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SKY CAFE

 幾何学大学 ~足音~

 

十樹は研究室を出て、生徒達のコスモカプセルを集めるため、集会場へ向かった。すると、背中に大勢の報道人を背負ってこちらに向かって歩く、神埼の姿があった。

------しまった。

十樹は、神埼とは出来るだけ距離をおきたかった。その訳は、先日の「ここを出たら話合う」という内容の自身の台詞が原因にある。 言うべきではなかったと、この時後悔した。

報道人は、「クローンを製造しようと思ったきっかけは何ですか?」「いつから軍にクローンを投入するのか」等、様々な質問が投げかけられている。 神埼と視線があった。

「やぁ、白石十樹、約束は覚えているな?」

「何のことでしょう?」

適当に誤魔化して立ち去ろうとすると、神埼は言った。

「皆さん、今後の軍事用クローンを製造するに辺り、ここにいる白石先生の協力を得て正式発表します」

神埼は、そう言って十樹の肩に手を置いた。

報道人達が「おおっ!」とどよめきだった。

「は?」

十樹は、神埼が何を言っているのか分からず、自分の耳を疑った。

「神埼先生と白石先生で、軍事研究の最先端に立つと言うことですね」

「白石先生、今の心境を!」

報道人にマイクを突きつけられて、ふいに人工宇宙を造りだした時のことを思い出す。あの時も、十樹に群がるマスコミを追い払うのが大変だったからである。

「この件は、神埼先生に一任されていることですので、私には何の関係もありません」

肩にかけられた手を払いのけると、十樹は言った。

「もし、仮にクローンが製造されても、私は自分の娘や息子のような存在を、戦場に送りだすなんて事は出来かねます」

マスコミ達にそう言うと、カメラはすぐに神埼の元に切り替えた。

「彼は、力強い協力者です。今は、突然のことでただ驚いているだけでしょう。彼はそんなに愚かな人間ではない。必ず共同研究することになるでしょう」

神埼が、カメラに向かって宣言しているのを、十樹は冷やかな目で見て、何事もなかったかのように通りすぎた。

         

「R-13145233・・・」

カンパニーに戻ったブレイン朝日は、ひっそり持ち帰った「クローン製造制作」のディスクをパソコンに投入し、記録を見直して「やっぱり!」と声を挙げた。

「コードが一行足りない」

朝日はこの抜け落ちたコードが何を意味するか、漠然と分かっていた。

多分このままでは。

テレビ中継を見て、既に神埼亨が釈放されたことを知った朝日は迷っていた。

このデータのまま、クローンを造り始めてしまったら、途中で間違いなく足をくじかれるだろう。本来なら、すぐにでも神埼亨に連絡をいれるべきなのだ。しかし、ブレイン朝日の役目は、パスワードを解析することであって、クローンを製造することではない。このまま見て見ぬフリをしても良いのだ。神埼チームが自分を必要とするまで、そう命令が下るまで、このカンパニーで待つしかないのが現状だ。

-------神埼亨が、早く気づけば、こんな歯がゆい気持ちで待っていなくても良いのに。

ブレイン朝日は、白い雪の降る闇を見ながら心にある名前を呟いた。

「シライシ・トージュ・・・」

一体、どんな頭脳の持ち主だろう------

        

白石十樹が研究室に戻ると、皆はテレビの前で大学ニュースを観ていた。

「あ、十樹帰ったのか。オレも出たかったなぁ、一人で映りやがって」

テレビを観ると、丁度神埼が共同研究するという主旨の話が出ていた。

「桂樹、双子なんだから、どっちがテレビに出たって同じだろう」

呆れながらそう言うと、持って帰ったコスモカプセルを亜樹に渡した。亜樹は笑顔で受け取った。何かをしていた方が落ち着くのか、 早速、チェックボードを持って、コスモカプセル一つ一つの提出記録を取っていく。

「あら?この人、さっきテレビに映っていた人だわ」

「亜樹?」

亜樹は、その生徒名を見て首を傾げた。十樹は、その問題のあるコスモカプセルを受け取ると、その生徒名を見て、がっくりとうな垂れた。

「神埼亨・・・」

「何で神埼が生徒なんだよ」

桂樹は面白がって、ケケケっと笑った。

「あいつ、どうあっても十樹と接触したいんだなぁ」

「コスモカプセルがこうしてあるということは、私の講義を受けに来ていたのか・・・」

宇宙を創造した十樹の講義は人気が高く、生徒数も多いため、一々顔を見ていない。コスモカプセルの回収も、優秀な生徒のコスモカプセルのみを予め選別してもらい、ここに運んで優秀者のチェックをしているのだが、まさか、その中に神埼亨のものが混じっているとは思わなかった。

