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SKY CAFE

 約束の町で 

「はあ、はあ」

一人の青年が、荒い息を吐き、階段を登りながら山頂を目指していた。そこは美しい海と町並みが一望出来る絶景スポットである。 青年は山の中程まで来た所で、自分のいる位置を確認する為、振り返りその景色を見ようとした。しかし、空は灰色に重く沈んでおり、海も空の色を映すかの様に灰色に染まっていた。青年は言葉もなく、がっくりと肩を落す。

「せっかく、ここまで登って来たのに」

青年は、ぽつりと一人呟く。

青年の名は、三ツ木大樹と言った。 この名前を初対面の人に明かすと、必ずと言っても良い程影でこっそりと笑われる。 「ミツギタイ」ジュと言う名は、青年にとって自身を貶める要因となっている。パソコン等で、自分の名前を入力すると、変換される文字はいつも「貢ぎたい」なのだ。 物心ついた少年時代から、それはからかわれる要素となり、大樹の頭を悩ませてきた。

-------オレの不幸は多分、生まれ名前を授かった時から始まっている。

そう思える程だった。 普通なら、この名前をつけた親を恨むところだが、恨むべき対象は大樹が高校生の時、既に亡くなっており、大樹は誰に怒りをぶつけた良いやら・・・振り上げた手は宙にぶらさがって行き場をなくしている。 両親はオレの未来を予想していただろうか。

「腹、減ったなぁ」

大樹は、何とか決まった職をクビになって、生まれ育ったこの島へ帰ってきたのだ。先程から空腹を訴える腹をさすりながら、再び山頂を目指した。 この先には神社があるはずだ。

------きっとそこまで行けば・・・

大樹は重くなった足を、一歩一歩踏み出して階段を登って行った。 それにしても、と大樹は思う。 幼い頃、この町の風景はもっと大きな町並みに映っていた様に思う。それは、自分の身体がそれだけ大きくなったと言う事か。

        

荒い息をつきながら、大樹はようやく山頂へと着いた。すると幼い頃には見なかった施設の様な建物が神社の境内に建っていた。屋根の色は赤く、「八雲川保育所」と書かれた看板が立っている。

「そう言えば、ここ八雲川神社って言ったか・・・保育所が出来たのか」

そう呟いた時、一台の車が保育所の前にある駐車場に止まった。

------なんだ。道路が出来てたんだ。

山の反対側に舗装された道路がある事に気付いた大樹は、階段を苦労して登ってきた自分が馬鹿の様に思えた。 努力が徒労に帰した。 秋風が葉を巻き込んで、大樹の足元で渦をつくった。

「こんにちは、今日もお願いしますね」

その時、幼い子供を連れた母親が、保育所のベルを鳴らして言った。

「はい。お子さん、お預かりしますね」

保育所の扉を開け現れたのは、十五から、十八歳ぐらいの、まだ年若い女性だった。エプロン姿の保育士が出て来るものかと思ったが、その女性は巫女の衣装を身に纏っている。大樹が意外そうに巫女を見ていると、一瞬目が合った。

------マズイ

「何か御用ですか?」

「いえ・・・神社にお参りに来ただけです」

「そうですか、どうぞごゆっくり」

------嘘をついた

巫女さんは、軽く会釈をして保育所の扉を閉めた。大樹は、ほっと胸を撫で下ろす。神社にお参りをする程、大樹は金持ちではない。 八代の目の前に立つと、大樹は自らの財布を開いた。

「残り二円か・・・」

これを失えば、大樹は無一文になる。 財布の中にも、秋風は容赦なく吹きつけ大樹を悩ませた。大樹には今夜、この島で宿泊する金すらないのだ。所謂ホームレスである。 だからと言って、さい銭泥棒をする度胸も無い。大樹は、神社の隣にある墓へと足を進めた。

         

------ああ、いたいた

神社の裏手に回ると集合墓地があり、そこには丁度年配の女性が、仏となった親族の墓に手を合わせているところだった。 そこで大樹は、自らも墓を掃除しに来たかの様に振る舞い、墓地に置いてある掃除用バケツとスポンジを持って、目を閉じて、墓に話しかけている年配の女性に近づいた。

「おじいさん、わし等は元気良くやっとるから・・・」

隣に立つと、そんな会話を、今は亡き主人に話しかけている。 大樹は墓に供えてあるカップ酒と饅頭を見て、年配の女性が目を閉じている間に、さっと盗んだ。

やった・・・っ!

