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大樹は幼い頃の夢を見た。 まだ両親が生きていた頃の話だ。
『お父さん、何で僕の名前は大樹なの?何で家は三ツ木なんて苗字なの?------僕、この名前大嫌いだ』
大樹は近所の子供達にからかわれて、家へ逃げるようにして帰ってきた。
『大樹、お前の名前は、沢山の鳥達が集まり、空を飛ぶ鳥達の安らげる止まり木として、大きく育ってくれる様、願いを込めて大樹という名前をつけた』
父親はそう言って、大樹の頬に手を当てた。
『僕、嫌だよ。こんな名前なんて要らなかった。お父さんの馬鹿!』
大樹が父親を言葉でなじって、ポカポカと小さな手て胸を叩いた。
------そう、こんな名前はつけて欲しくなかったのだ。
☆
今、オレにとまっているのは、沢山の鳥達ではなく霊たちだ。 こんな名前は要らなかったのである------
「あ、お兄ちゃん目を開けたよ」
保育所にいた子供の一人が、大樹をゆり起こした。霊たちの姿はない。
------先刻の霊たちは、夢だったのだろう。
そんな期待を込めて起き上がると、拓也は当初と変わらず、部屋の隅で本を読んでいる。 大樹は、ゆらりと立つと、少し足元がおぼつかない感覚がして、足が震えている事に気付いた。大樹は拓也に声を掛けた。
「なあ、先刻のは冗談だったんだよな」
「何?お兄さん、もう一度見たいの?」
拓也は無愛想にそう言って、大樹の額に指を当てようとした。
「わ-----!それはもういい!」
「でも、僕としては、お兄さんに出来る限り早く、この保育所から出て行って欲しいんだよね。さっきも言った通り、お兄さんのお陰でこの部屋が狭いんだ」
拓也が、部屋の隅に座っているのは、そのせいか。 確かに、大樹がいる限り、恨みを持った霊たちはここに集まってくるのだ。
「なあに?起きたの?」
結が保育所に帰ってくると、子供達は喜んで結いに飛びついた。
「結!この神社、ちっとも霊たちが成仏してないじゃないか!この寺、機能してないぞ」
「そんな事言われてもねぇ・・・お墓を荒らす貢くんが悪いのよ」
結は、全く仕方ないわねえ、と言って大樹と拓也の元へ来た。
「拓也、霊の姿が見えるなら何とかかする方法も知ってるんじゃないのか?」
大樹は、往生際悪く十歳の子供に泣きついた。
「せめて、お墓で手を合わせるべきだったわね」
「わー!オレは一体どうなるんだ!」
大樹が頭に手を当てて叫ぶと、拓也が言った。
「------あるよ。成仏させる方法」
「何なんだ、それは教えろ!」
人生何度も大ピンチを抱えて生きてきた大樹も、今回ばかりは放っておけなかった。自身に起こる不運も、きっと霊達が関係しているに違いないと思ったからだ。 大樹は拓也の襟を掴み、かくかくと揺さぶった。
「仕方ないなあ」
そうして拓也は、もう一度大樹の額に手を触れたのだ。
「直接霊と話してよ。僕は関係ないから」
「うわああ!」
大樹は先ほどの現象がもう一度起こるのかと思い、目を瞑って保育所の中を走り回った。 何も知らない子供達は、きゃっきゃっと何かから逃げる大樹を面白がって追いかけている。
「拓也くん、貢くんに何したの?」
「霊を一体だけ見せることにしただけだよ」
拓也は本を読みながら、落ち着いた様子で言った。
☆
大樹がようやくその事に気付き、ただ一体の白装束の霊を確認したのは、十分程たった後である。
「何だ、拓也、一体だけなら一体だけと先に言ってくれよ」
「聞かなかったのはお兄さんでしょ」
拓也は呆れた様子で大樹を見た。 一体だけ大樹にも見える様にしたのは、この霊(お爺さん)の頼み事を聞く為らしい。
「------で、オレは何をすればいいんだ?」
大樹は仕方なく、白装束を着たお爺さんに向き合った。
『最近の若者はけしからん!供え物に手を出すとは!ワシが成敗してくれる!』
老人はそう言うと、手に持った竹刀を大樹の頭に振り下ろした。大樹は、うわあと悲鳴にも似た声をあげて両腕で頭を庇った。
(すかっ)
そんな空気の鳴る音が聞こえ、大樹は閉じた瞳を開ける。
(すかっすかっすかっ)
『ううむ・・・っ』
竹刀を振りかざすも、竹刀は大樹の身をすり抜けて、全て空振りに終わっていた。
「お爺さん、そんな事したって、もうお爺さんは死んでるんだ。大人しくこのお兄さんに願い事を叶えてもらいなよ」
『ワシの願いは、最近たのたるんだ若者を鍛える事じゃ』
老人は、竹刀を床に突き刺して、仁王立ちをして大樹を睨んだ。
「-------だってさ、お兄さんはこのお爺さんの言う事を聞いてあげて」
拓也は言った。
☆
『ワシが若い頃は、朝から晩まで身を粉にして働いておったもんじゃ』
そんな事もあって、大樹は結に紹介してもらった島の新聞屋で働くことになった。 朝は新聞配達、昼は保育所で子守りをし、夕方にはカラスとケンカをしながらお供え物を回収し、墓周辺の草を抜き、夜は神社の掃除をした。 結に手伝って貰いながら、朝の新聞配をする。結は自転車で、大樹は自力で走った。すると、幼い頃の知り合い何人かに会って、「懐かしいわねえ」とか「やっぱり故郷が一番でしょう?とおしゃべりなおばさん達と会話を交わす。こんな感覚も久しぶりの事だ。大樹は、霊の爺さんに少しだけ感謝をした。 途中、爺さんに『休憩をとれ』と言われて、何度か足をとめて座り込んだ。久しぶりの労働に大樹の脚は筋肉痛でぱんぱんだ。
-------あれ?