「いいんじゃないか?先生が、講義を聞きに来ちゃいけないなんてルールはないし」

「良くないよ。神埼に直接会って、採点結果を知らせないといけないじゃないか」

------優秀者の中に入ってくるとは。

十樹は亜樹から、神埼のコスモカプセルを受け取ると、その中をホロスコープで確認した。 それを桂樹も興味深気に見て。

「おお、神埼やるじゃん。オレが評価してやるよ」

十樹から評定表を取り上げると、桂樹はこう書いた。

『極めて優秀である。ただし、本人の性格に問題あり』

「桂樹・・・お前、油性ペンでそんな事を書いて・・・消せないじゃないか」

「いいじゃないか。会いたくないなら、これで郵送して貰おうぜ♪」

桂樹は愉快そうに言うと、神埼の研究室宛に送り状を書いて、部屋の片隅にあるポストの放り込んだ。

         

「三億円なんて金を、どうやって調達すればいいんだ」

男は自室に篭り、高級そうな椅子に腰掛け、机に肘をついて考えていた。

なかなか居間に降りてこない家の主人を心配しながら、妻は夕食の用意をしていた。 家庭という形で、この幾何学大学に留まれるのは、特権階級の地位があるからだ。もし、白石亜樹の一見が表ざたになれば、家どころか、幾何学大学に残ることすら望めない。今日の司法制度により刑務所の中で、最低十五年を過ごすことになるだろうことが予測されている。

「あなた、夕食の用意が出来ましたよ」

一階下にいる男の妻が、なにも知らずに自分を呼んだ。妻を悲しませる事は嫌だった。どれほどの犯罪者であっても、家の中では良き父を演じて来たのだ。今更、あの娘の為に刑務所に服役する意志は皆無だった。

「私は後で食べる。先に皆で夕食をすませてくれ」

男はそう言うと、妻は不平をぶつぶつと呟いて、キッチンに戻って行った。そして男は、暗殺屋から聞いた携帯ナンバーが記されているメモをポケットから取り出し連絡し

た。

「もしもし、私だが」

「三億円は用意出来ましたか?」

「私には、どうやっても三億は無理だ」

「では、約束は破棄させて貰います」

そう言って携帯を切ろうとする暗殺屋に、追い縋る形で「待ってくれ」と懇願した。

「私から提案がある。あの娘を誘拐してくれ。あの娘の兄、白石十樹なら三億を奪い取ることが出来るだろう」

「ほう、我々にリスクを背負えと言う事ですか?」

「私から、もう一億出そうじゃないか。娘の殺害方法はそちらに任せる。どうだ?いい話だろう」

男には、もうこの方法しか残されていなかった。暗殺屋は、しばらく黙った後、男にこう言った。

「よろしいでしょう。それでは指定の口座に金が振り込まれた時点で、このゲームを始めさせてもらいます。では」

ふつり、と電話が切れた後、男はふう、とため息をついた。

幾何学大学の学長代理、細川大助は、心底疲れた様子で机に顔を突っ伏した。

        

「だそうだ」

暗殺屋のリーダー、千葉祥は、仲間に依頼内容を伝えると、一同は妙なお祭り気分になった。

「成功すれば四億ってか。オレ達、一生遊んでくらせるぜー」

「もう既に一億は手に入れたも同然じゃん」

「暗殺屋って結構ちょろいな。オレ達もう何もしなくていいんじゃねーか?」

総勢十四人のこの暗殺屋は、男十人、女四人からなるメンバーで構成されている。皆、幼少時に親に捨てられ孤児となった「青山羊荘」という名の施設で共に育ったメンバーである。しかし「青山羊荘」は、資金繰りの悪化から既に閉鎖が決まっており、追い出される前に子供達は、廃材を拾い集め、決して大きくはないログハウスを建てた。暗殺屋も、皆が生活していく為の手段として始めたばかりである。

「ターゲットはこの娘だ」

リーダーの千葉祥は、ハンディコンピューターを手に白石亜樹を画面に映し、メンバーに見せて回った。

「可愛い子じゃねーか。何か殺しちまうの勿体ねぇ」

「誘拐のし甲斐はあるけど・・・この娘、何かやったの?」

その顔を見た途端、乗り気だったメンバーが一瞬にして、しん、となる。そんな中で千葉だけは、暗殺屋のリーダーとして非情さを保っていた。

「俺が調べて見た所、もう数日間、研究室から出て来ていない。ある程度、相手の白石十樹も我々の存在を感ずいている様だ。そこで、 我々はこのモグラ娘を外に出す作戦を考え出さなければならないのだが-------」

