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SKY CAFE

 約束の町で 

大樹は幼い頃の夢を見た。 まだ両親が生きていた頃の話だ。

『お父さん、何で僕の名前は大樹なの?何で家は三ツ木なんて苗字なの?------僕、この名前大嫌いだ』

大樹は近所の子供達にからかわれて、家へ逃げるようにして帰ってきた。

『大樹、お前の名前は、沢山の鳥達が集まり、空を飛ぶ鳥達の安らげる止まり木として、大きく育ってくれる様、願いを込めて大樹という名前をつけた』

父親はそう言って、大樹の頬に手を当てた。

『僕、嫌だよ。こんな名前なんて要らなかった。お父さんの馬鹿!』

大樹が父親を言葉でなじって、ポカポカと小さな手て胸を叩いた。

------そう、こんな名前はつけて欲しくなかったのだ。

        

今、オレにとまっているのは、沢山の鳥達ではなく霊たちだ。 こんな名前は要らなかったのである------

「あ、お兄ちゃん目を開けたよ」

保育所にいた子供の一人が、大樹をゆり起こした。霊たちの姿はない。

------先刻の霊たちは、夢だったのだろう。

そんな期待を込めて起き上がると、拓也は当初と変わらず、部屋の隅で本を読んでいる。 大樹は、ゆらりと立つと、少し足元がおぼつかない感覚がして、足が震えている事に気付いた。大樹は拓也に声を掛けた。

「なあ、先刻のは冗談だったんだよな」

「何?お兄さん、もう一度見たいの?」

拓也は無愛想にそう言って、大樹の額に指を当てようとした。

「わ-----!それはもういい!」

「でも、僕としては、お兄さんに出来る限り早く、この保育所から出て行って欲しいんだよね。さっきも言った通り、お兄さんのお陰でこの部屋が狭いんだ」

拓也が、部屋の隅に座っているのは、そのせいか。 確かに、大樹がいる限り、恨みを持った霊たちはここに集まってくるのだ。

「なあに?起きたの?」

結が保育所に帰ってくると、子供達は喜んで結いに飛びついた。

「結!この神社、ちっとも霊たちが成仏してないじゃないか!この寺、機能してないぞ」

「そんな事言われてもねぇ・・・お墓を荒らす貢くんが悪いのよ」

結は、全く仕方ないわねえ、と言って大樹と拓也の元へ来た。

「拓也、霊の姿が見えるなら何とかかする方法も知ってるんじゃないのか?」

大樹は、往生際悪く十歳の子供に泣きついた。

「せめて、お墓で手を合わせるべきだったわね」

「わー!オレは一体どうなるんだ!」

大樹が頭に手を当てて叫ぶと、拓也が言った。

「------あるよ。成仏させる方法」

「何なんだ、それは教えろ!」

人生何度も大ピンチを抱えて生きてきた大樹も、今回ばかりは放っておけなかった。自身に起こる不運も、きっと霊達が関係しているに違いないと思ったからだ。 大樹は拓也の襟を掴み、かくかくと揺さぶった。

「仕方ないなあ」

そうして拓也は、もう一度大樹の額に手を触れたのだ。

「直接霊と話してよ。僕は関係ないから」

「うわああ!」

大樹は先ほどの現象がもう一度起こるのかと思い、目を瞑って保育所の中を走り回った。 何も知らない子供達は、きゃっきゃっと何かから逃げる大樹を面白がって追いかけている。

「拓也くん、貢くんに何したの?」

「霊を一体だけ見せることにしただけだよ」

拓也は本を読みながら、落ち着いた様子で言った。

        

大樹がようやくその事に気付き、ただ一体の白装束の霊を確認したのは、十分程たった後である。

「何だ、拓也、一体だけなら一体だけと先に言ってくれよ」

「聞かなかったのはお兄さんでしょ」

拓也は呆れた様子で大樹を見た。 一体だけ大樹にも見える様にしたのは、この霊(お爺さん)の頼み事を聞く為らしい。

「------で、オレは何をすればいいんだ?」

大樹は仕方なく、白装束を着たお爺さんに向き合った。

『最近の若者はけしからん!供え物に手を出すとは!ワシが成敗してくれる!』

老人はそう言うと、手に持った竹刀を大樹の頭に振り下ろした。大樹は、うわあと悲鳴にも似た声をあげて両腕で頭を庇った。

(すかっ)

そんな空気の鳴る音が聞こえ、大樹は閉じた瞳を開ける。

(すかっすかっすかっ)

『ううむ・・・っ』

竹刀を振りかざすも、竹刀は大樹の身をすり抜けて、全て空振りに終わっていた。

「お爺さん、そんな事したって、もうお爺さんは死んでるんだ。大人しくこのお兄さんに願い事を叶えてもらいなよ」

『ワシの願いは、最近たのたるんだ若者を鍛える事じゃ』

老人は、竹刀を床に突き刺して、仁王立ちをして大樹を睨んだ。

「-------だってさ、お兄さんはこのお爺さんの言う事を聞いてあげて」

拓也は言った。

         

『ワシが若い頃は、朝から晩まで身を粉にして働いておったもんじゃ』

そんな事もあって、大樹は結に紹介してもらった島の新聞屋で働くことになった。 朝は新聞配達、昼は保育所で子守りをし、夕方にはカラスとケンカをしながらお供え物を回収し、墓周辺の草を抜き、夜は神社の掃除をした。 結に手伝って貰いながら、朝の新聞配をする。結は自転車で、大樹は自力で走った。すると、幼い頃の知り合い何人かに会って、「懐かしいわねえ」とか「やっぱり故郷が一番でしょう?とおしゃべりなおばさん達と会話を交わす。こんな感覚も久しぶりの事だ。大樹は、霊の爺さんに少しだけ感謝をした。 途中、爺さんに『休憩をとれ』と言われて、何度か足をとめて座り込んだ。久しぶりの労働に大樹の脚は筋肉痛でぱんぱんだ。

-------あれ?

