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シキは走り続けた。
今までのものを全て振り切るように。
ただただ、助けなければという思いだけで、シキの体は動いていた。
(――おかしい。ここのはずなんだけど)
彼らが向かうだろう場所に、シキは既に着いていた。 だが、目を凝らしても、耳を澄ませても、仲間の姿は見当たらない。 雨のせいか、音も匂いもかき消されてしまっている。
(どこに、どこにいるの?)
焦りばかりがシキの胸に広がる。
こんな時、自分に魔法が使えたら、と本気で思う。
使えたら一目散に駆けつけられるのに。 自分の両親を、知らない間に失うことなんてなかったのに。
思い出すのは幼い頃、シキの親が居なくなる前の言葉。
――シキ、いい子で待ってるのよ
あれを最後になんて、したくなかった。彼らとも、仲が悪いまま終わらせたくなかった。
――どこにいるの!?
シキが心の中で叫んだとき。
背後にフワリと、誰かが降り立つ気配がした。 耳元に囁かれる。
「あいつらはこの先にいる。行け」
どこかで聞いたことのある、低い声。 振り向こうとすると、止められた。 どうやら、振り向いてほしくないらしい。
「振り向かずに行け。いいな」
相手がそう念を押すと、背後から気配が消えた。
(……今のは?)
一瞬の、夢のような出来事に、シキはしばし棒立ちする。 だが自分の本来の目的を思い出し、すぐに声が示した先へ向かった。
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どれくらい走っただろう。
頭の奥が痺れ、足の感覚がなくなって来た頃、シキは目の端にいくつかの影をとらえた。
――彼らだ
『おーい! 皆!!』
ありったけの声で、シキは彼らを呼んだ。 すると、相手の方も気付いたらしい。訝しげにこちらに近づいて来た。
『何だぁ? お前、シキか?』
『お前、歩けなかったんじゃ……』
彼らはしっかりと四本の足で立つシキを見て、困惑する。
『皆、今すぐここから離れて! 今 雨の影響で地盤が緩んでいて……』
シキが最後まで説明しようとしたその時だった。
彼らの背後にあった大岩が、不気味な音をたてて転がり落ちてきたのだ。
『うわぁ!!』
何頭かはすぐにそこから飛び退き、難を逃れたが、一頭は腰をぬかし、その場から動けずにいた。
大岩が、容赦なく鹿を飲み込もうとする。
『おい、シキ!』
たまらず、シキは走り出した。腰をぬかした鹿を突き飛ばし、大岩の目の前に――
『シキ――!!』
仲間の叫びが森に響き渡る。 シキも、目をつむり、死を覚悟した。
――が。
迫り来る大岩が、大砲にでも撃たれたように、粉々に砕け散ったのだ。
――え?
鹿を数頭、余裕で押し潰してしまいそうな程の大岩が、目の前で石ころ同然の大きさになっていくのを、シキは 呆然と見ていた。
しばらくその場に静寂が広がる。
『……シキ、お前』
口頭をきったのは、危うく自力で逃れた鹿達だった。
未だその場で立ちすくんでいたシキに寄り、肩を組んだ。
『お前、すげぇじゃん!』
『どうやってあの岩壊したんだよ!』
『え、えっと……』
どうやら、彼らは大岩を粉々にしたのをやってのけたのはシキだと、勘違いしているらしい。
だが残念なことに、シキは何もした覚えがない。ただの鹿でしかないシキに、そんな能力は皆無だった。
勝手に盛り上がる彼らに、シキが明後日の方向を見て口を濁していると。
(――あれは……)
森の向こうに、黒い髪の、いつか自分を助けてくれた少年がいるのを見つけた。
少年はシキと目が合うと、焦ったようにすぐに森の中に身を隠した。
その様子で、ようやくシキは先程の声と大岩が砕けた現象の正体を知る。
(そうか、あの人がやってくれたんだ……)
イチョウの葉を破って、別の方法を探した方がいいと忠告してくれた少年。 もしかすると、彼は自分を心配して様子を見に来てくれたのかもしれない。
そして友達をつくるきっかけを作ってくれたのかもしれない。 もしくは、ただの気まぐれか、偶然か。
しかしどんな理由でも、自分を助けてくれたことに変わりはない。
(そういえば、名前訊いてなかったな……)
ふと、そんなことを考えた。 あの女性にユキという名前があるように、少年にもきっと名前があるはずだ。
訊いておけば良かったと、少し後悔する。
――でも、いつかきっと会えるよね
今度会ったら、必ずお礼を言おう。 そして、恩返しをしよう。そう心に決めた。
「おーい、シキ! 帰ろうぜ」
「後でさっきの事、ちゃんと聞かせてもらうからな!」
鹿達が帰ろうと促す。
いつの間にか、空を覆っていた雲はなくなり、晴れやかな青空が広がっていた。
『うん! 今 行くよ!』
すっかり動くようになった足で、シキは仲間達の許へと急ぐ。
一つの季節が終わりを告げ、やがて夏を迎える。 暖かな日差しが、彼らの行く先を照らしていた。
--------------------END 絵/文 へな