大樹はカップ酒と饅頭を素早く、背に背負っていたリュックにしまうと、足早にそこから離れた。

「じゃあ、おじいさん、また来るでな」

年配の女性が目を開けて、帰り支度を始めた時、確かに墓に供えた筈の酒と饅頭がなくなっている事に気付き、慌てていた。年配の女性が墓の周囲を見回すが、供えた筈の供え物はどこにもない。 年配の女性は、墓を見つめて言った。

「おじいさん、もう食べちまったんかい!?」

        

大樹は遠目から、年配の女性を見て笑う。 確かに供えたばかりの物が無くなったら、自分も同様に驚くだろう。しかし、意外だった。 年配の女性は驚きながらも「おじいさんが食べた」と信じきっているその表情は、どこか嬉しそうだったのだ。

翌日も、そのまた翌日も、その年配の女性はお墓参りにやって来た。墓に供える食べ物は、日を追う毎に豪華になっていった。 そこで、大樹は神社の裏にあった社で寝場所を見つけ、お供え物を食べながら、こっそりと生活を始めたのであった。 そして島では「八雲川神社にお供えすると、先祖の霊が食べてくれる」と奇妙な噂が広がっていたのである。そんな事から、島の住人達は、お墓参りに来た際にお供え物を墓に供えたまま、持って帰らなくなった。 大樹にとっては、願ったり叶ったりである。

「ここに居たら、一生食いっぱぐれないかもなぁ」

大樹は複雑な気持ちで供え物を食べながら、頭を掻いた。

         

「今日もお供え物は、綺麗に無くなっていたの。嬉しいわ。まるであの人が生きてるみたい」

「そうですか・・・」

八雲川神社の住職の娘であり、巫女をしている八雲川結は、近頃の神社の噂を首を傾げて聞いていた。

------何か、おかしいわ

神社の境内に落ちた葉を、竹箒で集めながら噂のある墓地を見た。今日も沢山のお供え物がそのままになっている。 結は幼い頃から神社に仕える身であったが、こんな事は生まれて始めてだった。 そして感じたのである。 島民の善良な心を利用して、この状況を善しとしている人物がいるだろう事を。 そして決意したのだ。この不可解な出来事を必ず解明して見せると------

         

本日は晴天なり。 社から出た大樹は、青空を見上げながら大きく伸びをした。 この社に身を隠してから、今日で丁度一週間になるが、この暮らしはなかなか快適だった。 神社の水汲み場で身体を拭いたり、汚れた服を洗濯する事も出来るのだ。そして、お墓参りに来る島民達は、晴天でも雨天でも、構わずお供え物をお墓に置いて帰って行く。雨天に日は食べ物がぬれてしまわない様に、わざわざラップを上に被せてくれるという徹底振りだ。

大樹は鼻歌を歌いながら、「今日は何が供えてあるかな~」と機嫌よく墓地に向かった。 そこにまさか住職の娘である結が見張っている事など、大樹は知る由もなかった。

         

結は高校が終わると、すぐに神社に併設されている保育所に足を運んだ。そして、そこから見える墓地をこっそり覗き見ていた。 日も落ちかけた夕刻を迎える頃、結は何かが動く気配がして目を見張った。

「-------っ!」

動いた!

そう思ったが、二、三羽のカラスが墓地の周りのお供え物を狙って現れただけだった。

「------何だ。カラスだったの」

結は、この噂の出所は、墓で食い散らかさない礼儀正しいカラス達のせいだと、胸を撫で下ろし、再び子供達の方へ向き直った。 その時、背後からカラス達の抗議による、けたたましい鳴き声が聞こえて来たのである。

「カア!カア!」

「お前等、このオレに適うと思ってるのか!?」

その声に結は驚いて振り向くと、お供え物を巡って一人の青年と数羽のカラスがバトルを繰り広げていたのである。 結は、その姿を見て慌てて保育所を出て墓地へと走って向かった。

        

「あなた、そこで何してるの!?」

「・・・・やばっ!」

カラスとケンカをしながら、お供え物を手にしていた大樹は、最悪の事態に眉を潜めた。 巫女の手には竹箒が握られており、大樹に向かってバシバシと容赦なく箒で叩いてくる。「あなたね?お供え泥棒は!」 巫女にそう問われて、大樹は言葉を取り繕う。

「い、いやだな、人聞きの悪い。このままじゃカラスに墓を汚されちまうと思ってオレは------」

「嘘おっしゃい!」

見え見えの嘘をあっさり糾弾されて、大樹はバツの悪い顔をした。

「痛い、痛いって!」

大樹が、鬼の様な顔をして怒る巫女をどうしようかと思案を巡らせていると、ふいに、竹箒を振り上げた手が止まった。

「-------?」

大樹は片手で身体を庇いながら、恐る恐る巫女の顔を見ると、巫女は両膝をついて大樹と目線を合わせた。

「あ、あなた、もしかして三丁目の貢くん?貢くんじゃない!?」

「オレは貢なんて名前じゃねえ!」

------しかしそれは、紛れもなくオレのことだった。

大樹は高校を中退するまで、この島に住んでいた。「ミツギタイ」と言う意味合いから大樹を知る物は皆「貢くん」と呼んだのだ。大樹にとって苦い記憶だ。

「私・・・私の事覚えてない?結、八雲川結だよ」

「結・・・?」

その名前には聞き覚えがあった。一人孤立していた大樹に、いつも絡んできたガキの一人だ。

「ああ、あの結か、大きくなったなぁ・・・そう言えば、この神社の娘だっけ」

「うわああ、懐かしい!」

結は口に手を当てて、感動の再開を果たしていたが、大樹にとっては供え物泥棒をしていた訳だから、当然の如く逃げ腰になっていた。故に、あの当時のガキが今ではこんなに立派な女になったんだな・・・そんな感想しか思いあたらない。

