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玉依姫が口にした言葉に、カエデは耳を疑った。
――夫候補、だと?
「鬼神のカエデが、姫様の夫候補!?」
「そんな馬鹿な」
「だが、カエデの容姿を考えると……」
「姫様は正気なのか?」
玉依姫の発言は、神楽殿にいる者達を騒がせるのには、十分な効力を持っていた。
シキですら、呆然とカエデを見ている。
「静まれ。我は本気だ。気が狂ってはおらぬ」
玉依姫の命じる口調に、再び静かになった。
その静寂で我に返ったカエデは、とっさに抗議をする。
「お待ち下さい。私のような身分の者が姫様の夫候補など、相応しくはありません。辞退いたします」
カエデの辞退する、という言葉に賛同する者や、「姫様の折角のお誘いを断るのか!」と反対する者が声を上げる。
「我に相応しいか相応しくないか。それは周囲やそなたが決めることではなく、我が決めること。辞退は許さぬ」
「……っ」
頑固な玉依姫に、カエデは内心で舌打ちをする。
「だが」、と玉依姫は続けて言う。
「譲歩はしてやろう。明日、11日から17日の七日間、期限をやる。神々が己の地へ帰るまでに、 そなた以上に魅力のある男を我に献上しろ。そうすれば、そなたを夫候補から外してやろう」
「……もし、見つけられなかった場合は?」
確認のため、カエデは訊く。
「その時は勿論、そなたを夫として迎える。そなたのような美しく、かつ強い男であれば、天照大神 (アマテラスオオミカミ) もさぞお喜びになられるだろうよ」
確認し、カエデはため息をつきたくなった。
七日間で玉依姫の気に入る男を見つけなければ、自分は彼女の夫になってしまうのだという。
玉依姫は高位の神であるため、無茶な要求であっても無下に断ることができない。 断れば、長門を潰される危険性もある。 そんな事態だけは避けたい。
――ここは、賭けるしかないか。
カエデは覚悟を決めた。
「…………分かりました。お引き受けします」
「決まりだ」
玉依姫は満足気に目を細める。
「では、皆の衆。邪魔をしたな。宴を続けてくれ」
そう言い残し、玉依姫は神楽殿を後にした。
残された者達は、その場からしばらく動くことができなかった。
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「カエデ様ぁ! 玉依姫の婿になってしまうのですか!?」
「ほぎの儀には、わしも呼べよ。カエデ」
一端、神楽殿から宿舎へ帰ったカエデは、シキと猿田彦に詰め寄られていた。
与えられた部屋は六畳ほどで、二人が寝られるぐらいの広さがある。
布団が部屋の隅に置かれている以外は、特にこれといって特徴はない、殺風景な部屋だ。
「何故、オレが婿になることを前提で話を進めている。まだ婿になると決まったわけではない」
「え? 違うんですか?」
「違うのか?」
涙ぐんでいたシキと、ニヤついていた猿田彦は顔を見合わせる。
どうやら、シキはすっかり猿田彦と打ち解けたらしい。
「だがのぉ。お主ほど強い者は、皆 相手がおるしなぁ。独り身なのはお主ぐらいだ」
「探してみないと分からないだろう」
社交性のある猿田彦は、カエデよりも余程 顔が広い。 そんな彼に言われてしまうと、絶望的な気持ちになる。
「カエデ様。僕は、カエデ様の幸せを願っておりますから!」
「だから、勝手にオレを婿入りさせるな!」
ふざけているのか、本気なのか。シキは涙を袖で拭う。 シキのことだから、恐らく後者だろう。
「しっかし、ワシには分からぬな。あれだけの美女に結婚を申し込まれたのだ。 普通の男なら、もろ手を挙げて喜ぶところだぞ」
「なら、お前が代われ」
「代われるものなら、代わりたいわい」
誰もがうらやむ美貌を持つカエデと天狗の異形は、お互いの顔を見て「はぁ」、とため息をつく。
世の中、うまくいかないものだ。
「前から文でお誘いはあったんだ。いっそのこと、今年はタイカに全てを任せようとも思ったが、 『来ねば森を焼く』、と脅されてな。だから、せめて襲われぬよう、今年はシキを連れて来たんだが……甘かったな」
「なかなか強引じゃな」
