査班に回されていた。 十樹は生体医学を大学入学時に学んでいた事から、足りない人員を補充する為に一時的に大学警察の一員になっていたのだ。十樹は身元不明の男の死体を、既に千葉祥と言う名であることは分かっていたが、それを立証する為のデータをあらゆる所から探り出していたのである。

「白石さんが科学捜査班に来てくれたお陰で、随分早く仕事が終わりそうです」

「それは良かったです」

十樹は試験管を小刻みに揺らしながら、DNAデータを割り出し、一般病棟にある全カルテの血液データと照らし合わせていた。 閉鎖的な環境ではあるが、十樹にとって幸いだったことは、この時、表の世界で起こることを知らなかったことであるかも知れない。

        

翌日、白石十樹が不在のまま、桂樹は身代わりとして選挙運動のスピーチの為、壇上に立つことになった。 もちろん、主催者側にそれを知る者はいない。 同じく壇上に立つ神埼以外は--------

「白石桂樹、こんな所で何をしている」

「しーっ!しーっ!」

二人を見分けることの出来る神埼は、スピーチの順番で並んでいる桂樹に向かい、単刀直入に聞いてきた。それを桂樹は、まあまあ、と苛々している神埼を宥めた。

「今日、ちょっと十樹はいないんだ。十樹に頼まれて仕方なく・・・」

「僕の気のせいかな。あの白石十樹が、お前にこんな事を頼む様な性格ではないと思うんだが・・・」

神埼はそう言うと、疑いの眼差しで桂樹を見た。本当なら十樹は、この候補者に並ぶ様な事はなく、辞退していたはずなのだ。桂樹がこの代理を引き受けているには訳がある。十樹が学長代理にならず、神埼が就任してしまえば、もしかしたらあの研究室を奪われ、ゴキブリは処分-------

桂樹はその時のことを思って、うっと涙ぐんだ。

「何を泣いている」

神埼は呆れた様子で桂樹を見る。

その時、主催者側から声がかかった。

「次、神埼先生お願いします」

桂樹に気を取られていた神埼は、軽く手を挙げてそれに応じた。 神埼が壇上に立つと、会場にいる何人かが拍手で迎えた。

「生体医学部の神埼亨です。この学長代理を選ぶ大事な席を、私の為に用意して下さった事に、主催者側の皆様には感謝をまずお伝えします」

神埼が冷静にスピーチしている中で、桂樹は「人、人、人」と緊張をほぐす為に手のひらに何度も書いて、神埼の話を全く聞いていなかった。

「そして先日、私が公開した通り、衛星四季のコントロール化にある、我が幾何学大学をその抑圧から解放する為の軍事用クローン研究を推進させると共に、いつか平和な時が訪れるよう願ってやみません」

そんなスピーチが続く中で、その聴衆に紛れるカリムとリルがいた。

もしかしたら、村に帰れるかも知れない-------そんな期待を込めて、研究室から抜け出し、桂樹の様子を見にきたのである。

「ね、ねぇ、桂樹まだかなぁ」

「リル、この次みたいだよ」

子供の好奇心も手伝って、二人はわくわくしていた。神埼のスピーチは続いている。

「軍事用クローンを開発する為には、大勢のブレインと、次に出る白石十樹先生の協力が必要不可欠であります。この事を皆様には、 ご承知頂きたく存じます-------では、白石先生どうぞ」

神埼は主催者側を無視して、拍手をしながら桂樹を壇上へと呼んだ。しかし、神埼のスピーチを全く聞いていなかった桂樹は、相変わらず「人、人、人」と手のひらに書いては、無駄な空気を飲み込んでいた。結局、桂樹が神埼の呼びかけに気づいたのは、会場の静寂と主催者側から声をかけられた時である。

桂樹は、「どうも、どうも」とぺこぺこ周りに頭を下げながら壇上に上がった。すると会場から大きな拍手が、桂樹に向かい贈られた。 幾何学大学に入る学生の中には、宇宙創造を果たした白石十樹に憧れて入った者も多い。夢やロマンを追いかけて来た若者達は、十樹の講義を楽しみにして、この幾何学大学での 日々を楽しんでいるのだ。

「えー私が、宇宙科学部の白石十樹です」

桂樹は神埼のスピーチを全く聞いていなかった為、結果、神埼は全く無視された形になった。神埼は「兄といい弟といい、白石兄弟はどうかしてるな」と主催者側には謎のコメントを残して、聴衆に紛れた。

「私がこの大学に入学したのは十歳の時です。最初は生体医学部に所属しておりましたが、宇宙創造を果たして以来、新たに設立された宇宙科学部に------」

桂樹は十樹の経歴を話すと話す事が無くなってしまった為、残りの時間を埋める為に、自分自身の事を話し始めた。

「私は人工宇宙を管理すると共に、多くのゴキブリを飼育しております。ゴキブリ化粧品の素晴らしさを是非、皆様に知って頂きたく本日サンプルを用意しております。女性の皆様にはお楽しみ頂けると思います」

そう話すと、会場はどこかざわめいた。

「私が学長代理に就任した際には、この幾何学大学に「ゴキブリ王国」を設立し、皆様のご期待に沿える様、努力したいと思います」

そう言い残して壇上を去ると、十樹を指示した神埼は周囲から好奇な目で見られる事になった。

「ねえ、今の桂樹、どうだったの?偉い人になれる?」

「・・・残念だけど、ちょっと無理そうだよ」

スピーチの内容が理解出来なかったリルは、カリムに聞いた。カリムは、はあ、とため息をつくと「何で?何で?」と聞いて来るリルに事情を説明していた。

         

全てのスピーチが終わり、開票作業を行っていた上層部は皆、頭を抱えていた。 学長代理として迎えたかったのは、白石十樹か神埼亨だったからである。神埼亨は無難にスピーチを終えたが、神埼が推薦した白石十樹のスピーチに足を引っ張られる形になり、 落選してしまったからだ。

「軍事用クローンは、この二人に一任しようかとも思ったが・・・」

「どうするね。結果、軍事用クローンに反対する者が当選している現実を」

「我々は公正な立場で、学長代理を決めなければならない・・・しかし」

その先は、言わなくても皆に伝わっていた。 今の幾何学大学では、そんな結果は関係なかったのである。

「我々の研究を遥かに凌駕する、あの男を学長代理に・・・」

「いや、彼はこの大学の意思に背き、あんな研究を・・・」

議論は終わることなく、深夜になっても続けられた。