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SKY CAFE

 幾何学大学 ~消えゆく命~

 

「よし、いいだろう」

千葉は、携帯を桂樹から再び奪い取ると、亜樹と向かい合った。桂樹は、ふと倉庫で聞いていた事を思い出した。

--------金が手に入ったら、亜樹は殺されてしまう。

じりじりと迫るその時に、二人は追い詰められていた。けれど、一番追い詰められているのは、この暗殺を仕組んだ依頼者の様にも、桂樹は思えた。自分達を敵に回した時点で、依頼者は幸福にはなれない。

「どうせオレは、正義の味方にはなれねーし」

ボソリと桂樹はそう言うと、千葉は「は?」

と聞き返してきた。二人は、少しずつだったが、倉庫のある場所から窓のある側へと移動していた。それはある意図があるからだ。

--------亜樹には、これ以上、指一本触れさせねぇ。

桂樹の白衣ボタンには、着火剤が仕込んである。白衣からボタンを引きちぎると火がつく様になっている。桂樹はそのボタンを引きちぎり、先刻まで閉じ込められていた倉庫の隙間に向かって思い切り投げた。すると、ボタンは一直線に倉庫の隙間に飛び込んだ。

--------途端。

火は、近くにあったガスボンベのガスに引火し、何本ものガスボンベを巻き込んで、爆発を引き起こした。 桂樹は倉庫に閉じ込められ、引きずり出される際、床に落ちていたクギでガスボンベに穴を開けていたのだ。

「うわああ!火が!」

「消せ!お前らも消せ!」

暗殺屋が火を気にかけている隙に、桂樹は窓ガラスを蹴破り、亜樹を抱え込んで猛火から逃れた。すると脱出口を知った暗殺屋が、次々と窓のほうへ押しかけた。

「一応逃げるぞ!亜樹!」

「兄さん」

桂樹と亜樹は、森の中へ駆け込んだ。

         

--------三億円。

十樹は、大学銀行の窓口で頭を抱えていた。 普段、貯金をする習慣が二人にはなく、大学側から振り込まれてくる給料や、特許での収入にも無頓着だった。一ヶ月で、決められた額を銀行から送って貰う様な生活をしていた為、現在の貯金額を二人は知らない。

『私の通帳から金を下ろして------』

そんな桂樹の言葉を信用して、十樹は桂樹の通帳から金を下ろそうと、記帳をしてみた。

すると、予想の金額がそこには記されていた。

-------預金残高マイナス10000000円

(こんな事だろうと思った・・・)

十樹は、一瞬頭が痛くなったが、当然の事と言う様にその現実を受け止め、仕方なく自分の通帳を記帳した。 すると、予想外の金額がそこには記されてあったのである。

         

「はあ、はあ」

時刻は昼間を指しているのに、暗い森の中を転びながら二人は走っていた。

このまま真っ直ぐに走れば、森を抜けるだろう道路は、さほど離れてはいない。

「お前等待て-------!」

暗くなると自動的に灯る外灯が見え、森から道路に飛び降りると二人は、道路を走るエア・カーに向かって手を振った。 一台のエア・カーが止まる。

「申し訳ありませんが、幾何学大学まで乗せて貰えませんか?」

「いーよ、乗れ」

運転手の乱暴な物言いに、ためらいを覚えたが、追っ手から逃れる手段は他に残されていなかった為、二人は後部座先に乗り込んだ。

「お二人さんご案内-----」

ふざけた態度の運転席に座っている男は、二人にそう言って、乱暴な運転をした。

左右にゆすられ、亜樹と肩がぶつかる。 流石に桂樹も、運転をする男に違和感を覚えざるを得なかった。

「-------お前、一体どういうつもりだ!」

「飛んで火に入る夏の虫ってね」

男はそう言ってエア・カーを止めると、携帯で誰かと連絡をとっている。

「逃げ出した羊は捕まえましたよ」

「-------まさか」

その男は、桂樹の危惧した通り、暗殺屋のメンバーの一人だった。

「えっ、はい・・・はい了解しました」

エア・カーを運転していた暗殺屋の一人は、携帯を切ると、服のジャケットに隠し持っていた短銃を亜樹に向けた。

「二人共、恨むなよ。これがオレ達の仕事なんだからさ」

「亜樹!」

桂樹は亜樹を守るように覆い被さって、覚悟を決め、ぎゅっと目を瞑った。そして、暗殺屋のメンバーの一人が短銃のトリガーを引いた。

「二名様、天国へごあんなーい」

暗い道路の途中で、ぱーんと銃声が響き渡る。 近くにいた鳥が、一斉に森から飛び立った。

--------だけだった。

長くも思えた静寂の後、桂樹はとっくに失われたはずの命を確認したのは、亜樹が桂樹の名前を呼んだ時だった。

「桂樹兄さん」

「へ?」

何が起こったのか、すぐには判断出来ず、桂樹が、暗殺屋の持った短銃を見ると、手品で使うような銃で、小さな国旗や紙吹雪、リボンが銃口から飛び出していた。

「悪いね。お二人さん。形だけは作りたいと思ったのさ」

男は悪びれない様子で言った。

「計画が変更されたのさ・・・本当なら、こっちの銃でパーンと一発だったんだが」

そう言って見せられた銃は、確かに本物で、桂樹はぞっとした。

「二人共、約束通り幾何学大学まで連れて行ってやるよ」

暗殺屋の一人は、口笛を吹きながら、今度は安全運転を始めた。

--------一体、何だったんだ。

         

