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SKY CAFE

 幾何学大学 ~暗殺屋~

「すると何ですか、一度死んだ人間が生きている、と」

「そうなんだ。あの娘は確かに私がエア・カーでひき殺した筈の娘だ・・・それなのに、メイン・コンピューターの記録では生存し、 あの研究室にいる」

幾何学大学から少し離れた高級ホテルの一室。

暗殺メンバーの一人は、依頼者が纏めた調査書をめくりながら、愉快そうに笑った。

「馬鹿馬鹿しい・・・まさか彼女が化けて出て来たとでも言うのですか」

「あの時、確かに死亡届が出されていたんだ!信じてくれ」

男が、机をばんっと叩くと、調査書がその勢いで、周囲にひらりと舞った。

「貴方の殺した女性を、もう一度殺して欲しいと、そういう事ですか」

乗り気でない暗殺屋に対して、男は引き下がらなかった。

「金なら好きなだけやる------頼む、あの娘がもし私の事を覚えていたなら・・・」

「大人しく自首なさったらどうです?」

男は絶望に歪んだ表情で、暗殺屋の一人を見つめた。

「冗談です。我々は金さえ積まれれば何でもやりますよ」

「有難い。指定の口座に近い内に金を振り込もう。希望の金額は?」

「そうですね。とり合えず、三億用意して貰いましょう」

「三億・・・!?」

暗殺屋の一人はそう告げると、男は肩を落とした。 そんな大金は持ち合わせてはいないのである。

「------人一人、殺すんですよ?我々は、それ相応のリスクを背負わなければならない。当然の金額かと思いますが・・・」

「・・・少し考えさせてくれ」

暗殺屋の一人は、「では、一週間後に」と一言い残すと、弾力の良いソファから立ち上がり部屋を出て行った。

男は破滅の足音が近づいてくる気配を感じていた。

         

神埼の研究室は非常線が張られ、大学警察以外、誰一人として立ち入りが出来ない状態だった。

ブレイン朝日は、外側から研究室の中を覗き込もうとしたが、大学警察に阻まれそれも不可能だった。 朝日は、自分が失敗したという自覚はない。

ただ、依頼通りに職務を遂行したまでだ。なのに、この決まりの悪さは何だろうか。十歳という若さから、朝日は大学警察に連行される事はなかった為、独りでぽつんと研究室の前に立っていた。こんな風に置き去りにされるのは、今日が初めてじゃない。そう、あの時も。

そんな中、朝日の携帯が鳴った。

「はい、森沢です」

「神埼だ。何が起こったのか説明してくれ」

電話の相手は、神埼の父、神埼教授である。

「あのディスクは罠でした。パスワードが解けた時点で、メインコンピューターに不正アクセスする様、プログラミングされてあった様です」

「君は、それを見抜けなかったのか」

「私の役目は、パスワードを解析することでしたから、その様にさせて頂きました」

朝日が、淡々と話すと、神埼保は「仕方がない・・・」とため息を漏らした。

「君は一度カンパニーに帰りたまえ。息子に何かあったら、またサポートを頼むことがあるかも知れない」

「了解しました」

そう言って携帯を切ると、朝日は神埼教授に言われるまま、指示に従い大学を出て、カンパニーに向かった。

まだ、より所があるだけ、自分の生活はマシなのだろう。 カンパニーへ向かう途中に見た、路上生活者を見て朝日はそう思った。

朝日には自分がまだ0才だった頃の記憶がある。生後三ヶ月を迎える前に、言葉を話し出す朝日を両親が「化け物」と呼び、一歳にして路上に放り出された哀れな自分がそこにいた。朝日は、匿名でかけられた一本の電話により、今も所属するカンパニーに命を拾われ助かったのだった。 その匿名でカンパニーへ連絡した者が、両親だったのか否か、今となっては知る術もない。

「午後三時四十五分、雪が降ってきました」

朝日は、幾何学大学と四季との紛争を知らないまま、ブレインとして教育を受けてきた。この所の不安定な天気を、一年程前から記憶してきたが、特に不思議に思うこともなかった。

-------カンパニーは、今回の事をどう評価するだろうか。

しかし、それよりも気になる事があった あのディスクを作成した者の名前だ。

『あのディスクは、白石十樹が作成したものだ!』と神埼亨は叫んでいた。

「シライシ・トージュ・・・」

どんな人物なのだろう。

朝日の呟きは、小さく闇に溶けた。

時間が当てにならない昨今、外はもう暗い。

雪の降る中、ブレイン森沢朝日は、ぶるりと身体を震わせて、足早にカンパニーのある、ビル街へと戻って行った。

         