「・・・・・」
ふと老人の姿を見ると、休憩をとった家の軒先から、心配そうに家の中を眺めている姿が見えた。
--------ここは、爺さんの知り合いの家か?
「なぁ、爺さ・・・」
大樹は、お爺さんの肩に触れようとしたが、手はすり抜けてしまった。
(そうか・・・爺さんは霊体だった)
余りにリアルにその姿が見えていた為、老人が霊体である事を一瞬忘れてしまっていた大樹だった。
『ん・・・何じゃ?』
「いえ、何でもありません」
大樹はふと思った。 この老人の願い事は、本当に自分を鍛える事なのだろうか、と。
(もしかしたら、もっと他の------)
「貢くん、次行くわよ------」
「はいはい」
結に呼ばれて、大樹はまだ半分以上もある、新聞配達を続けた。
☆
「お兄さん、境内に落ち葉が沢山落ちてるから、箒で掃けだって」
「・・・はい」
拓也は部屋のすみっこで相変わらず本を読んでいたが、大樹に対して霊達が色々と注文をつけているらしく。
「お兄さん、墓の花の水が枯れてるって」
とか。
「お兄さん、またカラスが来てるから何とかしろって」
などと、霊からの伝達事項を伝えて来るのだ。
(------ちくしょう、何だか腹が立って来たぞ。一体このガキは何者なんだ)
大樹に見えない霊達の注文である為、これではまるで拓也が大樹の仕える主人の様だ。
(さしずめ、オレはこいつにとって、犬的存在みたいな・・・)
「お兄さん、僕の肩揉んでだってさ」
「お前ね・・・流石にそれはないだろう」
☆
------そうして数ヶ月が経った。
『さて、お前さんも随分働いたし、ワシはそろそろ行くかの』
「爺さん、ようやく成仏してくれるのかよ」
この数ヶ月間、大樹は老人に鍛えあがられたおかげで、もう筋肉痛に頭を悩ませる事なくなった。そして、バイト代も随分貯まり、もう保育所で寝泊りしなくても良い程の額となっていた。
「結、爺さん成仏するって」
「えっ!?本当?」
大樹がそう伝えると、部屋の隅にいた拓也も、保育所から出て来た。 そして老人は言った。
『この数ヶ月間、実に楽しかった』
「オレは大変だった。けど、こうして成仏してくれる日が来るって言うのも感慨深いが」
老人は墓の方を見ながら、実に満足気な笑顔を見せた。この神社の墓は、相変わらず「故人が供え物を食べてくれる墓」として、沢山の人が墓参りに訪れる様になっていた。 今日は、冬の割に暖かく、墓の前にピクニックシートを敷いて、弁当を食べている家族までいる。
------こんなに、賑やかな墓参りもあるんだな。『大樹くん、ありがとうな』
「え・・・?」
老人の意外な一言に、大樹は目を見張った。 誰かから感謝される事が、久しぶりの事だったからだ。
『君のした事は誠にけしからんことじゃった。しかし、結果的に良い方に転んだ』
大樹は老人が何を言っているのか分からなかった。
『ワシの家族は、ワシが死んでからと言うものバラバラになってしまっとたんじゃ。ワシはそれが気掛かりでな-------死ぬに死ねんかった』
それは老人が息を引き取る際の、最後の遺言だったのだろうか。老人は嬉しそうに目を細める。
『じゃが見てみい。そこで楽しそうに弁当を広げとるのがワシの家族じゃ。この神社の噂を聞いて、また集まったんじゃ』
大樹は老人の言う通り、ピクニックをしている一行を見た。すると、「やっぱりお爺ちゃんがいないと始まらないのよね------」という声が聞こえてくる。 老人は大樹に笑って言った。
『お前さんを鍛えるのも、なかなか楽しかったぞ。お前さんみたいに素直で良い若者に出会えたのも、何かの縁じゃったのかな。ワシみたいな者の言葉に耳を傾けてくれた・・・』
「爺さん・・・」
大樹は老人の言葉を、どこか神聖な気持ちで聞いていた。
『じゃあ、ワシは行く。さらば皆よ』
そう言い残すと、老人は雲一つない晴天の空に吸い込まれる様にして、高く上がって言った。 それはまるで、白い鳥が飛び立っていくかの様だった。
------いつか、なれるだろうか。オレの父さんの言っていた、鳥達が羽を休める、そんな立派な大きな樹に。
------いつか、なれるだろうか。大空に飛び立っていくあの鳥達のように。
大樹は澄んだ空を見上げ、そう願った。
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