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SKY CAFE

 シキ ~消えゆく命~

     

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カエデの葬式当日は、雲一つない青空の広がる日だった。

まさに弔いに相応しい、澄んだ色だった。

普段、白や灰といった着物しか着ないタイカも、さすがにこの時ばかりは黒服を着用し、参列することになる。

タイカは補佐を背後に従え、襟元を正しながら葬式場へ向かっていると。

 

「あ、タイカ様。おはようございます」

 

同じく葬式場へ向かうシキと出くわした。 隣には、いつもいるチビカエデの姿がない。

「おい、ちっこいのはどうした?」

「はい。僕を置いて先に行ってしまって……」

「そうか」

チビカエデならやりそうなことだと、何だか納得して相槌を打つ。

 

「だが、お前がここにいるってことは、オレに何か用があるんじゃねーか?」

 

ここはシキが住む森とは反対方向にある。 偶然シキがここに通るはずはないのだ。

タイカが訊くと、シキは頷いた。

「実は、タイカ様にお伝えしたいことがあって――」

次にシキが口にした言葉に、タイカは目を見開いた。

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日が高く昇り始めた時刻に、カエデの葬儀は行われた。

カエデが治めた領地に住み着いている霊達が一斉に集まり、葬式場を埋め尽くした。

 

カエデは人間の行う行事が好きだった。 幸せな結婚式も、悲しい葬式も、楽しくて賑やかなお祭りも、全てのものを愛おしんだ。 屋台が出るお祭りにいたっては、カエデ自身も人間に紛れて店の食べ物を物色していたぐらいだ。

 

そんなカエデのために、毎日会議を重ね、出来るだけ人間の葬式と遜色ないものに仕上げた。 全て、タイカとシキ、長老達の努力の賜物だった。

 

葬式は長老、喪主シキの挨拶から始まり、霊達からのお悔やみの言葉、さらには生前寺で坊主をやっていたという霊にまで 協力してもらい、お経まで上げてもらった。

 

お経を上げ終えると、今度は一人一人が持参した一輪の花を墓前に供え始める。 最後にチビカエデが花を供えようとする頃には、花で墓の周りは埋めつくされていた。

「ほら、カエデ様の番ですよ」

 

なかなか花を供えようとしないチビカエデの背をシキは押す。 だがちっとも前に出ようとはしない。

すっかり困ったシキに、チビカエデはやけに大人びた微笑を見せた。

「シキ。カエデがもう一人のカエデに贈る花は、この花じゃないよ」

   

言うなり、チビカエデはシキに持たされた花を地面に落してしまった。 その代わりに、空いた両手一杯に光を集め、解き放つ。

「こっちの花だよ」

チビカエデが放った光は宙を舞い、辺りの木々に降りかかった。

 

――すると、あり得ない変化が起こった。

 

光が降りかかった木々から、つぼみが芽生え、そして桜が咲き始めたのだ。

それだけではなかった。本来、冬に咲くことのないタンポポも、ツツジも、何もかもが眠りから覚めたように花開いた。

「――これは……」

霊達から驚きにも歓声にも似つかない声が上がる。

まさに百花繚乱の光景。

これが、カエデからカエデに贈る、手向けの花だった。

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桜の花びらが風に揺られ、タイカの頭上に降り注ぐ。

タイカはそれを穏やかな気持ちで眺めていた。

先程のシキの言葉が甦る。

 

『タイカ様が長に就任なさった時、カエデ様はこっそり新しい長がどんな方なのか、見に行ったことがあったそうです。 ……そこで、タイカ様はカエデ様に会われたんですよね?』

『あぁ、それが何だよ』

『カエデ様はその時、名前を偽ってタイカ様に会われたことを後悔していました』

 

――なぁ、シキ。オレはあの時、どうして名前を偽ってしまったんだろうな。……もしちゃんと正式に、長のカエデとして タイカに会いに行っていたら、今のような関係にならなかったかもしれないのに。 ちゃんと向き合えていたら……

友になれたかもしれないのに――

『――……』

『――タイカ様が、カエデ様のことをどう思っていらっしゃるかは、分かりません。でも……カエデ様は、タイカ様のことを……』

花が降る。

 

ひらひらと、人の数だけ、人の思いの数だけ花は降る。 ここに咲く花々も、人も、カエデが命をかけて守り抜いたものだ。 集まった霊達は、カエデが生きた証だ。

 

タイカは澄み渡る青空を見上げた。

その空の色は、かつて敵であり、ライバルであり、そして――友だった長の瞳を思い出させる。

――カエデ。お前はこの地で生きて、幸せだったか?

今はもういない、カエデに心の中で問いかける。

そうであるならいい。

タイカは目を閉じ、それを願った。

人々の歓声は絶えることなく、辺りに満ちていく。

咲き乱れる花々は、いつまでも枯れることはなかった。

--------------------END  絵/文 へな