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「いででで……! おい、人質なんだから、少しは大人しくしてろ!」
「いーやーでーすー」
タイカに捕らえられたシキは、彼の腕から逃れようと必死にもがいていた。
腕に噛み付いたり、膝に蹴りを入れようとしている。 そんな微々たる力であのタイカから逃れられるわけないと、シキ自身も分かっている。
それでも、抵抗せずにはいられなかった。 いくらカエデが強いからとはいえ、そんな事を強いていいわけがない。
「頼むから! オレはあの噂が真実なのか知りてぇだけなんだよ!」
「……前から気になっていたのですが、噂って何のことですか?」
シキより頭二つ分ほど高いタイカを見上げるようにして顔を覗く。
すると、タイカの赤色の目が軽く見開かれる。
「お前、知らないのか? 補佐のくせに」
言い方がむっとした。
「だから、噂って何ですか」
「……知らないならいい。その内分かるだろ」
タイカはそれきりシキに目を向けず、真正面に向き直る。
「見ろ。ご主人様のお出ましだ」
タイカに言われて、シキも前を向いた。
確かにそこには、シキの慕うカエデの姿があった。
「カエデ様……」
姿を見ただけで、安堵感が胸に広がる。
「約束通り、シキは返してもらう」
「ああ。こいつは返すぜ」
タイカにとって、シキはカエデをおびき出すエサにしかすぎないようで、すぐに拘束していた腕をほどき、 背中を軽く押す。
シキは解放されると、一直線にカエデの懐に飛び込んだ。
「カエデ様!」
「無事でよかった」
カエデの首にしがみつくと、シキの背を抱いてくれる。
「さあ、オレは約束を守ったぜ。今度はお前が守る番だ」
しばしの抱擁を終えると、タイカが急かすように言う。
手には既に一振りの細身の剣が握られていた。
「分かった」
カエデは頷くと、抱きしめていたシキを地面に降ろす。
ここで約束を破ってしまえば、タイカは本当に自分を消滅しにかかるだろう。 そう思わせる程の本気が、今のタイカにはあった。
「カエデ様……」
「大丈夫だ。すぐに終わらせる」
不安気な目でカエデを見つめると、心中を察したのか、カエデはシキの頭を軽く撫でる。
それからは表情を引き締め、帯にさした小刀を抜き、タイカと対立した。
「カエデ。もう逃げようなんて考えるなよ。周りにはオレの仲間達が見張ってる。逃がしはしねぇ」
「逃げはしない。だがタイカ、これは無益な戦いだ。何のためにもならん。なのに何故、シキを 人質にしてまで闘う?」
人質のシキ自身、それをずっと疑問に思っていた。 勝負なら、明日でも明後日でも、いつでも出来るはずだ。 寿命が長い彼らなら、そう急ぐ必要もないはずなのだ。
――それなのに、どうして
シキはその事に言いようのない不安を感じていた。 カエデは強い。タイカを簡単に負かしてしまうほどなのだ。
――何だろう。この胸騒ぎは
これから悪い事が起こる。 そんな気がしてならなかった。
「とぼけんなよ、カエデ。分かってるはずだ。お前はもう――」
それ以降の言葉は出さなかった。
シキの不安はさらに強まる。
タイカは頭を振り、仕切りなおす。
「……まぁいい。行くぞ」
「来い」
風が吹き、闘いは始まった。刀と刀がぶつかり、金属音が森にこだまする。 両者の刀は拮抗し、どちらも引く様子はない。
だが、どんどん後半になるにつれ、変化が生じてきた。 カエデが後ろに押され始めたのである。
――おかしい。いつものカエデ様じゃない
いつもなら、こんな簡単に押されるはずが――
そこまで考えて、シキははっとした。
『……あぁ、大丈夫だ。ちょっとバランスがとれなくて』
『とぼけんなよ、カエデ。分かってるはずだ。お前はもう――』
『――おかしい。いつものカエデ様じゃない』
ここ数日間の台詞がシキの中で甦る。
――まさか、そんな
シキは自分の中で出た答えに愕然とした。 目を背きたくなった。
「――やはり、お前……!」
タイカも何かに気付いたのか、目を見開く。
当のカエデはタイカの刃を防ぐので精一杯だ。
「……っふざけるな」
「っ!」
いきなり、タイカの押す力が増し、カエデは一歩後退する。
「お前は、こんなもんじゃねぇはずだ。……そうだろ? カエデ!!」
タイカは素早く身を引き、剣を大きく振りかぶった。
カエデは前につんのめって、動くことが出来ない。
「カエデ様!!」
そこへ、側で闘いを見守っていたシキが間に入ってくる。
「――シキ」
剣がシキの身体を貫く直前だった。
カエデはシキの体を無理矢理、片手で抱き上げ、手に持っていた剣で向かってくる刃を防いだ。 とても常人では出来ない動きだった。
タイカは息を呑む。
「……シキに傷一つけてみろ。――容赦しない」
俯いていたカエデの髪の奥に見た瞳は、タイカでさえ、背筋が凍るほどのものだった。
体がすくみ、それ以上動くことが出来なかった。