「・・・・・」

ふと老人の姿を見ると、休憩をとった家の軒先から、心配そうに家の中を眺めている姿が見えた。

--------ここは、爺さんの知り合いの家か?

「なぁ、爺さ・・・」

大樹は、お爺さんの肩に触れようとしたが、手はすり抜けてしまった。

(そうか・・・爺さんは霊体だった)

余りにリアルにその姿が見えていた為、老人が霊体である事を一瞬忘れてしまっていた大樹だった。

『ん・・・何じゃ?』

「いえ、何でもありません」

大樹はふと思った。 この老人の願い事は、本当に自分を鍛える事なのだろうか、と。

(もしかしたら、もっと他の------)

「貢くん、次行くわよ------」

「はいはい」

結に呼ばれて、大樹はまだ半分以上もある、新聞配達を続けた。

         

「お兄さん、境内に落ち葉が沢山落ちてるから、箒で掃けだって」

「・・・はい」

拓也は部屋のすみっこで相変わらず本を読んでいたが、大樹に対して霊達が色々と注文をつけているらしく。

「お兄さん、墓の花の水が枯れてるって」

とか。

「お兄さん、またカラスが来てるから何とかしろって」

などと、霊からの伝達事項を伝えて来るのだ。

(------ちくしょう、何だか腹が立って来たぞ。一体このガキは何者なんだ)

大樹に見えない霊達の注文である為、これではまるで拓也が大樹の仕える主人の様だ。

(さしずめ、オレはこいつにとって、犬的存在みたいな・・・)

「お兄さん、僕の肩揉んでだってさ」

「お前ね・・・流石にそれはないだろう」

         

------そうして数ヶ月が経った。

『さて、お前さんも随分働いたし、ワシはそろそろ行くかの』

「爺さん、ようやく成仏してくれるのかよ」

この数ヶ月間、大樹は老人に鍛えあがられたおかげで、もう筋肉痛に頭を悩ませる事なくなった。そして、バイト代も随分貯まり、もう保育所で寝泊りしなくても良い程の額となっていた。

「結、爺さん成仏するって」

「えっ!?本当?」

大樹がそう伝えると、部屋の隅にいた拓也も、保育所から出て来た。 そして老人は言った。

『この数ヶ月間、実に楽しかった』

「オレは大変だった。けど、こうして成仏してくれる日が来るって言うのも感慨深いが」

老人は墓の方を見ながら、実に満足気な笑顔を見せた。この神社の墓は、相変わらず「故人が供え物を食べてくれる墓」として、沢山の人が墓参りに訪れる様になっていた。 今日は、冬の割に暖かく、墓の前にピクニックシートを敷いて、弁当を食べている家族までいる。

------こんなに、賑やかな墓参りもあるんだな。『大樹くん、ありがとうな』

「え・・・?」

老人の意外な一言に、大樹は目を見張った。 誰かから感謝される事が、久しぶりの事だったからだ。

『君のした事は誠にけしからんことじゃった。しかし、結果的に良い方に転んだ』

大樹は老人が何を言っているのか分からなかった。

『ワシの家族は、ワシが死んでからと言うものバラバラになってしまっとたんじゃ。ワシはそれが気掛かりでな-------死ぬに死ねんかった』

それは老人が息を引き取る際の、最後の遺言だったのだろうか。老人は嬉しそうに目を細める。

『じゃが見てみい。そこで楽しそうに弁当を広げとるのがワシの家族じゃ。この神社の噂を聞いて、また集まったんじゃ』

大樹は老人の言う通り、ピクニックをしている一行を見た。すると、「やっぱりお爺ちゃんがいないと始まらないのよね------」という声が聞こえてくる。 老人は大樹に笑って言った。

『お前さんを鍛えるのも、なかなか楽しかったぞ。お前さんみたいに素直で良い若者に出会えたのも、何かの縁じゃったのかな。ワシみたいな者の言葉に耳を傾けてくれた・・・』

「爺さん・・・」

大樹は老人の言葉を、どこか神聖な気持ちで聞いていた。

『じゃあ、ワシは行く。さらば皆よ』

そう言い残すと、老人は雲一つない晴天の空に吸い込まれる様にして、高く上がって言った。 それはまるで、白い鳥が飛び立っていくかの様だった。

------いつか、なれるだろうか。オレの父さんの言っていた、鳥達が羽を休める、そんな立派な大きな樹に。

------いつか、なれるだろうか。大空に飛び立っていくあの鳥達のように。

大樹は澄んだ空を見上げ、そう願った。

 

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