「道理で、カエデ様が僕を無理矢理 連れてくるわけです」
何か会得したようで、シキはうな垂れる。
「おい、猿田彦。何かあてはないか? 突然、どこからともなく美男が降ってきたとか、泉から湧いて出て来たとか」
「美男は空から降ってこんし、泉から湧きもせんよ。そんな簡単に出てくるほど、世の中 甘くできておらん」
猿田彦の言うことは最もで、カエデは口を噤む。
しばし考え込むと、猿田彦は呟く。
「……じゃがまぁ、あてがないわけでもないのぉ」
「本当か!?」
壁際にもたれかかっていたカエデは思わず腰を浮かす。
「姫様には以前、建御雷神 (タケミカヅチノカミ) という想い人がおってのぉ。じゃが、数年前から出雲へ来なくなってしまった。 もし今でも姫様が思いを寄せておって、さらに建御雷神を見つけることができれば、何とかなるかもしれぬな」
「建御雷神……。最強と言われた神じゃないか」
建御雷神は、古くから神世界に居座る雷神である。 武力に最も秀でた男性で、数々の武勲を立てている。
カエデなどとは比べ物にならないほどの名将だ。
「行方が分からないとはいえ、もしかしたら、今年は出席しておられるかもしれん。明日、仕事が終わったら 捜してみるとするかのぉ」
「よろしく頼む」
そこで話を打ち切り、「さて」、とカエデは立ち上がった。
「今日はもう遅い。明日から会議があるから、休むとしよう」
「おい、カエデ。晩酌はせぬのか?」
「色々あって、もう疲れた。悪いが、晩酌はまた今度だ」
不満を洩らす猿田彦に背を向け、カエデは部屋を出て行く。 長年、木の上で眠っていたので、部屋はどうも落ち着かないのだ。
シキも猿田彦に挨拶だけして、カエデは追ってきた。
「シキ。別にお前まで木の上で寝ることはないんだぞ」
「僕はカエデ様の補佐なのですから、常にお側にいるのが当然です」
やたらと生真面目なシキは、出雲に来ても自分の役割を果たそうとしている。
自分を守ろうと、一生懸命になっている姿が愛おしい。
「ありがとうな、シキ」
手ごろな位置にあるシキの頭を思わず撫でる。
「カエデ様」
「ん?」
「カエデ様が誰とも結婚したがらないのは、もしかして……」
「どうした?」
シキの声が小さくて、よく聞こえなかったカエデは聞き直す。
だがシキはそれ以上は何も言わず、「何でもありません」、と笑って答えた。
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翌日になると、昨夜へべれけに酔っ払っていた神々は、別人のように働き始めていた。
縁結びや農作物の出来についての会議が次々に開かれ、神々は駆り出される。 カエデも猿田彦も、それぞれに仕事があったために、建御雷神の捜索は、仕事を終えた夜に行った。
「建御雷神を見ていないか?」
「さぁ、知らぬなぁ」
知人が多い猿田彦にも手伝ってもらい、ありとあらゆる神々に訊ねて回ったが、あまりかんばしくなかった。
どの神に訊いても、「最近 見ておらぬ」、とか「知らぬ」と、答えは皆 同じで、三日目の夜まで終了してしまった。
「やはり、今年も建御雷神は、出席しておらぬようじゃ。酒飲み仲間全員に訊いてきたが、誰も見ていないと言う」
「そうか……」
何も手がかりを掴むことができず、四日目の夜。
宿舎に集まった三人は、各々が得た情報を交換していた。
「ここはもう、建御雷神の社へ赴くしかないのぉ」
猿田彦は最終手段と言わんばかりに提案する。
収穫があまりにも少なく、場の空気は重い。
「それにしても、何故 建御雷様は出雲に出席されないのでしょうか」
「あぁ。荒神を除いて、神々は出席することを義務づけられている。ましてや、建御雷神ともあろう方が、 会議に出ないのはおかしい。会議の主催者である、天照大神の逆鱗に触れかねないのに」
そのことに引っ掛かりを感じ、カエデは口元に手を当てる。
だが、たったこれだけの情報で何かが分かるわけもなく、カエデは首を横に振る。
「この際、玉依姫様と建御雷神との関係も、視野に入れて調べよう。オレに考えがある。――シキ」
「はい?」
カエデに名を呼ばれ、シキは目を瞬かせる。
「一つ、頼まれてくれないか?」