桂樹と亜樹がログハウスから逃げ出してから、すぐに千葉が取り上げた桂樹の携帯に電話があった。その電話に出ると、桂樹に扮した十樹からだった。

「弟の桂樹です。約束の三億は、そちらの口座に踏み込みました。亜樹を------二人を解放して下さい」

「そうか、でもあの二人は逃げた。今、俺の仲間たちが躍起になって追いかけてるよ」

千葉は、燃え盛るログハウスを見つめながら、呑気にそんな会話を交わしていた。

「貴方達の目的は金ですか?」

「いや・・・白石亜樹の命だ」

「それを依頼したのは------いや、言えませんよね。言わなくてもいい。その代わり、私と取引をしませんか?」

「-------取引?」

興味深げに千葉は、桂樹に扮する十樹の言葉を聞いた。

「こちらは十億出します。その金で、依頼人を私の元へ引きずり出して欲しい」

十樹は静かに、怒りを込めて暗殺屋にそう言った。

「十億・・・」

圧倒的なその額に、千葉はごくりとつばを飲んだ。千葉はしばらく黙りこんで、答えを決めた。

「あんたの勝ちだ。殺るのを止めさせるよ」

そうして千葉は、仲間に連絡をしたのだった。

千葉の隣で、何も知らない、若干五歳の、のえるが燃えさかるログハウスを見て言う。

「かくれが、もえちゃうね」

千葉の隣で、しゅんとしているのえるに、千葉が言った。

「のえる、この隠れ家より、もっと大きな家を建ててやるよ。「青山羊荘」より、もーっと大きい、皆が住める家を」

のえるの両脇を抱え、高く高く空に上げて千葉は言った。

そして、のえるは自分とは関係のない世界で幸せに生きて欲しい。 飢えも貧困もない。

-------普通の世界で幸せな道を--------

         

幾何学大学へ無事到着した、桂樹と亜樹は互いの顔を見て、ほっと息をついた。正直、生きた心地はしない。暗殺屋の一人から事情は聞いたが、あと数分でも電話が遅かったら、二人揃ってあの世行きだったのだから。

「研究室へ戻ろう、亜樹」

「桂樹兄さん------私は、どうして命を狙われたのかしら?」

「まあまあ、亜樹、亜樹が可愛いからに決まってんだろ」

十樹とした約束がある。 亜樹が、クローンであるという事は、出来ればこれからもずっと隠して置きたいのだ。 互いが互いでいる為に。

「さあ、十樹に会いに行こう」

         

後日、学長代理に面会を求め、幾何学大学を訪れた青年がいた。 面会室で暗殺屋のリーダーの千葉は、スーツにネクタイといった正装で現れた。 学長代理は自らについているSPを、面会室から追い出して千葉と話を始めた。

「本来なら、君のような者が来る場所じゃない。金の取引なら、携帯かパソコン上で交わそうじゃないか」

「少し事情が変わったんです」

二人きりの面会室で、千葉は金属音を立てながら、学長代理に向けて銃を突きつけていた。

「一体何事かね」

「白石桂樹と取引をしたんです。貴方を必ずひきずり出して、白石桂樹の前に立たせなければなりません」

「そんな馬鹿な!君は私が雇った暗殺屋じゃないか」

ガタガタと椅子から立ち上がり、学長代理は面会室の中を、銃口から逃れようと歩きまわった。

「SP!SP!」

学長代理は叫び声をあげ、外のSPを呼び出した。

「どうかしましたか!?」

SPは銃を持った面会者を見て、すかさず銃で面会者の背を撃った。しかし、千葉は撃たれ倒れる前に、学長代理の心臓を打ち抜いた。

「ぐわぁ」

学長代理は醜い叫び声をあげて、その場にくずれ落ちる。

「学長代理!学長代理!しっかりなさって下さい!早く、救急隊を」

SP達がバタバタと動いている。 千葉は遠ざかる意識の中、ただ一人の名前を呟いた。

--------のえる、と。

          

「白石先生達、これ何とかなりませんか?」

橘は扉のロゴにかけていた愛犬、ソネットのペンダントネックレスを十樹と桂樹に差し出した。

「ソネットの写真の裏に盗聴器が仕掛けられているんです」

「お前、そんな犬の写真捨てちまえ」

桂樹が手をひらひらと振って笑った。

「ただの犬じゃありません。ソネットです!」

「神埼が私の帰りを待って電話をかけて来るのはそのせいか」

「よし、私が」と橘からネックレスを受け取る。これ以上、神埼に付きまとわれてはたまらない。

「このネックレス、純金だな」

「ええ!じゃあオレも協力するよ。写真はいらねーから、このネックレスだけ」

十樹が、ごちっと音を立てて、桂樹を拳骨で殴った。

「お前はまず、銀行に借金をかえしなさい!」

そんな中、ニュースが研究室に流れる。学長代理の死を大きく、一人の青年の死を小さく告げていた。それを、さして気にする様子もなく、宇宙科学部の研究室のメンバーは日常を過ごしていた。