「じゃ、じゃあな結、今回のことは勘弁してくれ」

大樹は服についた砂を払うと、立ち上がり神社を出て行こうとした。

-----ああ、これでまた腹を減らして彷徨う生活が始まるのか。

まだ、お墓には手付かずのお供え物があると言うのに。

「待って!」

立ち去ろうとする大樹の腕を、ぱしりと掴んで結が言った。

「例え、あなたが貢くんだったとしても、今回の件は許されないわ。島の人達を騙していたんだもの」

先刻の感動の再開から、一転して暗い表情を見せる結に、大樹は警察に突き出されるのか、と覚悟を決めた。

「なんてねっ!」

しかし、結はあっさりと「冗談よ」と言って笑った。

「その様子を見ると、行く所もないんでしょ。この保育所で住み込んでアルバイトしてくれない?」

「------バイト?」

結はボロボロの大樹の衣服を見た為なのか、大樹の今の状況を、何も聞かずに冷静に受け止めてくれている様だった。 流石、神社の娘。慈悲深い。

「さあ、行きましょ。子供達に紹介するわ」

「あ、ああ・・・」

結の言葉に逆らう意志もないまま、大樹は手を引かれて神社の境内に建つ保育所に足を踏み入れた。

         

保育所の中は、ピンクや黄色、水色等、明るい色調で装飾されていた。そんな中で子供達は皆明るい笑顔を-------

「?」

いや、一人だけ明るくない子供がいた。

「結お姉ちゃん、この人誰?」

「だれえ?」

子供達は無邪気に大樹の素性を聞きに来た。 中には人見知りな子供もいて、結の影に隠れて、もじもじと大樹を見ている。

「この人は、新しい保育係りのお兄ちゃんで、貢くんって言うの。皆仲良くしてねー」

「貢じゃねぇって言ってるだろ!」

「あれ?本名何だっけ?」

大樹はがっくりと肩を落とした。すっかり結の中では、大樹の名前は貢になっているらしい。

「大樹だ。三ツ木大樹・・・」

「そうそう、そうだったわ・・・三ツ木たい・・・」

そこまで名前を反復した所で、結はけたけたと笑った。

「もう、貢くんでいいんじゃない?」

涙まで流して笑う結に、大樹は痛く傷つく。

「結お姉ちゃん」

その時、部屋の片隅で本を読んでいた、この保育所内で唯一明るくない子供が、結に話しかけてきた。

「この人、お供え物泥棒だよね?」

見かけ、小学校三年生程の子供が、隠して置きたい事実をはっきりとした口調で言った。

「あら?やっぱり拓也くんには分かっちゃった?」

結に拓也と呼ばれた少年は続けて言った。

「このお兄さん、他の神社でもお供え物泥棒をしてるよ。そんな人を保育係りにするって、マズくない?」

「------本当?」

結は大樹を見て、呆れた表情をした。

「なんでお前がそんな事を知ってるんだ」

拓也と言う名の少年に目線を合わせて腰を下ろすと、少年は大樹の耳に手を当てて、こそこそと内緒話を始めた。

『お兄さんはこの島で生まれて、三ツ木大造の息子。小学校一年生の時に女の子に振られて、三年生の時はお風呂ですべって転んで頭を打って死にかけた事があって、六年生の時、修学旅行で皆とはぐれて一時、行方不明に、高校受験で失敗して、何とか第二希望の高校に入ったものの、両親が死んで授業料が払えず退学する事になって・・・』

『------ちょっと待て、お前、オレのストーカーか何かか!?』

大樹は少年の襟元を掴んで、声を潜めた。

「何を二人でぼそぼそ言ってるの?」

「お姉ちゃん、この人、沢山の霊から恨まれてるよ。ここの人口密度が高すぎて窮屈だよ」

その言葉に大樹はぎょっとした。

「あ、貢くん、その子は斉藤拓也くんって言って十歳、--------見える子なの」

結は、少々気まずそうに大樹に拓也を紹介した。

「-----見える?見えるって何が」

「ええと・・・」

結が大樹の言葉に返答出来ないでいると、拓也が結の代わりに話し始めた。

「所謂、この世に未練を残す霊たちを見る事が出来るんだよ」

「------は?」

にわかには信じがたい事を拓也は口にする。大樹は、何の冗談だと言って笑った。

「信じられないなら、お兄さんに見せてあげるよ」

「霊ってやつをか?残念だが、オレは霊なんて・・・」

------全く信じていない

そう答えようとした時、拓也の指が大樹の額に触れた。ポゥっと何やら暖かい温度の様なものを感じて、大樹は驚き拓也の手を振り払った。 が、時既に遅し。

「------・・」

大樹は、背に気配を感じ振り向くと、白装束を身に纏った、沢山の霊達が列をなして、大樹の後ろに並んでいたのである。

「うわあああ!」

大樹は腰を抜かして、気絶してしまった。