「千葉?」

「依頼人は幾何学大学の学長代理だ。彼にも協力する様、こちらから働きかけよう」

利用できる者は、利用させて貰おうか------

千葉はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

「桂樹、私はこの日、地方でセミナーがあって研究室を開けるから、後のことは宜しく頼む」

十樹はカレンダーに予定を書き込みながら言った。すると、桂樹は十樹の言う日程を見て。

「あー十樹、オレもその日、予定があるんだよ。ゴキブリ化粧品を大量に買ってくれるお客さんと会う予定が」

「お前の商品を大量に買うなんて珍しいな」

桂樹の造ったゴキブリ化粧品は、大体、月に一回、興味本位で一本二本買っていく者がいる程度だ。

「この機会に大金もうけてやるぜ」

桂樹は機嫌よく、そう言った。

二人が同じ日に予定が入ることなんて今までなかった為、どうしようかと悩んでいる所に橘が来た。

「橘くん、この日、私達は留守にするから留守番を頼まれてくれないか?」

「あ、はい。でもその日、僕は人と会う約束があって」

「人?」

「母です」

橘は、実家の母が、幾何学大学へ訪ねてくると言うことで、二人に「すみません」と謝った。

「父親とは盗聴器の事もあって、会いたくないんです。近頃、連絡がないと心配した母が、どうしても会いたいと言うもので・・・」

橘は、この機会に母親に全てを聞くつもりだと言った。

「じゃあ、残るのは、亜樹とカリムとリルか」

そう言った時、花子が「ワン!」と鳴いた。

「ああ、花子もいたな」

「兄さん、私、留守番ぐらい一人で出来るわよ」

「亜樹、しかし・・・君はまだこの場所に来てから間もないし」

それを言うと、橘も同様なのだが・・・十樹は言うべき言葉に迷う。

「十樹、亜樹に何かあってもカリムが何とかしてくれるさ、な、カリム」

「う、うん」

カリムは、どこか歯切れが悪く頷いた。

セミナー当日、十樹は研究者の制服を脱ぎ、スーツに着替えた。

桂樹はゴキブリ化粧品のサンプルを用意し、商品を見ながら、まだ見た事もない大金に思いを馳せていた。 橘は一日、研究室が動かせないと仕事が溜まるため、せめて自分の出来る分の仕事をやっつけていた。

用事のある三人は、皆、朝の十時には研究室を出なければならなかったのだが、それについて疑問を持つ者は誰一人いなかった。

「それじゃ亜樹、後は宜しく頼む」

そう言って、十樹は研究室を出て行った。

「亜樹、何か欲しいものはないか?商談が上手くいったら何でも買ってやるよ」

桂樹は意気揚々に言った。

「うーん、そうね。ここの研究室は殺風景だから、花を飾りたいな」

「花だな、分かった」

桂樹はそう言うと、片手をひらりと挙げて、十樹に続き出て行った。

「亜樹さん、雑用ばかり残ってしまいましたが、すみません。残りの仕事をお願いします」

亜樹は、橘の言葉を快く引き受けて「いってらっしゃい」と見送った。

「さあ、私も残った仕事を頑張って片付けましょう」

亜樹が気合を入れて腕まくりをすると、カリムが亜樹に話かけてきた。

「亜樹さん、亜樹さん」

「なぁに?」

「僕達、少しの間だけ家に帰りたいんだ」

「家?」

亜樹は、何故カリムやリルがここに居るか、十樹から聞いていなかったため、カリムは亜樹に一から説明した。

「何か、十樹や桂樹に言うと反対されそうで・・・」

「分かったわ、兄さん達が帰って来る前にいってらっしゃい」

「ありがとう!亜樹さん」

「花子、リルいなくてもいい子にしてるんだよ」

リルはそう言って、犬の花子の頭を撫でた。

「あと亜樹さん、亜樹さんは、どこまで本当の事を知ってるの?」

「本当の事って何かしら?」

「・・・何でもない。じゃ、僕達行ってくるから」

カリムとリルはそう言うと、倉庫の方へ走って行ってしまった。

「変な所にあるのね。空間のひずみなんて、不思議な事もあるのね」

亜樹はふうっと息をついて、足元に擦り寄ってきた花子を抱き上げた。 そして、研究室は一人と一匹のみとなった。