その頃、十樹の研究室に一本の電話が入った。 十樹は研究の手を休めて、その電話を取る。

「はい、宇宙科学研究所です」

「君は白石十樹、先生ですか?」

「はい」

十樹を「君」呼ばわりしながら、先生と付け加えの様に言う電話の相手に矛盾を感じ、怪訝な表情で電話に応える。

「神埼亨先生が、逮捕されたことは知っているだろう?」

「ええ、存知あげておりますが・・・それが何か?」

「神埼先生は取調べの際、君に騙されたという主旨の発言を繰り返しているんだが・・・」

「私には、全く心当たりがありませんが」

「とにかく、白石先生にも参考人として、調書を取りたいと思う。一度、出頭される様・・・」

大学警察と名乗る誰かは、そう言って電話を切った。

「何!何だったの十樹」

皆が心配そうに十樹を見る中で、リル一人は楽しそうに聞いてきた。

「予想はしてたけどね。ちょっと大学警察からの呼び出しだ」

「大丈夫なのかよ。お前」

「しらばっくれてくるよ」

十樹はデスクにあるファイルを取って、楽しいことでもあったかのように研究室を出て行った。

          

--------恐らく、神埼は随分、ご立腹なんだろう。

十樹が出て行った研究室で、桂樹は思った。

無理もない。研究室の盗聴は失敗し、取引は上手くいかず、やっと手に入れた証拠のディスクは桂樹の造った偽者で、ブレインを呼んでまで解析したディスクはトラップであったのだから。 それを愉快だと思うのは、トラップを仕掛けた十樹だけかも知れないが、もしかしたら、神埼チームを敵と見る科にとっても、これは朗報なのかも知れない。

「まあ・・・自業自得か」

「ねえ、桂樹兄さん、さっきのクローン製造の映像って、十樹兄さんと何か関係あるのかしら?」

「んー、亜樹は知らなくてもいーんだ」

ソファに仰向けになって転がり、片手に本を持って桂樹はそっけなく答えた。亜樹は、二人の様子に「何か変ね」と呟くと、リルに本を読むことを急かされ図書ルームへ入った。

「どーすんだよ。これから」

亜樹に、自分がクローン体である事を隠し通す事は無理だ。桂樹は天井を見ながら、心の中で呟いた。

         

「やあ、やっと来たか」

白石十樹が、大学警察管理下の拘置所に着いた時、神埼亨は鉄格子の向こうにいた。プライドが邪魔をするのか神埼は、床に座らず、白衣のポケットに両手を突っ込んで立っていた。

「何の御用でしょうか?」

「白石先生、調書をとりますのでこちらへ」

大学警察の一人に促されるまま、パイプ椅子に座る。

「まず、白石先生の指紋をとらせて頂きます」

朱肉を前に出され、警官が用意した用紙数枚に印を押す。

「おい、そこの警官、指紋はすでに調べている。郵便物には、白石の指紋はなかった」

「は、はい。念の為に指紋照合してみます」

「無駄だよ無駄」

神埼がそう言い放つと、警官はすごすごと指紋照合のケースを持って鑑識に回した。 この警官は、先刻、電話をかけてきた相手とは違うようだ。神埼の権力に怯えているような警官ではなかった。

「僕には、分かるんだよ。あのディスクの送り主は間違いなく君だとね」

「とても牢に入っている人の言葉とは思えませんね。私がここに来たのは、あくまでも調書を取る為に来たのであって、神埼先生と話す為ではありませんので、悪しからず」

十樹が間髪入れずに、そう答えると、神埼は怒りで顔を歪めた。

「僕が、僕自身の潔白を必ず証明してみせる。

おいっそこの警官、早くこの扉を開けろ」

「えっあ、とそれは出来かねます」

大声を張り上げる神埼に、ぺこぺこ頭を下げて対応している。この警官は、まだ新米なのか、大学警察が持っている様な威圧感は感じなかった。しかし、命令を忠実に守る良い警官だ。

「白石先生は昨夜の騒ぎの際、どこにいらっしゃいましたか?」

「宇宙科学部の私の研究室です」

「それを証明する者はいらっしゃいますか?」

「弟の桂樹と、先日来た橘サトルくんに確認を取ってくれ」

新米警官は、指を忙しく動かして調書を取ると、ミスがないかチェックをし、データをコンピューターに打ち込み始めた。

「おい白石!今、白石亜樹の名前を出さなかったのはどうしてだ?僕には分かる、お前の妹は、この世に存在しない筈のクローン・・・」

「神埼先生、私は今、貴方と話をしにここに来たわけではない。話があるなら、まず、その鉄格子から出て来てからにして下さい」

冷たく突き放す十樹を、神埼は鉄格子を両手で握って睨みつけた。

「------神埼先生の、そんな姿を見たのは、私ぐらいでしょうか」

呟いて、新米警官に言った。

「さて、私の調書は取れたのかな?」

「はい。今、指紋照合をしましたが、白石先生の指紋と、封書やディスクから出た指紋とは一致しませんでした。

「だから無駄だと言ったんだ・・・」

ボソリと呟く神崎は、今の状態では権力等、何も役に立たないことを知った。

「では、私はこれで失礼するよ」

「お疲れさまでした」

カツンカツンと靴音が冷たく響いている中、神埼は「犯人はお前だー!」と叫び続けていた。