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ユキに抱えられて山に帰る途中、彼女はしきりに謝っていた。
「ごめなさいね。あの子、悪い子ではないの。……ただ、自分が思ったことをはっきり言っちゃう子で」
少年が言っていたことは、本当のことだ。 何も悪いことは言っていないとシキが答えると、ユキは儚い微笑を見せた。
その笑顔は怪我をした自分よりもよほど重症ではないかと、そう思わせるような笑みだった。
「……あの子は、本当に優しい子なのよ。こんな私を慕ってくれるぐらい。……でも、あんなに慕ってくれるのに、 私はその気持ちに応えることが出来ない。……だって私は、もうじき――」
シキにはユキの言っていることの大半は分からなかったが、シキは精一杯ユキを励ました。 たとえ気持ちに応えられなくても、少年にとってはユキが側にいるだけで、それだけで幸せだと。
するとようやくユキは儚い微笑などではなく、心から笑ってくれた。
それからユキは、鹿達の住処近くまで行くと、シキを降ろした。
さらにはお腹をすかせていたシキにリンゴまでくれ、ユキは帰っていった。
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イチョウの葉を少年にばらばらにされ、結局持ち帰ることが出来なかったシキは、今までよりももっと疎外されるようになってしまった。
時には自分の家に石が投げ込まれたり、「弱虫シキ」と落書きをされたことも数知れず。
何日も何日もそんな状態が続いたシキは、いつしかその少年を心の中で責めるようになった。
(いくらイチョウで本当の友達になれないからといって、あんな形でばらばらにすることないのに……)
たとえかりそめの友情だったとしても、こうやって疎外されるよりは、余程いいと思うのだ。 ユキは少年を優しいと言っていたが、今考えてみると、やはりあれは意地悪をしたのではないかとさえ思えてくる。
(――あれから、足はちっとも動かなくなってしまった)
ユキに完璧に治してもらった足は、あれから一度も動いていない。 何度も何度も立ち上がろうとしたが、足はびくともしなかった。 これでは普通の生活さえ、まともに送れない。
(僕は、これからどうしたらいいんだろう)
足を挫いているのではない。
心が挫けていた。
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足が動かなくなってから何ヶ月か経ち、季節は梅雨に入った。 ここずっと、シキの住む山に雨が降り続いていた。 恐らく、人里では川の水が増水し、氾濫しているだろう。
何もやることがなく、シキが自分の家――穴の中でうたた寝をしていた時。
(……何だろう)
何だかやけに外が騒々しいことに気付き、シキは穴から外を覗いた。
鹿の群れのリーダーと長老、さらには何頭かの鹿が集まって何やら話し合いをしていたのだ。
シキの耳に、鹿達の会話が滑り込んでくる。
『駄目だ! 今 捜しに行くのは危険すぎる』
『ですが、私達の子供が、勇気試しで山の奥に……!』
『いかん! 行けばわしらまで土砂に巻き込まれる!』
どうやら、ここ連日続く雨で山の斜面が崩れているらしい。 そんな状態で、彼らは山の奥へ入って行ったという。
勇気試しなどと称してそんな危険な行動に出るのは、以前シキに「イチョウを採りに行って来い」と言った彼らに 違いない。
咄嗟に助けにいかなきゃと思い体が動いたが、すぐに止まる。
――僕は、いじめた相手を助けに行くのか?
正直、彼らの事をシキは好きになれない。 むしろ、嫌いだとさえ思っている。 それなのに、危険を冒してまで自分が助けに行く必要なんて、あるのだろうか。
それに、今のシキが足をまともに動かせない状態で行っても、足でまといになるのが目に見えている。 別に、このまま見殺しにしたっていいのではないかとさえ思う。
――でも
長老やリーダーを蹴倒してでも捜しに行こうとする親鹿を見ていると、焦燥感が募るのはどうしてだろう。
シキの親は、シキが一歳の時に死んだ。 そのため、親が居たときの記憶は曖昧で、親というものがどういうものかは自分で想像することしか出来ない。
しかし、もし自分の親が生きていて、シキが今の山の状態で森の奥へ行き、土砂に埋もれて死んでしまったら、 親は悲しむと思うのだ。 それは彼らの親鹿も、同じだと思うのだ。
そう思うと、いてもたってもいられない気持ちになる。 動くことのない足に力を入れて、立ち上がってみようかと。 止まっていた心臓がどくんと、自分の中で鼓動を打ち始める。
気付けば、シキは四本の足でしっかりと地面を蹴っていた。 雨の中、自分の家を抜け、木々を掻き分け、駆け出していた。
――僕が、僕が助けなきゃ!
その一念に駆られ、シキは彼らが向かったと思われる森の奥へと急いだ。