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「ユキ! どうして……!」
地面に力なく横たわるユキの姿を見て、息が止まりそうになった。
彼女の体から次々に光りがこぼれていく。
カエデはユキの体を地面から起こさせた。 すると、眠っているかのように閉ざされていた彼女の瞼がおもむろに開かれる。
「……カエデ」
「ユキ、何があったんだ!? どうして、こんな……」
何故ユキが消滅しそうになっているのか、分からなかった。 思考が停止し、目の前でユキが消えていくのをただ見ていることしか出来ない。
「カエデ……聞いて」
白くて冷たい指が、カエデの頬に触れる。 視線を合わせると、驚くほど穏やかな色をした瞳がそこにあった。
「……私、あなたに会えてよかったわ」
目を見開く。
何も言えないでいるカエデに、ユキは続ける。
「私を好きでいてくれて、ありがとう。カエデがいたから、私は幸せだった」
「……ユキ」
名前を呼び、抱きしめるのが精一杯だった。 まだ存在していることを確かめるように、強く抱きこむ。
自分の力を分け与えようとしても、ユキがそれを制止させた。
「……あなたのその力は、大切なものを守るときに使いなさい。――今までありがとう」
光りが上がった。
「――ユキ!!」
空いた自分の手が虚しく宙を掴む。
光りは手をすり抜け、消えた。
慟哭が辺りに響いた。 誰にも聞こえることはない叫びが、地を震わせた。
――どうしてこんなことになった!?
ユキはただ人々を救おうとした。ただそれだけだ。 それだけなのに、どうして彼女が消えなければならなかったのか。 人間の勝手な争いに巻き込まれただけだというのに。
怒りが、カエデの内を満たす。
(そうだ。人間が、人間がユキを殺した)
どこまでも強欲な人間。 自分が生きるためならば、他者を蹴倒すことも厭わない。 全ては人間の仕業なのだ。
どろりとした、醜い感情が心を覆っていく。
(あぁ、憎い。ユキを殺した人が憎い)
カエデの頬に一筋の涙が伝い、滑り落ちる。 涙は地面に落ちると、暗い光をまとった。 禍々しい、負の気配が一面に広がる。それはカエデの心を巣食い、生まれ出ようとしていた。
(このまま悪鬼と成り果て、滅ぼしてしまおうか)
そして人間を道連れにし、自分も共に冥土へと堕ちよう。 そう、覚悟を決めた時。
――カエデ
風の囁きと共に自分の耳に流れ込んで来た。 その声を聞いた瞬間、カエデの周りの気が少し穏やかになる。
「……ユキ?」
辺りを見回すが、彼女の姿はどこにもない。 だが、今 聞こえた声は、確かにユキのものだ。
さらに、カエデの中でユキの言葉が甦る。
――あなたのその力は、大切なものを守るときに使いなさい
彼女が最後に自分に言った言葉。 カエデはふと、自身を取り巻くあらゆるものに目を向けた。
カエデの周りには、黒々とした濁った瘴気が宙を漂っている。言いようもなく禍々しい。
だがそれ以外は何の変化も起きていなかった。 本来なら兵で埋め尽くされ、破壊され、血で染め上がっていただろう町は、無傷だった。 誰一人、町人は犠牲になっていなかった。 それらはユキが命をとして守り抜いた結果だ。
空には彼女が消えてもなお、結界が町を覆い続けている。 術者が消えれば、本来なら解けるはずなのに、消えていない。
その事実が、カエデの胸をついた。
(ユキ。君はこうなってもまだ、人を守るのか?)
何度も裏切られ、なじられ、それでも人々を守ろうとしたユキ。 彼女がそれほどまでに守ろうとした町を、自分が穢せるわけがない。
それこそ、ユキへの裏切りだ。
――ならば、ユキが守ったものを、今度はオレが守ろう
強い決意がカエデに芽生える。 同時に、瘴気も、生まれ出ようとしていた何かも、霧のように消えていった。
今はまだ、憎しみが心を苛もうとも。 人のためではなく、愛しい彼女のために、力を尽くそう。
少年は決然と面を上げ、歩き出した。
――その日。長門の森に、新たな長が立った。 彼は前長の遺志を継ぎ、数百年という長い年月、人々を守り続けた。
心優しい人柄と人望で霊達の信頼を得た少年の名は、後の世まで語り継がれた。
--------------------END 絵/文 へな