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「畜生!! カエデの奴、まんまと逃げやがって!」
タイカは自分の領地の木の上であぐらをかき、怒りの熱気を放っていた。
大層不機嫌なときの彼に他の者が近づけば八つ当たりされかねないため、周りには誰もいない。
彼はカエデに出し抜かれたり勝負事に負けたりすると、いつもこうやって木の上に座り込むのだ。
「こうなったら……」
タイカは何か思いついたのか、意地の悪い笑みを浮かべた。
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どれぐらい眠り続けていたのか、カエデは空気の冷たさで目を開けた。
精霊は人間程寒さを感じないのだが、それでも空気が一層冷たさを増していることは分かる。 今はまだ晴れているが、もしかしたら今日は雪が降るかもしれない。
「……やれやれ、オレも年をとったものだ。いつの間にか寝てしまうとは」
年寄りくさい独り言を呟き、立ち上がる。 また足元が少しふらつき、木の幹に手をつき身体を支える。
「シキ。……おい、シキ?」
いつもなら、名前を呼べばすぐに姿を見せる。だが今日に限って、呼んでも出て来てくれなかった。そのことが不安だった。
ユキが消えたときに刻まれた記憶は、たとえ何百年経とうと消えることはない。
「カエデ様ー!」
あの時のことを思い出し胸をおさえていると、向こうから町に住む子供の霊達がこちら側に駆けてきた。 かなり急いでいる。
「どうした?」
「大変です! シキが……!」
シキの名前が出て来て、カエデは表情を一変させる。
「シキが、どうした」
胸の鼓動が早まるのをおさえ、再度訊く。
「シキが、タイカ様にさらわれて、それでこれをカエデ様に……」
そう言って差し出したのは、一通の文だ。
カエデはそれを受け取り、墨で書かれた文字に目を通す。
『お前の補佐は預かった。返して欲しくば、隣町の森へ来い。来なければ、お前の補佐は消滅する』
読んで、手が震えた。思わず文を握り潰す。
「馬鹿な事を……!」
カエデは紙をその場に捨て置き、走り出した。
この場にシキがいれば、「ゴミは捨てちゃダメです!」と叱責しそうだったが、今はそんなことに構っている暇はない。
「カエデ様!」
「お前達はそこで待っていろ、すぐに帰る!」
それだけ指示し、カエデは正面に向き直る。
――何故、タイカはこうまでしてオレと勝負したがる。今までそんなことは一度も……
様々な考えを巡らせるが、これという答えは見つからない。
シキは霊体だ。既に命はない。だが、魂そのものを消滅させることは出来る。 シキはカエデに恩返しがしたいという理由だけで、生まれ変わる機会を逃してきた。 今だって、生まれ変わろうと思えば出来たはずだ。
つまり、消滅するということは今後一切、転生出来なくなるということ。 それだけは避けたかった。 魂が消えてしまえば、霊界でも人間界でも、存在自体が失くなってしまう。
――あなたのその力は、大切なものを守るときに使いなさい
今がその時だ。
シキの無事を祈りながら、カエデは隣町へと向かった。